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「違って、本当によかった。……湧井には断って、謝ったよ。気持ちにも応えられないのに頷くなんてしない。そんなのは優しさでもなんでもないと思うし―それに、俺は、ハルへの気持ちに一番誠実でいたいから」
だから、俺はハル以外に触ったりしてないよと先輩は小さな声で言った。
じっと先輩を見返す。訥々と告げられたこと全部が本当に嬉しくて胸がぎゅっと痛くなる。悲しくなくても痛くなるから不思議だ。
ざわざわしていたものも、完全に鳴りを潜めたのがわかる。嫉妬心というのはこんなにも現金なのか。
包まれた手から伝わるキヨ先輩の体温が優しくて気持ちが弛みそうになる。まだ肝心なことを伝えていないのに。
ともかく何か言葉を返さなければと口を開きかけたところで、キヨ先輩は眉根を寄せて一瞬目を閉じると少しだけうなだれた。
「……だめだ。ごめん、ハル」
「、え?」
「ハルが苦しくて嫌な気持ちになったって言ってるのに、俺はそれを、どうしても嬉しいと思ってしまう」
そっと手を撫でられる。
「俺が触りたいのはハルだけだよ。ハルが望まなくたってそうだから、覚えておいて」
俺が苦しいのが嬉しいということは上手く掴めなかったが、悪い意味でないことは分かった。だって、こんなふうに俺が望んだことを断言してくれるのだから。俺は、この独占欲をいいよって許してほしかった。それを当たり前みたいに叶えてくれた。
心臓がとくとくと脈打っている。温かいものが指先にまで充ちていく。
先輩が俺を真っ直ぐに見て微笑む。そういう笑顔を見るのは、随分久し振りのような気がした。気のせいだと分かっているけれど、傷付けてあんな顔をさせた後だから。
どんどん溢れてくるいろいろな気持ちに、たまらなくなって、唇を噛む。空いた手を持ち上げて、そっと彼の頬を撫でた。
先輩はびくりと震えて、信じられないものでも見るような顔をした。笑顔は消えてしまったが、薄暗いなかでも顔色がすぐにさっと仄かに紅潮したことが分かったから、今度は俺の方が笑顔になる。
「先輩に話したいこと、まだあります。全然上手くまとめられないけど」
「……上手くなくていい。聞きたい」
肉が薄い頬は白く滑らかで触り心地がよくて、それから温かい。俺と違って、そこには傷など一つもない。
切羽詰まった声で答えた先輩に頬を擦り寄せるような仕草をされて喉が詰まりそうになった。
意識して深く息を吸う。冷えた空気が肺を満たして勢いがついたような気になる。
「さっき屋上に行ったら、空がすごく綺麗で感動して、キヨ先輩と一緒に見たいなと思ったんです」
「夕焼け? うん、綺麗だったよな。俺も、ハルと見たいと思ったよ」
どうしていきなりこんな話を始めるのか分かっていないだろうに、当然みたいにそう応じる。
同じように思ってくれていたのか。嬉しさとか照れとかで耳が熱くなって、キヨ先輩みたいに分かりやすく赤くなる性質でなくて良かったなと隅の方で思った。
―この人を、俺が好きにならないわけがなかったのに、随分遠回りをしたものだ。キヨ先輩といるときに抱いた、名前をつけがたい様々の感情を表す言葉が今なら分かる。
俺は、いつからキヨ先輩を好きだったのだろう。どれだけ長く気付かないままでいたのだろう。
「一人でも不満なんかなかったはずなのに、さっきはキヨ先輩がいたらもっといいって、先輩がいないと足りないって感じた。それで、俺、やっと分かったんです」
無言で先を促す先輩の表情からはまた余裕がなくなっていて、綺麗な目が少し潤んでいて、心臓が掴まれたみたいな感じがした。
この感覚も、込み上げた何かが目から溢れてしまいそうな衝動も、キヨ先輩だけが俺に与えられる知らない感情も全部、愛おしいという言葉で表すことが出来るのだろう。
俺はこの人のことが、きっとどうしようもなく愛おしいのだ。
だから、俺はハル以外に触ったりしてないよと先輩は小さな声で言った。
じっと先輩を見返す。訥々と告げられたこと全部が本当に嬉しくて胸がぎゅっと痛くなる。悲しくなくても痛くなるから不思議だ。
ざわざわしていたものも、完全に鳴りを潜めたのがわかる。嫉妬心というのはこんなにも現金なのか。
包まれた手から伝わるキヨ先輩の体温が優しくて気持ちが弛みそうになる。まだ肝心なことを伝えていないのに。
ともかく何か言葉を返さなければと口を開きかけたところで、キヨ先輩は眉根を寄せて一瞬目を閉じると少しだけうなだれた。
「……だめだ。ごめん、ハル」
「、え?」
「ハルが苦しくて嫌な気持ちになったって言ってるのに、俺はそれを、どうしても嬉しいと思ってしまう」
そっと手を撫でられる。
「俺が触りたいのはハルだけだよ。ハルが望まなくたってそうだから、覚えておいて」
俺が苦しいのが嬉しいということは上手く掴めなかったが、悪い意味でないことは分かった。だって、こんなふうに俺が望んだことを断言してくれるのだから。俺は、この独占欲をいいよって許してほしかった。それを当たり前みたいに叶えてくれた。
心臓がとくとくと脈打っている。温かいものが指先にまで充ちていく。
先輩が俺を真っ直ぐに見て微笑む。そういう笑顔を見るのは、随分久し振りのような気がした。気のせいだと分かっているけれど、傷付けてあんな顔をさせた後だから。
どんどん溢れてくるいろいろな気持ちに、たまらなくなって、唇を噛む。空いた手を持ち上げて、そっと彼の頬を撫でた。
先輩はびくりと震えて、信じられないものでも見るような顔をした。笑顔は消えてしまったが、薄暗いなかでも顔色がすぐにさっと仄かに紅潮したことが分かったから、今度は俺の方が笑顔になる。
「先輩に話したいこと、まだあります。全然上手くまとめられないけど」
「……上手くなくていい。聞きたい」
肉が薄い頬は白く滑らかで触り心地がよくて、それから温かい。俺と違って、そこには傷など一つもない。
切羽詰まった声で答えた先輩に頬を擦り寄せるような仕草をされて喉が詰まりそうになった。
意識して深く息を吸う。冷えた空気が肺を満たして勢いがついたような気になる。
「さっき屋上に行ったら、空がすごく綺麗で感動して、キヨ先輩と一緒に見たいなと思ったんです」
「夕焼け? うん、綺麗だったよな。俺も、ハルと見たいと思ったよ」
どうしていきなりこんな話を始めるのか分かっていないだろうに、当然みたいにそう応じる。
同じように思ってくれていたのか。嬉しさとか照れとかで耳が熱くなって、キヨ先輩みたいに分かりやすく赤くなる性質でなくて良かったなと隅の方で思った。
―この人を、俺が好きにならないわけがなかったのに、随分遠回りをしたものだ。キヨ先輩といるときに抱いた、名前をつけがたい様々の感情を表す言葉が今なら分かる。
俺は、いつからキヨ先輩を好きだったのだろう。どれだけ長く気付かないままでいたのだろう。
「一人でも不満なんかなかったはずなのに、さっきはキヨ先輩がいたらもっといいって、先輩がいないと足りないって感じた。それで、俺、やっと分かったんです」
無言で先を促す先輩の表情からはまた余裕がなくなっていて、綺麗な目が少し潤んでいて、心臓が掴まれたみたいな感じがした。
この感覚も、込み上げた何かが目から溢れてしまいそうな衝動も、キヨ先輩だけが俺に与えられる知らない感情も全部、愛おしいという言葉で表すことが出来るのだろう。
俺はこの人のことが、きっとどうしようもなく愛おしいのだ。
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