My heart in your hand.

津秋

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two.

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「―ハル、気になるからちょっと聞きたいんだけど、いいか?」

しばらく続いた穏やかな沈黙をキヨ先輩がふいにそんなふうに破った。俺はカップを置いて、不思議な前置きに首を傾げながら「どうぞ」と促す。

「この間、岩見大丈夫だったのか? 体調崩したんだろ」
「ああ―、あいつ、重めの片頭痛持ちなんです。あの時もそれで。次の日には治ってたんで、大丈夫ですよ」
慢性的な持病ともいえるものに、大丈夫もなにもあったものではないが、もう痛みはひいているという点で大丈夫と答えてもいいと思う。片頭痛、と呟いて少し驚いた様子をみせる先輩に首肯する。

「理由はなんであれ、キヨ先輩と約束したのにすぐに無しにするようなことしてすみませんでした。誘ってもらえて嬉しかった分、残念だったんですけど」
どうしても心配だったので、と続ける。謝罪なのか言い訳なのか分からないなと自分で思った。
けれど残念だったのも本当で岩見が心配だったのも本当だ。誘いをつぶしてしまったことに関して岩見にはなんの非もない。
部屋に連れて行って寝かせた後に出てくることだって出来たのだから。それを最初から考えもしなかったのは俺だ。

先輩はさっきまでの朗らかな笑みではなく、たまに見せる困り顔と笑顔の中間のような顔をした。
苦笑と表現するにはこちらへの気遣いとか優しさが強く出ているその表情を、俺はなんと形容すれば適当なのか分からない。彼はそのままゆったりと首を振った。

「謝るようなことじゃないだろ? それに、具合悪い岩見を心配しないハルとか、想像できないしな」
「―そうですか?」
「うん。……ハルは、岩見のこと本当に大事なんだよな」
優しく紡がれた言葉は面と向かって言われると少し恥ずかしいものだったし、頷くような雰囲気でもないように感じたので、俺は言葉に迷って結局何も言えないまま、誤魔化すようにお茶を飲んだ。



その後も、先輩との間に会話はあった。しかし、途中までの明るい様子とは変わって何か考え込むような表情の彼に俺は内心困惑していた。
岩見のことについて話してからだと思う。何か変なことを言ってしまっただろうか。それともちゃんと答えられなかったせいか。分からないのに考えて、どうしたらいいのかわからなくなる。

俺はいつも基本的には思ったことを言ってきたし、それに対して身内ではない人間が怒ろうが泣こうが気にしたことはなかった。だがキヨ先輩は俺の中で多分、多くの人が当てはまる「どうでもいい他人」ではないと思う。
わざとではないのに怒らせることはもちろん、悲しませることも傷つけることもしたくない。岩見や兄に対してそうであるようにだ。

交わした言葉を振り返っても、何が悪かったのか分からない。俺が機微に疎い人間だからだろうか。だがそんなことは言い訳にもならない。
先輩の端整な顔をじっと凝視してしまう。

怒っているようには見えない。

「ハル?」
あまりに見すぎたからかキヨ先輩が首を傾げた。はっとして、それからぐるぐると悩むより、聞いた方が早いと思い至った。意を決して口を開く。

「先輩。あの、俺、何かしてしまいましたか」
「え?」
「―俺が、そう感じるってだけなんですけど。さっきから先輩、なんか違うから。……何か、俺に言いたいことがありますか?」
少し距離を詰める。先輩が目を見開いた。明るい瞳の中の、唯一黒い瞳孔が大きくなる様子が見えるくらいの近さだ。彼は視線を一度逸らして、またちらりと俺を見た。それからそっと手を伸ばして、指の背で俺の輪郭に触れた。
あまり慣れない接触に一瞬肩が強張るが、するりと撫でられた皮膚から伝わった体温がすぐにそれを溶かす。

「ハル」
「―はい」
「俺さ……」
そこまで呟いて、先輩は躊躇うように唇を緩く噛んだ。また軽く開いて閉じる。言おうか言うまいか迷っているのだろうか。俺の方の気が急いてしまった。

「キヨ先輩、言ってください」
促した俺に困った顔をする。
「――俺、ハルに大事にされてる岩見が羨ましい」
「、え……」

予想だにしなかった言葉だった。辛うじて落とした一音は、なんとも間が抜けた響きをしていた。言わせておいてぽかんとしてしまう。
その言葉の意味するところを解そうと思考を巡らせる俺を前に、キヨ先輩は笑った。触れていた手は、ごくあっさりと退いていく。

「ははっ、分かんねえよな。ごめん、変なこと言って」
いつもの明るくて魅力的な笑みで、「忘れて」と言う。俺は逡巡してから、開きかけた口を閉ざして、ゆっくりと頷いてみせた。

ぽんぽんと俺の頭を撫でて手を離した先輩は、その後はすっかり普通に戻っていた。
だから俺は、輪郭を持つ前に消えてしまった自分の言葉をその場で手繰り寄せることはせずに呑み込んだ。

それは小さな魚の骨が喉に刺さるみたいに、上手く奥まで流せずに俺の中でつっかえてしまったのだけれど。

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