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第1章 ドラゴンを従えていた国
訪ねてきたのは……
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宮殿とは、セレニア国の中心にある大きな施設の名前だ。
神官と呼ばれる最高権力者を筆頭に国中のエリートが集まり、この国の全てを統括している政治の中枢。
つまり自分からすると、雲の上のさらに上の存在なわけで……
「なんでそんな人が俺に!?」
「私に分かるわけないじゃない!! だからてっきり、キリハがとうとう何かやっちゃったのかと思って……」
「ナスカ先生、俺をそんな目で見てたの!?」
「普段素行のいい子ほど、びっくり仰天なことをやらかすもんなのよ!!」
廊下を走りながら、キリハとナスカは混乱する頭をごまかすように言い合う。
来客は食堂にいるらしい。
いつもならすぐだと思える食堂への道のりが、もどかしいほどに長く感じる。
『できるだけ早く説明要員を派遣するね。』
まさか。
嘘だ。
唯一の心当たりと、それを否定したい気持ちが目まぐるしく脳内で暴れまくっている。
頼むから、誰か性質の悪い冗談だと笑ってくれないだろうか。
近づいてくるドアと喧噪。
それらを叩き割る勢いで、キリハはドアを開いた。
食堂内は大パニックだった。
孤児院中の子供たちが巨大な垣根となって、来訪者たちを押し返そうとしていたのだ。
「帰れ! 帰れよ!!」
「キリハ兄ちゃんは、なんもしてないぞ!」
「お前らなんかに渡すもんか!」
一体化した子供たちは職員たちでも止められず、完全に暴走状態になっていた。
相手の方はというと、三人ほどの兵士たちが宮殿のシンボルマークがあしらわれた盾をバリケードにして、困った様子で子供たちを見下ろしている。
「みんな、ストーップ!!」
キリハは大慌てで子供たちの中を掻き分けて進んだ。
そして、最前列でおもちゃの剣を振り回している子供の一人を抱き上げる。
「はなせよーっ!」
「落ち着いて! お客さんになんてことするの!?」
「だってこいつら、キリハ兄ちゃんをつれていくって言うから!」
「何かの間違いだって。俺が話を聞くから。ね? あの、キリハは俺です…けど……」
暴れる子供を押さえつけて前を向き、キリハは言葉を失う。
盾を構えていた兵士たちが、皆一様に目を見開いてこちらを凝視していたからだ。
「あらあら。」
ふいに彼らの後ろから、涼やかな声が聞こえてくる。
その声を聞いて、後ろの兵士たちがハッとして道を開けた。
「………っ」
子供たちを含め、キリハたちは兵士たちの間に立つ新たな登場人物に目を奪われた。
綺麗な女性だ。
肩辺りで切り揃えられたくせの一つもない髪は白銀色で、切れ長な目は碧色と赤色のオッドアイ。
真ん中で分けられた前髪の後ろから覗く額には、花のような模様が描かれている。
肩が大きく開いた裾の長い青色のドレスは、女性の細い体の線をくっきりと強調していた。
彼女は姿勢を正して、凛と澄ました表情でそこに立っている。
聡明そうで、どこか厳かな雰囲気を醸し出している女性だった。
「ターニャ様、どうぞ。」
兵士の一人が女性を促す。
キリハや職員たちは、その名を聞いて我が目を疑った。
ターニャ・アエリアル
この国にいて、その名を知らぬ者はいない。
セレニア国初代の竜使いであるユアン直系の子孫。
そしてこの国で唯一、神官の称号を名乗る人物。
この国の最高責任者だ。
「フールに言われて来てみたけれど……本当に、こんな所に竜使いがいたのですね。」
キリハの姿を品定めするように眺め、ターニャはそんな一言を述べた。
「フ、フールって……」
戸惑いながらも、キリハは自分の予感が的中していたことを知る。
確かにあいつは何かの説明要員を寄越すと言っていたし、何度かターニャという名前も口にしていた。
だがまさかそれが本当に神官のことだなんて思わないし、あんなふざけたぬいぐるみの一言で、こんな偉い人が来るなんて思うわけないじゃないか。
そう思いはしても、そんなことを目の前にいるお方に言えるわけもない。
「こちらの責任者の方は?」
ターニャに問われ、キリハは答えられず視線を泳がせる。
すると、後ろの方で椅子が引かれる音がした。
「私です。」
聞こえるはずのない声に、キリハは慌てて食堂内を見回した。
視線を巡らせた先には、食堂の隅で険しい表情をして立つ老婆の姿がある。
彼女はこの孤児院の院長であるメイだ。
いないと思っていたのに、いつからか彼女はこの騒ぎの様子を見ていたらしい。
キリハは目の前にターニャがいることも忘れて、メイの元へと駆け出した。
メイの傍まで辿り着くと、痩せた彼女の体をそっと支える。
「ばあちゃん、起きちゃだめじゃん。熱もまだ下がってないのに。」
心配そうにメイの顔を覗き込むキリハに、メイは眼鏡の奥にいつもどおりの優しい光を宿して笑いかけた。
「大事な息子の一大事に、のんびり寝ちゃいられないよ。」
メイは一層笑みを深め、次にまた険しい顔でターニャの方に目を向ける。
「院長のメイと申します。本日はこのような辺鄙な場所まで、どんなご用件でしょう?」
「そこのキリハさんにお話があります。ですがここでは観衆も多く、いらぬ混乱を招くだけでしょう。どこか静かにお話しできる場所を提供していただきたいのと、責任者であるあなたには同席していただきたいのですが。」
「無理だって! ばあちゃんは―――」
「分かりました。こちらへ。」
抗議しようとした矢先、その言葉は他でもないメイに遮られてしまう。
杖をついて歩き出したメイは、珍しく頑なだ。
一人で離れていってしまう彼女の背中が、異論は受けつけないと語っている。
メイに何も言うことができなくなったキリハは、ターニャに促されるまま、メイの後ろについていくしかなかった。
神官と呼ばれる最高権力者を筆頭に国中のエリートが集まり、この国の全てを統括している政治の中枢。
つまり自分からすると、雲の上のさらに上の存在なわけで……
「なんでそんな人が俺に!?」
「私に分かるわけないじゃない!! だからてっきり、キリハがとうとう何かやっちゃったのかと思って……」
「ナスカ先生、俺をそんな目で見てたの!?」
「普段素行のいい子ほど、びっくり仰天なことをやらかすもんなのよ!!」
廊下を走りながら、キリハとナスカは混乱する頭をごまかすように言い合う。
来客は食堂にいるらしい。
いつもならすぐだと思える食堂への道のりが、もどかしいほどに長く感じる。
『できるだけ早く説明要員を派遣するね。』
まさか。
嘘だ。
唯一の心当たりと、それを否定したい気持ちが目まぐるしく脳内で暴れまくっている。
頼むから、誰か性質の悪い冗談だと笑ってくれないだろうか。
近づいてくるドアと喧噪。
それらを叩き割る勢いで、キリハはドアを開いた。
食堂内は大パニックだった。
孤児院中の子供たちが巨大な垣根となって、来訪者たちを押し返そうとしていたのだ。
「帰れ! 帰れよ!!」
「キリハ兄ちゃんは、なんもしてないぞ!」
「お前らなんかに渡すもんか!」
一体化した子供たちは職員たちでも止められず、完全に暴走状態になっていた。
相手の方はというと、三人ほどの兵士たちが宮殿のシンボルマークがあしらわれた盾をバリケードにして、困った様子で子供たちを見下ろしている。
「みんな、ストーップ!!」
キリハは大慌てで子供たちの中を掻き分けて進んだ。
そして、最前列でおもちゃの剣を振り回している子供の一人を抱き上げる。
「はなせよーっ!」
「落ち着いて! お客さんになんてことするの!?」
「だってこいつら、キリハ兄ちゃんをつれていくって言うから!」
「何かの間違いだって。俺が話を聞くから。ね? あの、キリハは俺です…けど……」
暴れる子供を押さえつけて前を向き、キリハは言葉を失う。
盾を構えていた兵士たちが、皆一様に目を見開いてこちらを凝視していたからだ。
「あらあら。」
ふいに彼らの後ろから、涼やかな声が聞こえてくる。
その声を聞いて、後ろの兵士たちがハッとして道を開けた。
「………っ」
子供たちを含め、キリハたちは兵士たちの間に立つ新たな登場人物に目を奪われた。
綺麗な女性だ。
肩辺りで切り揃えられたくせの一つもない髪は白銀色で、切れ長な目は碧色と赤色のオッドアイ。
真ん中で分けられた前髪の後ろから覗く額には、花のような模様が描かれている。
肩が大きく開いた裾の長い青色のドレスは、女性の細い体の線をくっきりと強調していた。
彼女は姿勢を正して、凛と澄ました表情でそこに立っている。
聡明そうで、どこか厳かな雰囲気を醸し出している女性だった。
「ターニャ様、どうぞ。」
兵士の一人が女性を促す。
キリハや職員たちは、その名を聞いて我が目を疑った。
ターニャ・アエリアル
この国にいて、その名を知らぬ者はいない。
セレニア国初代の竜使いであるユアン直系の子孫。
そしてこの国で唯一、神官の称号を名乗る人物。
この国の最高責任者だ。
「フールに言われて来てみたけれど……本当に、こんな所に竜使いがいたのですね。」
キリハの姿を品定めするように眺め、ターニャはそんな一言を述べた。
「フ、フールって……」
戸惑いながらも、キリハは自分の予感が的中していたことを知る。
確かにあいつは何かの説明要員を寄越すと言っていたし、何度かターニャという名前も口にしていた。
だがまさかそれが本当に神官のことだなんて思わないし、あんなふざけたぬいぐるみの一言で、こんな偉い人が来るなんて思うわけないじゃないか。
そう思いはしても、そんなことを目の前にいるお方に言えるわけもない。
「こちらの責任者の方は?」
ターニャに問われ、キリハは答えられず視線を泳がせる。
すると、後ろの方で椅子が引かれる音がした。
「私です。」
聞こえるはずのない声に、キリハは慌てて食堂内を見回した。
視線を巡らせた先には、食堂の隅で険しい表情をして立つ老婆の姿がある。
彼女はこの孤児院の院長であるメイだ。
いないと思っていたのに、いつからか彼女はこの騒ぎの様子を見ていたらしい。
キリハは目の前にターニャがいることも忘れて、メイの元へと駆け出した。
メイの傍まで辿り着くと、痩せた彼女の体をそっと支える。
「ばあちゃん、起きちゃだめじゃん。熱もまだ下がってないのに。」
心配そうにメイの顔を覗き込むキリハに、メイは眼鏡の奥にいつもどおりの優しい光を宿して笑いかけた。
「大事な息子の一大事に、のんびり寝ちゃいられないよ。」
メイは一層笑みを深め、次にまた険しい顔でターニャの方に目を向ける。
「院長のメイと申します。本日はこのような辺鄙な場所まで、どんなご用件でしょう?」
「そこのキリハさんにお話があります。ですがここでは観衆も多く、いらぬ混乱を招くだけでしょう。どこか静かにお話しできる場所を提供していただきたいのと、責任者であるあなたには同席していただきたいのですが。」
「無理だって! ばあちゃんは―――」
「分かりました。こちらへ。」
抗議しようとした矢先、その言葉は他でもないメイに遮られてしまう。
杖をついて歩き出したメイは、珍しく頑なだ。
一人で離れていってしまう彼女の背中が、異論は受けつけないと語っている。
メイに何も言うことができなくなったキリハは、ターニャに促されるまま、メイの後ろについていくしかなかった。
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