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ぴちゃんとどこかで水滴が落ちる音がした。それで我に返って「なんで?」と声が出た。
「え、なにがなんで? つか、そんな顔するってことはまじ?」
どんな顔をしているのか知らないが、そんなに凝視しないでもらいたい。返答に困って、しかしともかく事実ではあったから躊躇いつつも頷くと、久我さんは「はー!」と叫びとも感嘆ともとれない声を上げた。
「なんで、キヨ先輩が出てくるんですか」
もう一度、今度は言葉を足して訊く。岩見にも久我さんにもすぐさまキヨ先輩のことを言い当てられる理由が分からない。岩見はまだしも、さほど親しいわけでもない久我さんからその発想が出るのは不思議だった。言い方からして、冗談のつもりではあったのだろうけれど。
「キヨ先輩? あの人、お前にそんな可愛い呼ばせ方してんの? 俺も先輩って呼ばれたい」
「嫌です」
「即答ー! で、なんで委員長が出てくるかだっけ?」
催促するように頷けば、久我さんはうーんと唸りに似た声を上げて湿って色濃くなった髪を触った。
「そりゃ委員長サンがお前のこと好きなの、気付いてたから」
「はっ?」
「俺片想いとか、結構すぐ気付く方なんだよね」
「それは……すごいっすね」
「でしょ。だから言ってみたら当たってたっていうねー」
俺には絶対に無理だ。言われなきゃ知り合い同士が付き合っていても気が付かないだろうし。流石に岩見のことなら分かると思いたいけれど、他人のことは察せないという方向に自信がある。久我さんのように気が付けるのはすごいことだ。
「あれ。でも久我さん、俺に岩見と付き合ってるのかって聞きましたよね。それは?」
「あー、だって晴貴、明志とは距離感が違うからさ。恋愛感情があるようには見えなかったけど俺が分かんないだけかなと思って」
「はあ」
「委員長に関してはさあ、ほら俺、文化祭の時にお前らが一緒に居るところ見たでしょ」
「ああ―はい」
あのとき、久我さんはしきりに笑っていて、俺は理由が分からなかったがキヨ先輩の方は、複雑そうな顔をしていた。
「お前は覚えてないかもしれないけど、あの人、俺がお前にくっついたら押し退けてきたでしょ。普段、感情に波風立ちませんみたいな態度なのに、すげーはっきり、触んな! って顔してたよ。それで気付いたかな」
久我さんは思い出したように笑って「あれは意外な反応だった」と言う。
「あと晴貴のこと見るときの目が全然違うもんな。俺じゃなくても、気付いてる奴はいそうだけど」
「そ、う……ですか」
自分以外の視点から見た話は俺を落ち着かない気持ちにさせた。他から見て分かるほどに好かれているのか。キヨ先輩に、俺が?
そんなふうに見られていたことに気が付かずにいたことも、それをこうやって久我さんの口から平然と聞かされるのも、じっとしていられないくらい恥ずかしかった。
変な顔をしている気がして、手で口元を触ってみる。先程のようにこちらを覗き込んでくることはせずに久我さんは再度口を開いた。
「そんで? 難しい顔してたってことは振ったの?」
「いや……」
「おっ、じゃあオッケーした? うわー、晴貴に彼氏か。ま、あの人ならお似合いか」
「してないです、返事」
「へ?」
「考える時間を貰いました」
岩見とした話をなぞるような会話になった。こんなことまでこの人に話すつもりはなかったのに、久我さんが勝手に話を進めていくから。不服さが声に出たのを感じつつ、ぼそぼそと説明すると心底不思議そうに「なんで?」と問われた。
「、なんでって―」
「好きならイエス、好きじゃないならノーだろ? 何を考えることがあんの?」
彼の中ではその感情がとても明解なものなのだと分かる台詞だった。他のどの感情とも違うからそんな風に分かりやすく考えられるのだろうか。俺だって、分かっていたら久我さんが言うように出来るのに。
意味不明だった数学の問題を目の前でなんの苦もなく解かれて、分からないと感じるところなどどこにもないだろうと言われたみたいな気分だ。
羨ましいような、虚脱感を覚えるような。
「……俺にはそんな簡単なことじゃないんです。キヨ先輩のこと、好きだけど、それが恋愛感情かって聞かれたら―答えられない」
きっとまた、柄が悪いと言われた顔になっているのだろう。
俯いて、薬湯なのか濃い山吹色をしている水面を見る。分からないということはすっきりしなくて、嫌いだ。
「え、なにがなんで? つか、そんな顔するってことはまじ?」
どんな顔をしているのか知らないが、そんなに凝視しないでもらいたい。返答に困って、しかしともかく事実ではあったから躊躇いつつも頷くと、久我さんは「はー!」と叫びとも感嘆ともとれない声を上げた。
「なんで、キヨ先輩が出てくるんですか」
もう一度、今度は言葉を足して訊く。岩見にも久我さんにもすぐさまキヨ先輩のことを言い当てられる理由が分からない。岩見はまだしも、さほど親しいわけでもない久我さんからその発想が出るのは不思議だった。言い方からして、冗談のつもりではあったのだろうけれど。
「キヨ先輩? あの人、お前にそんな可愛い呼ばせ方してんの? 俺も先輩って呼ばれたい」
「嫌です」
「即答ー! で、なんで委員長が出てくるかだっけ?」
催促するように頷けば、久我さんはうーんと唸りに似た声を上げて湿って色濃くなった髪を触った。
「そりゃ委員長サンがお前のこと好きなの、気付いてたから」
「はっ?」
「俺片想いとか、結構すぐ気付く方なんだよね」
「それは……すごいっすね」
「でしょ。だから言ってみたら当たってたっていうねー」
俺には絶対に無理だ。言われなきゃ知り合い同士が付き合っていても気が付かないだろうし。流石に岩見のことなら分かると思いたいけれど、他人のことは察せないという方向に自信がある。久我さんのように気が付けるのはすごいことだ。
「あれ。でも久我さん、俺に岩見と付き合ってるのかって聞きましたよね。それは?」
「あー、だって晴貴、明志とは距離感が違うからさ。恋愛感情があるようには見えなかったけど俺が分かんないだけかなと思って」
「はあ」
「委員長に関してはさあ、ほら俺、文化祭の時にお前らが一緒に居るところ見たでしょ」
「ああ―はい」
あのとき、久我さんはしきりに笑っていて、俺は理由が分からなかったがキヨ先輩の方は、複雑そうな顔をしていた。
「お前は覚えてないかもしれないけど、あの人、俺がお前にくっついたら押し退けてきたでしょ。普段、感情に波風立ちませんみたいな態度なのに、すげーはっきり、触んな! って顔してたよ。それで気付いたかな」
久我さんは思い出したように笑って「あれは意外な反応だった」と言う。
「あと晴貴のこと見るときの目が全然違うもんな。俺じゃなくても、気付いてる奴はいそうだけど」
「そ、う……ですか」
自分以外の視点から見た話は俺を落ち着かない気持ちにさせた。他から見て分かるほどに好かれているのか。キヨ先輩に、俺が?
そんなふうに見られていたことに気が付かずにいたことも、それをこうやって久我さんの口から平然と聞かされるのも、じっとしていられないくらい恥ずかしかった。
変な顔をしている気がして、手で口元を触ってみる。先程のようにこちらを覗き込んでくることはせずに久我さんは再度口を開いた。
「そんで? 難しい顔してたってことは振ったの?」
「いや……」
「おっ、じゃあオッケーした? うわー、晴貴に彼氏か。ま、あの人ならお似合いか」
「してないです、返事」
「へ?」
「考える時間を貰いました」
岩見とした話をなぞるような会話になった。こんなことまでこの人に話すつもりはなかったのに、久我さんが勝手に話を進めていくから。不服さが声に出たのを感じつつ、ぼそぼそと説明すると心底不思議そうに「なんで?」と問われた。
「、なんでって―」
「好きならイエス、好きじゃないならノーだろ? 何を考えることがあんの?」
彼の中ではその感情がとても明解なものなのだと分かる台詞だった。他のどの感情とも違うからそんな風に分かりやすく考えられるのだろうか。俺だって、分かっていたら久我さんが言うように出来るのに。
意味不明だった数学の問題を目の前でなんの苦もなく解かれて、分からないと感じるところなどどこにもないだろうと言われたみたいな気分だ。
羨ましいような、虚脱感を覚えるような。
「……俺にはそんな簡単なことじゃないんです。キヨ先輩のこと、好きだけど、それが恋愛感情かって聞かれたら―答えられない」
きっとまた、柄が悪いと言われた顔になっているのだろう。
俯いて、薬湯なのか濃い山吹色をしている水面を見る。分からないということはすっきりしなくて、嫌いだ。
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