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four.
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角を曲がって、もう少しで風紀室がある、というところで、それまで人気のなかった特別棟の廊下に人を見つけた。
向こう側から歩いてくるその人は、こちらに気が付くとあっ、という顔をした。
「鷹野さん」
距離は空いていて、発した声もさほど大きくはなかったように思うが、静かな廊下だったからかその声は真っ直ぐ明瞭にこちらまで届いた。たたっと小走りにやってくるその人を見てキヨ先輩は足を止めたので、俺も自然と立ち止まった。
「湧井。もしかして、探させたか?」
「いえ、風紀室に行ってみたら不在だったので、出直そうとしたところです。すれ違いにならなくてよかった。すみませんが、急ぎなのでこのまま―」
続いた相手の言葉で仕事の話が始まるらしいと分かったので、俺は少し下がって壁に寄りかかりながら待機することにした。
ちらっとこちらを見たキヨ先輩が、ごめん、と無音のまま口を動かしたので大丈夫ですと伝えるために小さく笑ってみせる。先輩はそっと目だけで笑いかえしてから話に集中しだした。
すっと表情が変わる。それで、風紀委員長をしているときのキヨ先輩は雰囲気が違うなと改めて思った。二人でいるか他に人がいるかの違いとはまた別だ。
風紀委員長の先輩は、堅くて厳しい感じに見える。実際は全然違うことを知っていてさえそんなふうに見えるのだから、彼と話したことがない人にとっては尚のことかもしれない。
やりとりの内容を聴くのは失礼であるような気がしたので話は意識的に聞き流しながら、手持ち無沙汰で湧井と呼ばれた人をそっと窺い見る。
艶のある黒髪に形の綺麗な眉。目に平行なくっきりした二重のラインと通った鼻筋。唇は薄くて赤い。眼力が強く感じるのは、白い部分とのコントラストがはっきりしていて瞳が大きいせいだろうか。
絵に描かれた人間みたいだなと思う。整っていないパーツがなく更にはそれら全てが美しく見えるバランスで配置された、感心するくらい綺麗な顔だ。
キヨ先輩も常人離れして格好いいので、二人が並んでいる姿はとても―なんというか、華やかだ。ただの学校の廊下で話し込んでいる図には見えないなとぼんやり思っているうちに、話は終わったらしかった。
キヨ先輩を見上げていた湧井さんの視線がすっと動き、一瞬、強い眼差しがしっかりと俺と俺を捉えた。
それはすぐに逸れて彼はキヨ先輩と、それから俺にも礼儀正しく会釈をすると、淀みない足取りで去っていった。
向けられたのがほんの僅かの間だったとはいえ、その視線はただ一瞥しただけとは思えない強さだったから、何も言われなかったことにむしろ驚いてしまった。
「ハル?」
離れていく背中から目を離せずにいると、不思議そうに声を掛けられた。すぐに俺の意識は先輩の方に戻る。
「どうかしたか?」
「いえ。―あの人、生徒会役員ですか?」
「うん。二年の湧井。……気になる?」
気になるといえば気になるが。どう言語化すればいいか分からなかったので、首を傾げて「めちゃくちゃ顔面整ってるから、びっくりしました」と感想の方を伝えた。
「っはは、そういうときは格好いいとか綺麗とか言うものじゃないか?」
壁から背を離してまた並んで歩き出す。
「そうですか?」
「うん」
「キヨ先輩には、格好いいとか綺麗とかぴったりですね」
どっちでも同じ気がするけど、とぴんとこないまま、ふと思ったことを口にする。そしていつものテンポで返ってくると思った返事がなかったのであれ、と先輩を見て、俺は驚いた。
「、え。キヨ先輩、赤いです」
「言わなくていいよ……」
むっといつか見た拗ねた顔をした彼の頬が、これもまたいつか見たのと同じほんのりした桜色になっていた。先輩は呻くように答えて、腕に高く積まれた書類に隠れるみたいに俯く。その仕草で髪が流れていつもは隠れている耳の上の輪郭が見えた。そこまで赤くなっているのに気がついて、俺は少なからず動揺した。
格好いいと思う、とは以前にも言った覚えがある。そのときはこんな反応はされなかった。というか、彼が自分をどう思っていようが周りの人間に外見を褒められることは多いはずだ。「格好いい」も「綺麗」も彼にとってはさほど特別な言葉ではない、と思う。
なのになんでそんな反応をするのだろう。意味が分からないまま、貰い照れとでもいうのか、つられて顔が熱くなり始める。
俺が言葉を失っているうちに先輩は少し立ち直ったらしく、「あー」と呻きながら顔を上げた。
「もー……ハルは本当、なんでそういう……」
続く言葉を待って首を傾げた俺をちらっと見たキヨ先輩は、なんでもないですと呟いてまだ赤い顔のままちょっと笑った。
よく分からないがなんとなく、追及すれば自分が恥ずかしい思いをする気がしたから俺は大人しく口をつぐんだ。
向こう側から歩いてくるその人は、こちらに気が付くとあっ、という顔をした。
「鷹野さん」
距離は空いていて、発した声もさほど大きくはなかったように思うが、静かな廊下だったからかその声は真っ直ぐ明瞭にこちらまで届いた。たたっと小走りにやってくるその人を見てキヨ先輩は足を止めたので、俺も自然と立ち止まった。
「湧井。もしかして、探させたか?」
「いえ、風紀室に行ってみたら不在だったので、出直そうとしたところです。すれ違いにならなくてよかった。すみませんが、急ぎなのでこのまま―」
続いた相手の言葉で仕事の話が始まるらしいと分かったので、俺は少し下がって壁に寄りかかりながら待機することにした。
ちらっとこちらを見たキヨ先輩が、ごめん、と無音のまま口を動かしたので大丈夫ですと伝えるために小さく笑ってみせる。先輩はそっと目だけで笑いかえしてから話に集中しだした。
すっと表情が変わる。それで、風紀委員長をしているときのキヨ先輩は雰囲気が違うなと改めて思った。二人でいるか他に人がいるかの違いとはまた別だ。
風紀委員長の先輩は、堅くて厳しい感じに見える。実際は全然違うことを知っていてさえそんなふうに見えるのだから、彼と話したことがない人にとっては尚のことかもしれない。
やりとりの内容を聴くのは失礼であるような気がしたので話は意識的に聞き流しながら、手持ち無沙汰で湧井と呼ばれた人をそっと窺い見る。
艶のある黒髪に形の綺麗な眉。目に平行なくっきりした二重のラインと通った鼻筋。唇は薄くて赤い。眼力が強く感じるのは、白い部分とのコントラストがはっきりしていて瞳が大きいせいだろうか。
絵に描かれた人間みたいだなと思う。整っていないパーツがなく更にはそれら全てが美しく見えるバランスで配置された、感心するくらい綺麗な顔だ。
キヨ先輩も常人離れして格好いいので、二人が並んでいる姿はとても―なんというか、華やかだ。ただの学校の廊下で話し込んでいる図には見えないなとぼんやり思っているうちに、話は終わったらしかった。
キヨ先輩を見上げていた湧井さんの視線がすっと動き、一瞬、強い眼差しがしっかりと俺と俺を捉えた。
それはすぐに逸れて彼はキヨ先輩と、それから俺にも礼儀正しく会釈をすると、淀みない足取りで去っていった。
向けられたのがほんの僅かの間だったとはいえ、その視線はただ一瞥しただけとは思えない強さだったから、何も言われなかったことにむしろ驚いてしまった。
「ハル?」
離れていく背中から目を離せずにいると、不思議そうに声を掛けられた。すぐに俺の意識は先輩の方に戻る。
「どうかしたか?」
「いえ。―あの人、生徒会役員ですか?」
「うん。二年の湧井。……気になる?」
気になるといえば気になるが。どう言語化すればいいか分からなかったので、首を傾げて「めちゃくちゃ顔面整ってるから、びっくりしました」と感想の方を伝えた。
「っはは、そういうときは格好いいとか綺麗とか言うものじゃないか?」
壁から背を離してまた並んで歩き出す。
「そうですか?」
「うん」
「キヨ先輩には、格好いいとか綺麗とかぴったりですね」
どっちでも同じ気がするけど、とぴんとこないまま、ふと思ったことを口にする。そしていつものテンポで返ってくると思った返事がなかったのであれ、と先輩を見て、俺は驚いた。
「、え。キヨ先輩、赤いです」
「言わなくていいよ……」
むっといつか見た拗ねた顔をした彼の頬が、これもまたいつか見たのと同じほんのりした桜色になっていた。先輩は呻くように答えて、腕に高く積まれた書類に隠れるみたいに俯く。その仕草で髪が流れていつもは隠れている耳の上の輪郭が見えた。そこまで赤くなっているのに気がついて、俺は少なからず動揺した。
格好いいと思う、とは以前にも言った覚えがある。そのときはこんな反応はされなかった。というか、彼が自分をどう思っていようが周りの人間に外見を褒められることは多いはずだ。「格好いい」も「綺麗」も彼にとってはさほど特別な言葉ではない、と思う。
なのになんでそんな反応をするのだろう。意味が分からないまま、貰い照れとでもいうのか、つられて顔が熱くなり始める。
俺が言葉を失っているうちに先輩は少し立ち直ったらしく、「あー」と呻きながら顔を上げた。
「もー……ハルは本当、なんでそういう……」
続く言葉を待って首を傾げた俺をちらっと見たキヨ先輩は、なんでもないですと呟いてまだ赤い顔のままちょっと笑った。
よく分からないがなんとなく、追及すれば自分が恥ずかしい思いをする気がしたから俺は大人しく口をつぐんだ。
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