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何度もそう呼べと言われていたのを思い出して、なんとなく言ってみただけだったが予想外に大きいリアクションだった。人を○○くんと呼ぶことがないので舌に違和感が残る。今のところは久我さんと呼ぶのがしっくり来るようだ。
入ってきたときには少し寒いと思った脱衣場の空気が涼しく感じて、体が熱くなっているのを自覚した。多分本当にあと少しで逆上せるところだったのだろう。
タオルで体を拭きながら久我さんとの会話を反芻する。
違う感情。未知のもの。キヨ先輩と岩見への気持ちの、違うところ。
俺は、岩見が俺のことを好きなことはよく知っている。口に出してそう言われるからというのもあるが、別に言葉にされなくても変わらないはずだ。誰より好かれているだろうと思っている。もし一番ではなくなっても、岩見が俺と同等かそれ以上に大切に思える人間が現れるならいいことだなとしか思わないだろう。言ってみれば、絶対的に好かれているということに自信があるのだ。
キヨ先輩の場合は――なんというか、好きだと言われるまで特別に好かれているとは思っていなかった。勿論仲は良いしそれに伴って好意を持ってくれているのは分かっていたが、彼に好かれているということを改まって意識するといつも傲慢なような烏滸がましいような気がした。
"俺が一番ではないだろうけれど"という前提の上で、それでも彼が俺を一番好きだと言ってくれたらすごく嬉しいだろうなと思っていて、本当に一番だったらいいのにと密かに考えていた。ような気がする。
「んー……」
唸りながら服を着て、髪をタオルで拭う。
キヨ先輩を恋愛感情で好きならば、恐らくそこには久我さんの言う欲が付随してくるわけで。俺はキヨ先輩にそういった欲求を持つのだろうか。
体が育ちきっていないからか元々の性質のせいかは知らないが、俺は性欲というものが強くない。欲求が性欲に起因するのだとしたら、心許ないように思う。ただ、久我さんが挙げていた例をなぞれば、触りたいと思ったことはあったかもしれない。照れるとうっすら赤くなる頬とか、指が長くて少し冷たい手とか。なんとなく、手を伸ばしてみたいような気になるのだ。そういうときはいつも胸のところがきゅうと縮むような感覚がある。
キヨ先輩が俺に触るのも、触っていいかと問うてくるのも、俺のこの不可解な感覚と同じものを抱くからだろうか。
恋人になりたいということは、キヨ先輩は恐らく俺とキスとかそういうこともしたいということで――
そこまで考えて、固まる。だって、なんというかそれはやばくないか。相手、俺でいいのか。いや、ダメじゃないか?
先輩に抱きしめられたときの距離、言葉を発する際の空気の揺れが唇に伝わりそうなあのとんでもなく近い距離が、さらに狭くなって唇同士が触れあう。止める間もなくそんな光景を思い描いてしまう。直前までの距離を知っているからか、やたらとその想像は写実的だった。
ぶわっと全身が風呂から上がった瞬間より熱くなった。髪を拭く間腰かけていたベンチから、思わず立ち上がってしまう。じっとしていられず無意味に鏡の前まで歩いていったせいで、そこに映る自分の顔が赤くなっているのを見た。
風呂上がりだからだと言い訳をしてまた元の場所に戻って、少しの逡巡のあとまたベンチに座った。
……いや、いやいやなんだこれ。まじでなに。やばい、なんかやばい。
思考から語彙が消え失せ、同じことばかり繰り返す。
というか、勝手に想像して何を動揺しているのだろう、俺は。久我さんに何をやっているのかと呆れられたばかりなのに、さっきと同じくらい奇行だ。キヨ先輩変な想像してごめんなさい、ととにかく心の中で謝罪をした。それも普通に変だが、この瞬間の俺は全く真剣だった。
ようやく頭が冷静になってきたので、久我さんが上がってくる前に脱衣場を出た。また思考を巡らせながら階段を上る。
今まで生きてきて、キスをしたいと思ったことは一度もない。というか、他人とそんな親密な接触をしたことがない。だからしたいと思わないのだろうか。経験があればしたいと思った可能性は存在するのか? 試すわけにもいかないのでそれに答えはない。しかし、きっとキヨ先輩とそれをするのは嫌ではない、と思う。いざするとなったら許容量を軽々とオーバーしてものすごく動揺するという自信はあるが。実際、さっきは考えただけで挙動不審になってしまったし。
嫌か嫌ではないかという話なら、別に岩見とキスするのだって平気だ。普通にできると思う。くっつくのが肌ではなく唇になるというだけだろう。他人に触られたり過度に近付かれたりするのは不快でも岩見なら全く気にならないのと同じ原理。
それでいうとキヨ先輩は岩見と同じ括りのはずなのに、彼とすることを考えると別のベクトルで平気ではない。不快ではないのに普通にしていられないと予想できる。つまり、それがキヨ先輩と岩見に対する俺の気持ちが違うことの証左なのだろう。
これは、少しは答えに近付けたと考えてもいいのではないだろうか。
解決の糸口が見つかったようで、俺は幾分かすっきりした気分で部屋に帰り着いた。さっき勝手に思い浮かべてしまった光景は忘れることにする。
入ってきたときには少し寒いと思った脱衣場の空気が涼しく感じて、体が熱くなっているのを自覚した。多分本当にあと少しで逆上せるところだったのだろう。
タオルで体を拭きながら久我さんとの会話を反芻する。
違う感情。未知のもの。キヨ先輩と岩見への気持ちの、違うところ。
俺は、岩見が俺のことを好きなことはよく知っている。口に出してそう言われるからというのもあるが、別に言葉にされなくても変わらないはずだ。誰より好かれているだろうと思っている。もし一番ではなくなっても、岩見が俺と同等かそれ以上に大切に思える人間が現れるならいいことだなとしか思わないだろう。言ってみれば、絶対的に好かれているということに自信があるのだ。
キヨ先輩の場合は――なんというか、好きだと言われるまで特別に好かれているとは思っていなかった。勿論仲は良いしそれに伴って好意を持ってくれているのは分かっていたが、彼に好かれているということを改まって意識するといつも傲慢なような烏滸がましいような気がした。
"俺が一番ではないだろうけれど"という前提の上で、それでも彼が俺を一番好きだと言ってくれたらすごく嬉しいだろうなと思っていて、本当に一番だったらいいのにと密かに考えていた。ような気がする。
「んー……」
唸りながら服を着て、髪をタオルで拭う。
キヨ先輩を恋愛感情で好きならば、恐らくそこには久我さんの言う欲が付随してくるわけで。俺はキヨ先輩にそういった欲求を持つのだろうか。
体が育ちきっていないからか元々の性質のせいかは知らないが、俺は性欲というものが強くない。欲求が性欲に起因するのだとしたら、心許ないように思う。ただ、久我さんが挙げていた例をなぞれば、触りたいと思ったことはあったかもしれない。照れるとうっすら赤くなる頬とか、指が長くて少し冷たい手とか。なんとなく、手を伸ばしてみたいような気になるのだ。そういうときはいつも胸のところがきゅうと縮むような感覚がある。
キヨ先輩が俺に触るのも、触っていいかと問うてくるのも、俺のこの不可解な感覚と同じものを抱くからだろうか。
恋人になりたいということは、キヨ先輩は恐らく俺とキスとかそういうこともしたいということで――
そこまで考えて、固まる。だって、なんというかそれはやばくないか。相手、俺でいいのか。いや、ダメじゃないか?
先輩に抱きしめられたときの距離、言葉を発する際の空気の揺れが唇に伝わりそうなあのとんでもなく近い距離が、さらに狭くなって唇同士が触れあう。止める間もなくそんな光景を思い描いてしまう。直前までの距離を知っているからか、やたらとその想像は写実的だった。
ぶわっと全身が風呂から上がった瞬間より熱くなった。髪を拭く間腰かけていたベンチから、思わず立ち上がってしまう。じっとしていられず無意味に鏡の前まで歩いていったせいで、そこに映る自分の顔が赤くなっているのを見た。
風呂上がりだからだと言い訳をしてまた元の場所に戻って、少しの逡巡のあとまたベンチに座った。
……いや、いやいやなんだこれ。まじでなに。やばい、なんかやばい。
思考から語彙が消え失せ、同じことばかり繰り返す。
というか、勝手に想像して何を動揺しているのだろう、俺は。久我さんに何をやっているのかと呆れられたばかりなのに、さっきと同じくらい奇行だ。キヨ先輩変な想像してごめんなさい、ととにかく心の中で謝罪をした。それも普通に変だが、この瞬間の俺は全く真剣だった。
ようやく頭が冷静になってきたので、久我さんが上がってくる前に脱衣場を出た。また思考を巡らせながら階段を上る。
今まで生きてきて、キスをしたいと思ったことは一度もない。というか、他人とそんな親密な接触をしたことがない。だからしたいと思わないのだろうか。経験があればしたいと思った可能性は存在するのか? 試すわけにもいかないのでそれに答えはない。しかし、きっとキヨ先輩とそれをするのは嫌ではない、と思う。いざするとなったら許容量を軽々とオーバーしてものすごく動揺するという自信はあるが。実際、さっきは考えただけで挙動不審になってしまったし。
嫌か嫌ではないかという話なら、別に岩見とキスするのだって平気だ。普通にできると思う。くっつくのが肌ではなく唇になるというだけだろう。他人に触られたり過度に近付かれたりするのは不快でも岩見なら全く気にならないのと同じ原理。
それでいうとキヨ先輩は岩見と同じ括りのはずなのに、彼とすることを考えると別のベクトルで平気ではない。不快ではないのに普通にしていられないと予想できる。つまり、それがキヨ先輩と岩見に対する俺の気持ちが違うことの証左なのだろう。
これは、少しは答えに近付けたと考えてもいいのではないだろうか。
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