My heart in your hand.

津秋

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four.

19

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「エスー! お前も、今日早いんでしょ? 起きろー」

急に寒くなって、何事だと目を開ける。毛布を手に掴んだ岩見が俺を見下ろしていた。あれ、と思う。

「……、なんで岩見居んの」
「寝ぼけてんな? ここ俺の部屋だもんよ。エス、昨日こっちで寝たじゃん」
「ああ―」
上半身を起こしながらぼんやりと相槌を打つ。欠伸が漏れる。ソファーの背もたれに寄り掛かって見上げると、岩見は俺が使っていた毛布をさっさと畳んでいる。
「俺も今日は早く行かなきゃいけないから、ご飯もう作ったよ」
母親のようだなと思う。もっとも、俺は母親からこんなふうに世話を焼かれた覚えはなくて、それをしていたのは陽慈だったけれど。一般的な形容として。

「うん」
「ほらほら、顔洗っといで。目付きがヤバイぞ」

閉じそうな瞼を無理矢理開けているのだから、目付きがヤバイのも仕方がないだろう。そんな感じのことを言ったつもりだったが「もごもご言ってないで早く!」と叱られたので、もしかしたら俺はもごもご言っていたのかもしれない。
首を鳴らしながら素直に洗面所に向かう。

今日は文化祭当日だ。着付けが手早く出来ないのと最終準備を手伝わなければならないのとで、今日は岩見が言うように早く登校することになっていた。
準備期間は、長かったようにも短かったようにも思える。成功するといいがと他人事のように思う。俺は、今日も明日も基本的にひたすら宣伝係ということになっている。


岩見と朝食をとり、一緒に部屋を出た。いつもより、寮内が賑やかな気がした。皆、気分が高揚して自然と声が大きくなっているのだろう。
とりとめもない話をしながら学校に到着し、岩見のクラスの前で別れる。「俺も調理参加するから、焼きそば食べに来てね」と手を振られて、じゃあ昼は岩見のクラスで買おうと決めて頷いた。

教室には、もうほとんど生徒が揃っていて、飾り付けを整えたり着替えたりと忙しそうにしていた。浴衣は、俺と同じ勝色のものを着ているのは数人で、茜色のものを着ている者の方が多い。身長でサイズを分けているからだ。
接客担当でない生徒は、こちらも揃いの黒い和柄のクラスTシャツを着ている。ふむ、と教室内をぐるりと見回してから、準備の方は人手が足りていそうなので、俺もさっさと着替えてしまうことにした。

何度か練習をしていた成果か、やたら手間取るということもなく着替えられた。皺もあまりないし、見苦しくはない程度に整えられていると思う。
自己評価だけでは頼りないので、裏方作業のために教室の隅に設けられている衝立の裏から出て、すぐそこにいたクラスメイトに変なところはないかと尋ねてみる。
ぶんぶんと激しく首を振って親指を立てられたので大丈夫そうだ。


「江角、おはよう」
「おはよ」
着崩れないように気を配りながら、頼まれたものを運んだりテーブルを拭いたりしていると、見覚えのある看板を担いだ千山がやって来て、爽やかに挨拶をされた。

「もうすぐ開会式だから、体育館に移動だって」
「ああ、うん」
「で、委員長が、江角はこれを持っていってって言ってたよ」
「はあ?」
はい、と件の看板を渡され、咄嗟に受け取ってから眉を寄せる。千山は微笑みながらひとつ頷いてみせた。
「目立たないか? こんなの持ってたら……、ただの開会式だろ」
「目立ってなんぼ、ってやつなんじゃない? 宣伝なんだからさ。開会式は全校生徒集まるから、そっからもう試合開始って感じ?」

皆気合い入ってるねえ、と呑気に言う。他人事だからそんな態度でいられるのだ。俺は不服を全面に出して顔をしかめた。
そういえばうちのクラスは売上一位を目指しているのだった。その闘争心はどこから来ているのか俺には分からないが、委員長があんな風であることに多大な原因があるように思える。いや、しかしうちのクラスが考えることは、他のクラスでも考えることなのだろう。現に、今廊下を通っていった生徒も大きくクラスと出し物を書いたポスターを首から提げていたし。
俺だけが奇妙に目立つ訳ではないと言い聞かせて、溜め息と共に看板を肩に担いだ。俺が許容の姿勢を見せたことに千山が「偉い偉い」と笑う。すぐ後に、体育館に移動するようにという委員長のよく通る指示が聞こえた。

行こうかと促され、今度の溜め息は飲み込んで、俺は教室の外に足を踏み出した。
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