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第4章 伝えられること
価値観を変えるのは……
しおりを挟む「キリハさん。休憩時間に、お茶でもどうですか?」
ララからそんな誘いを受け、キリハは彼女の休憩時間に休憩室へと顔を出すことにした。
廊下を歩くキリハの肩には、当然のようにフールが乗っている。
もう慣れたことなので、キリハもあえて何も言わなかった。
「お疲れー……って、あれ?」
休憩室のドアを開け、キリハは思わずその場で固まった。
てっきりララが待っていると思っていたのだが、室内にいたのは彼女だけじゃなかったのだ。
「よう、キー坊!」
先に来ていたらしいミゲルが、気さくに手を振ってくる。
「どうしたの? 突っ立ってないで座りなよ。」
ミゲルの隣に座るジョーに椅子を示され、そこでキリハはハッと我に返った。
「ごめんごめん。まさか、二人も来てるとは思わなくて。」
その言葉は、決して二人を拒絶する意味で放ったものではない。
普段は昼休み以外の休憩時間が全く被らないので、こうして彼らが休憩室にいることが純粋に意外だったのだ。
「私が無理に呼んだんですよ。」
ララがお茶目に舌を出して言う。
すると、ミゲルが大袈裟な仕草で溜め息をついて頭を振った。
「やれやれ。嬢ちゃんの呼び出しとあらば、逆らうわけにはいかねぇだろ? 無理に休憩をもぎ取るのに苦労したんだぜ?」
「何言ってるんですか。キリハさんの様子を見に行くって言ったら、皆さん二つ返事で休憩を代わってくれたじゃないですか。私が脅したみたいな言い方しないでくださいよ。」
ララが不満げに唇を尖らせるが、対するミゲルは面白おかしく笑うだけ。
そんな冗談交じりのやり取りに、キリハは思わず首を捻った。
「俺の様子を…?」
訊ねると、その場にいた全員が優しげな表情を浮かべた。
「そういうことです。さあ、座ってくださいよ!」
ララに背中を押され、キリハは戸惑いながらも勧められた椅子に座る。
ララがテキパキとお茶の準備を進める中、その合間を埋めるようにジョーが口を開いた。
「みんな、君のことが心配なんだよ。怪我の方は大丈夫?」
「あ……うん。まだ包帯が取れるのには時間がかかるし、寝転がると痛むんだけどね。不満があるとすれば、動けないことかな。どうせ攻撃は全部かわせるんだし、手合わせくらいはいくらでもできるんだけど、先生がだめだって言うから……」
「さすが。ディアの愛弟子は言うことが違うな。否定できねえところが悔しいぜ。」
ミゲルは皮肉げに言い、次ににんまりと目を細めた。
「んじゃ、問題ありなのは内側か?」
「へ?」
キリハは、きょとんと瞼を叩く。
内側とは、どういう意味だろうか。
ミゲルにそう訊き返そうとしたところで、目の前に湯気を立てる紅茶が出された。
「もう。ミゲルさんは聞き方が回りくどいし、意地も悪いんですよ。」
呆れた口調で口を挟んできたのはララだ。
お茶とお菓子の用意を終えたらしい彼女はキリハの隣に座り、気遣わしげな表情でキリハを見つめた。
「何かありましたか? 怪我をした頃から、キリハさんずっと元気ないですよ。」
その指摘に驚いて周りを見回すと、ミゲルもジョーも真面目な顔で答えを待っているようだった。
肩の上のフールまでもが同じような表情をしている。
皆が心配しているのは、単純に怪我のことだけではなかったようだ。
「俺、そんなに顔に出てた?」
自分の頬に手をやるキリハ。
返ってきたのは、肯定を示した全員の頷きである。
ルカにはああ言われ、こうして呼び出されている状況。
自分の落ち込みは、思っていた以上に周囲を心配させていたようだ。
これだから、慣れない悩み事などするものじゃない。
「なんか……ごめん。」
申し訳なく感じて謝ると、皆を代表してララが首を振った。
「いいんですよ。誰でも悩むことはありますもの。もしよければ、話してみませんか? すっきりするかもしれませんよ。」
ララにそう微笑みかけられ、なんだか胸の奥がほっと温まる気分だった。
ララもミゲルもジョーも、そして他の人々も、こうして優しくしてくれる。
最初こそギスギスしていた空気が、今はこんなにも温かくて優しいものに変わった。
こうやって、何かを変えることはできるはずなのに……
「難しいなぁ……」
急に気が抜けてしまい、キリハは机に突っ伏した。
こんな穏やかな雰囲気に触れていると、今抱えている悩みの重さがずんと増してくるように思える。
「難しいって、何がです?」
当然の流れで投げかけられた質問。
「うーん…。竜使いと他の人の歩み寄り?」
ぽろっと零すと、途端に室内になんとも言えない沈黙が下りた。
しばらくの間が空いて……
「それはそれは……」
「随分と壮大なスケールの悩みだな。」
ララの呟きをミゲルが引き継ぐ。
「まあ、俺が悩んだってしょうがないんだろうけど…。でも、もったいなくない? お互いに、見た目と先入観だけで壁を作っちゃうなんてさ。」
中央区に行くようになってから、何人かと顔なじみになった。
でも、彼らはこちらも竜使いだから言葉を返してくれるようになっただけで、こちらに気を許してくれたとかと言えば少し違うように感じる。
そんな人々を見る度に、こう思うのだ。
「ちょっとでも、何かできるといいんだけどな……」
常に周囲を疑っていては、いつかは心身ともに限界が来てしまう。
全部を受け入れて信じろとは言わない。
ただ、この世界には敵しかいないわけじゃなくて、味方になってくれる人もちゃんといるんだってことも知ってほしいと思う。
だけど……それは、簡単そうでとても難しいこと。
その難しさを表すように、その場の誰もが気まずげに口を閉ざす。
「キリハ。」
まるで、重い沈黙を振り払うように。
そこで口を開いたのは、今までずっと黙っていたフールだった。
「人はさ、自分が持っている手札でしか勝負できないんだよ?」
言われたのは、そんな一言だった。
「持っている手札?」
横を見ると、フールは「そうそう。」と首を縦に振る。
「どんな人間だって、自分の価値観の中でしか生きられないものでしょ? その価値観を変えようとするなら、同じく価値観をぶつけるしかないんじゃない?」
「価値観をぶつける…?」
それはつまり、あれこれ考えずに正面からぶつかれと?
本当に、そんな簡単なことでいいのだろうか?
眉を寄せるキリハに、フールは笑みを絶やさずに頷くだけだった。
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