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第1章 ドラゴンを従えていた国
謎の生命体からの合格宣言
しおりを挟む「……俺?」
訊かずとも、ぬいぐるみが見ているのは自分だけ。
それでも、自分の顔を指して問わずにはいられなかった。
今の自分は、これ以上もないくらいに顔をひきつらせていることだろう。
とはいえ、未知の物体を目の前にしている手前、これも仕方ないと思ってほしい。
少しの沈黙の後、ぬいぐるみがにぱっと笑った。
「あっれー? 君、竜使いじゃないの!」
「!!」
無邪気に言われて、キリハは目を丸くする。
ぬいぐるみはキリハの驚愕など気にする風でもなく、上機嫌でキリハの周囲をくるくると回り始めた。
「何さ、竜使いは一ヶ所に集めましたーとか言ってたくせに。ターニャも嘘つきだなぁ。」
「? ?? ???」
ごめんなさい。
話の筋が全く見えません。
「よし!」
キリハが目を白黒させている様子も眼中にないようで、ぬいぐるみは一匹で拳を握るとすいすいと空中を泳いでいった。
近くの倉庫側に置いてある樽の上にちょこんと座り、両手を上げたかと思うと、その両手を自分の横っ腹にぐっと突っ込む。
そして、そこから何かを取り出した。
急に何をするつもりなのだろう。
もう何からどう突っ込んだらいいのか分からず、キリハは頭を抱える。
一方の子供たちはというと、ショーでも見るかのように期待を込めた眼差しでぬいぐるみを見つめていた。
ああ……
今だけでいいから、子供たちの常識に囚われない心を分けてほしい。
「よいしょ!」
ぬいぐるみが、両手に持っていた何かを投げる。
樽の上に転がったそれは、小さなサイコロが二つ。
出た目はゾロ目の一。
「ほほぅ、なるほどなるほど。」
ぬいぐるみは、勝手にうんうんと頷いている。
そして、立ち上がるや否やビシッとキリハを指差した。
「うん、合格!」
「ちょっと待ってえぇっ!!」
条件反射で、キリハは腹からの大声で叫んでいた。
次の瞬間、子供たちの笑い声が返ってくる。
確かに、片手をぬいぐるみに向かって薙ぎ払った姿勢は、漫才のツッコミ役に見えなくもない。
だが子供たちよ。
ここは笑うところではないのだ。
キリハは、正体不明のぬいぐるみに早口でまくし立てる。
「合格って何!? それ以前に、サイコロって何さーっ!?」
結局は子供たちを楽しませる結果にしかならないのだが、突っ込まずにはいられない。
だって、この状況はどう考えてもよく分からない何かに巻き込まれかけているとしか思えないもの。
謎の生命物体からの唐突な合格宣言なんて、嫌な予感しかしないんですけど!?
もしかして、自分は宇宙から来た詐欺師にでも引っ掛かってます?
こちらのパニックなど何のその。
怪しいぬいぐるみは、へらへらと笑っているだけだ。
「何ってそりゃあ、僕が合格って言えば竜騎士に決まってるじゃない。」
「何それ!?」
聞いたこともないのでツッコミペースのまま訊ねると、それを聞いたぬいぐるみはきょとんとしたように目をぱちくりとさせた。
「え…? 君、竜騎士を知らないの?」
「知らない。」
間髪入れずの即答で首を横に振るキリハ。
その反応がまさかのものだったらしく、ぬいぐるみはあんぐりと大口を開けた。
「ええー…。竜騎士を知らない竜使いって……中央から外れると、知られてないのかなぁ。うわぁ、どうしよ~?」
両手を顔に当てたぬいぐるみは、一匹でゴニョゴニョと念仏を唱えている。
しばらくすると、彼はじっとキリハの顔を見つめた。
「君、名前は? どこに住んでるの?」
「………」
もちろん、キリハは答えない。
誰がこんな不審者に個人情報を教えるか。
そんなことを思いながら、口を引き結んでぬいぐるみを睨むにとどめていたのだけど……
「キリハ兄ちゃんの家、あそこだよー。」
「私たちと一緒!」
思わぬ伏兵が下にいた。
「みんなぁ!」
キリハはしゃがんで子供たちと目線を合わせると、その肩をがっしりと掴む。
「怪しい人に、家の場所なんか教えちゃだめでしょ!」
至極まっとうな普通の注意。
しかし、それに対して子供たちは不思議そうに首を傾げるだけだった。
彼らは一度ぬいぐるみを見上げ、困惑した顔でまたこちらを見る。
「人じゃないよ?」
「あああ……」
今度こそ本気で頭を抱えるキリハ。
そんなキリハの肩を、ぬいぐるみの柔らかい手がつんつんとつつく。
「ねえ、キリハっていうんだよね? あそこって、あの孤児院のこと?」
「うん、そうだよ……もう勝手にして。」
こちらの気持ちなど歯牙にもかけない無邪気なぬいぐるみと子供たちに気力を削がれ、キリハは投げやりな気分で彼の言葉を肯定した。
そうだ。
どうせ黙っていてもこれから帰るわけだし、ついてこられたら結局ばれるのだ。
自分に向かって、そんな言い訳をする。
「なんか、もう疲れた……」
一人で溜め息を吐いていると、再びぬいぐるみが肩を叩いてきた。
面倒だから、ここからは手を抜いて答えよう。
本気で取り合っても、こっちが疲れるだけだもん。
「ねえねえ、孤児院に受付時間とかってある?」
「大抵は五時で窓口を閉めるね。」
「それ以降の問い合わせは?」
「さあ…? 消灯時間までなら、頼めば話だけは聞いてくれるんじゃない?」
「なるほど、分かった。じゃあ、できるだけ早く説明要員を派遣するね。」
「だから、勝手にしてって……んん?」
説明要員を派遣?
よく分からないフレーズに引っ掛かりを覚えて顔を上げた頃には、ぬいぐるみは空中スキップをしながらこちらから離れていくところだった。
「さてさて、思いがけない場所でいい人材を見つけちゃった~。たまには、ぶらりと遊びに来るのもいいね~。ターニャに報告報告!」
どんどん離れていくぬいぐるみは、ふとした拍子にこちらを振り向いてきた。
「あ、そうそう。僕の名前はフールっていうんだー! 覚えといてね、キリハー!」
最後に彼が残していったのは、心底どうでもいい情報。
倉庫前に取り残されたキリハは、消えていくぬいぐるみをただただ無言で見つめ続けるしかなかった。
なんだろう。
自分は、狐にでもつままれたのだろうか。
白昼夢でも見ていた気分だ。
「……とりあえず、帰ろっか。」
この場で自分が取れる行動など、これしかないのであった。
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