これからも、ずっと。

硅哉

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イルミネーション

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「うわっ、さっみー……」
 助手席から出てきた智也は外気に触れた途端、身をかがめて二、三、首を横に振った。
 茶色のダウンコート。オフホワイトの毛糸でできた帽子。地味なアイテムの中、クリスマスにプレゼントした赤いチェック柄の手袋が良く映えていて、俺は一人満足する。
「ほら、これ」
 後部座席からコンビニ袋を取り出し、俺は智也に投げる。智也はそそくさと中身……ホッカイロを二つ取り出し、無言でカシャカシャと振る。無言で作業するその姿は、どうしてか口を尖らせていて、無駄に可愛い。
「じゃあ、行くか」
 車の鍵をかけ、俺たちは二人並んで駐車場から入場ゲートまで向かう。道すがら、同じように念入りに防寒着を着込んだカップルを何組も見かける。時々家族連れもいて、小学生らしき女の子が目をきらきらとさせている。
 イルミネーションが見たい、と智也が言い出したのは、先週の金曜日だった。お互い月末の忙しさがひと段落したところで、撮り溜めていたドラマを消化していた時、イルミネーションに向かう主人公に感化されたのだ。
 昔から智也は、何かと影響を受けやすい。CMで流れた歌を気付いたら口ずさんでいるし、レストランに入れば隣の人と同じものを注文しがちだ。だから、受験で高校大学と同じ進路を選んだ時も、俺に影響されているだけだと思っていた。大学の卒業式に告白されるまで、俺の一方的な片想いだと思っていた。
「事前チケットをお持ちの方は、こちらから入場ください」
 なだらかな斜面を登り切ると、入場ゲートが見えて来た。係員らしき人が数人、客を誘導している。奥には皓々と輝くイルミネーションが顔を覗かせていて、先程の女の子がより一層はしゃいでいる。
 ちらりと横を見ると智也も惚けた顔で光を目で追っていた。寒さの所為か、白い頬が少し赤く染まっていて、何だか色っぽい。俺は込み上げる愛しさをぐっと飲み込む。まずは智也と一緒にこの光の集合体を楽しまなくては。
「すげえ迫力……!」
 コンビニで買っておいた味気のないチケットを係員に渡し、園内に足を進めると、早速智也は立ち止まり、目の前にある家を模したオブジェを見上げた。
 クリーム色の家は、青い屋根をかぶっていて、星だか花のコサージュのようなものが散りばめられている。遊べるようにか、中に少し空間があり、既に数人の子供がはしゃいでいる。大人でも、少し屈めば入ることができるだろう。
「一緒に遊んでくれば?」
 キラキラとした瞳でオブジェを見つめる智也に、俺は声を掛ける。智也はハッとしてこちらを見ると、その丸い瞳を懸命に細め、怒った顔をした。
「冗談だって。次行こう」
 文句を言われる前に、と俺は智也の腕を掴んで、「順路」と書かれた右手にある通路へ向かう。
 外でのスキンシップが少ないと、以前知也に不平を言われたことがある。それは男同士だから仕方ないところがあるのだが、それでも手くらい繋ぎたいと駄々をこねられたことがある。俺はイエスとは言えず、結果、何かにかこつけて智也に触れるように心掛けている。今のところ、それで妥協してくれているようだ。
 通路を進むと、花畑をイメージしたイルミネーションが眼下に広がった。全体を緑色の光が占め、所々に花を模した赤や青やピンクや紫の集合体が主張している。
「あそこに似てない?」
 暫く無言で光の花畑を見つめていた智也は、不意にそう言って俺を見る。
「そうだな。あの温泉、また行きたいな」
 俺も智也の方を向いて答える。満足そうに笑う智也。どうやらアレ、は合っていたようだ。
 昨年の春、初めて二人で行った温泉旅行。同棲二年目を記念だからと、奮発して露天風呂付き客室を手配した。のぼせるまで智也と一緒に風呂に入って、二人っきりで部屋食を楽しみ、怠惰にその後の情事も楽しんで……。兎に角贅沢で幸せな旅行だった。
 花畑へは、帰りの道中ふらりと立ち寄った。宿を楽しみ過ぎて、観光らしい観光をしていなかったことを思い出したから取り敢えず寄った場所だ。思いの外花は咲き誇り、俺も智也も見惚れてしまった。結局、一〇分くらいのつもりが、一時間も滞在してしまった程だ。
「行こうね。また二人で」
 智也はこちらに顔をむけ、にこりと微笑む。光に照らされた唇が艶かしい。ごくり、と唾を飲み込み俺は心を落ち着かせる。盛りの付いた男子高校生のように、俺はいつでも智也が欲しくなってしまう。智也の肌は、どんな時でも魅力的だ。小学校で出会ってから二十年も我慢し続けた抑圧の所為か、付き合って二年を経過した今も、毎日智也が愛おしい。
「あ、イルミショーがあるんだって」
 俺の心中なんて知らない智也は、近くにあった看板を覗き込み、声を弾ませた。音楽と光を組み合わせた、一〇分程度のショーがあるらしい。三十分おきにやっているようで、看板の隣にあるカウントダウン式の時計が、次の開催時刻まであと二分を切ったことを知らせている。
「どの辺から見るのが良いんだろ?」
 辺りをキョロキョロしながら、見晴らしの良い場所を探す智也。しかし小高い丘の上とか、陸橋の上には既に人が集まっていて、楽しめる感じではない。
「あっちの方で良いんじゃないか?」
 俺は先程通ってきた花畑の端を指す。下り坂の先にあるため、全体を見渡せる訳ではないが、人がいなく、ゆっくりと鑑賞できそうだ。
 時計はもう五十秒を切っていた。俺と智也は少し早足で移動していると、丁度目的地に着いた所で園内のライトアップと音楽が消える。ショーの開始だ。
「わぁー……!」
 静寂が二、三秒続いた後、まるで指揮者が合図したかのように音と光が一斉に演奏を始めた。一世代前に流行ったJ-POPに合わせ、光が点いたり消えたりを繰り返す。赤に緑に黄色にと、次々と表情を変えるその姿は、見ている者を惹きつけて離さない。その証拠に、智也は最初こそ歓声を上げたが、その後は息を飲み、光の動きを懸命に追っている。
 俺はそんな智也の表情をじっと見ていた。子供の頃から、ずっと智也の隣にいた。この、特別な感情に気付いたのはいつの頃だったか。智也の肌を夢に見ては悶え、叶わない現実に何度絶望したか。
 智也を独り占め出来る現状は、もしかしたら幻想なのではないかという思いが、時々頭を掠める。このイルミネーションのように、光の点滅によってもたらされた夢物語なのではないかと。
 堪らなくなり、俺は智也の腰に手を回した。イルミショーに夢中になっていた智也は、突然のことに体をびくっとさせる。周りに人がいないことを良いことに、俺は構わず智也を抱き寄せる。ふらふらと、千鳥足のように二、三歩歩みを進め、厚着の智也が俺の体を密着する。
「優?」
 不思議そうな声を上げ、智也は俺の名を呼ぶ。少しだけ垂れている瞳。栗毛のサラサラの髪。白い肌。小さい唇。
 あぁ、やっぱり俺は智也が好きだ。
「……」
 頭に手を回し、俺は静かに顔を近づける。
 それから俺は暗闇に乗じて、智也にそっと口付けた。
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