My heart in your hand.

津秋

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three.

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乾いた風が額と頬を撫でていった。頭上の江戸風鈴が冴えた音を奏でる。この旅館は、離れにも本館にも所々に風鈴が吊られていて、耳を澄ますと次々に鳴るその音が心地よいのだ。
膝の上の本も同じ風に煽られて、ぱらぱらとページが捲れた。

「ハル?」
床を踏む小さな足音の後、気配が近付いて、さらりと髪を撫でられた。閉じていた瞼を持ち上げる。少し身を屈めてこちらを見下ろしていたキヨ先輩と目が合う。

「、寝てるかと思った」
先輩は、ごめん、とちょっと罰が悪そうにはにかんで手を引っ込めた。
「ちょっと寝そうでした」
別に起きていようが寝ていようが髪くらい好きに触ってくれていいし、そんな表情をする必要はないのに。思って、言葉の代わりになんでもないみたいな笑顔を返す。
先輩が隣に座ったので、俺は本を閉じて後ろに置いた。栞や何かを挟むことはあまりない。あれば便利なのだろうけれど、どれくらい読み進んだか忘れることはないから無くても大して不便しない。

傍らの樹が陰を作り風もよく通るおかげでこの濡れ縁は過ごしやすい。
「疲れてないか?」
また風鈴が鳴って、その音に隣からの声が重なった。
「え?」
「体力仕事させてるし、ハルにとっては他所の家だし。大丈夫?」

立てた片膝に肘を乗せて頬杖をついた先輩は、窺うように俺の顔を覗き込む。微かな疲労の影さえ捉えようとする、つぶさな視線。

ここに来てから、四日ほど経過した。就寝前の浴場の清掃の他、館内を軽く掃除したり客室を整えたりと、先輩や清掃担当の従業員の方に教えてもらいながら細々と作業をしている。若干のお客様扱いもあって大変な作業をしていないからというのも多分にあるだろうけれど、楽しいし、疲れもない。
「体力は自信ありますし、神経も太いので平気です。毎日楽しいですよ。それに、いつもキヨ先輩がいるし」
キヨ先輩といつでも他愛ない話ができるのが一番楽しくて嬉しい。お互いに元より少しずつ態度が砕けていっているのがなんとなく分かるし、何より話が合う。
俺も先輩も、多分そんなにたくさん話す方ではないはずなのに、ずっと会話が続いたりして面白いのだ。

「良かった。俺もハルとたくさん話せて楽しいよ。学校でもこんなに一緒にいられないもんな」
「はい。嬉しいです」
「うん。俺も」
うなずいたキヨ先輩は穏やかな優しい顔をしている。それを見て、言葉以上に嬉しくなった。俺が感じるように先輩も思ってくれているのだと伝わるから。

思えば、夏休み前は隣に座ることすら珍しかったかもしれない。座るとしても人一人分以上の距離があったように思う。
今は、前よりずっと近い。気持ちも、実際の距離も。キヨ先輩は、今まで急に距離を詰めてきたりしなかったし俺もそう。
だから近くなったのはお互い無意識で、それで今はこの距離こそが自然なのだ。
そして、身じろぎをしてもぶつからないけれど触ろうと思えば少し手を動かすだけで届く今のこの距離は、俺にとっては親しい人しか受け入れられない距離だ。

彼にとっても同じだったらいいと思う。親しくなりたいとわざわざ思うことは珍しいけれど、俺は先輩と親しくなりたいと思っているから。

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