竜焔の騎士

時雨青葉

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第5章 目覚め

足が向かった先

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(どうしよう……)


 一方のサーシャは、一人で歩いていた。


 逃げてきてしまった。
 怖いのも、突然のことに驚いたのも皆同じだったはずなのに、自分だけあの場から逃げた。


『サーシャ!!』


 背中に受けたキリハの声が、ずっと頭の中で木霊こだましている。


 あの声は自分を責めるものではなく、心底自分を案じてくれているものだった。
 声を聞いた瞬間にそれは分かったのに、自分はあの優しい声からも逃げてきてしまった。


「ごめんなさい……」


 今頃心配しているであろう彼のことを思うと、胸が苦しかった。
 その苦しさを紛らわせるように、謝罪の言葉を口にする。


 宮殿に入ってから、ずっと孤独だと思っていた。


 宮殿の人々もルカやカレンも、立派に己の責務と向き合っていた。
 大きくて眩しい彼らの中では、小さな自分は押し潰されて消えてしまう。
 ずっとそう思っていて、一人でただ泣くことしかできなかった。


 でも、キリハの存在が少しだけ自分を変えてくれた。


 怖いなら一緒に戦おうと、手を差し伸べてくれたあの日に。
 自分はそれでいいのだと、笑ってくれたあの日に。


 彼は明らかに大きくて眩しい人なのに、気づけば影のように自分の寄り添ってくれていた。
 どんな弱音も泣き言も、当然のことだからと受け止めてくれた。


 だからだろうか……


 夕暮れ色の地面と自分の影を見つめていたサーシャは、ふと顔を上げる。
 古びた学校を思わせるその建物は、見ているとなんだか懐かしい気持ちが込み上げてくる。


 どうしてここに足が向いたのかは分からない。
 とにかく宮殿にいるのがつらくて、気づけばここへ向かう電車に乗っていた。


 もしかしたら、無意識に彼の面影を探したのかもしれない。
 彼という人間を作り上げた、この場所に。


 サーシャは門の前でしばらく建物を見つめ、深く息を吐いて肩を落とした。


「……帰ろう。」


 何を考えているのだと、理性が訴えてくる。


 自分は逃げてしまったのだ。
 それなのにこの期に及んでまで、彼に助けを求めようとでもいうのだろうか。
 これ以上、彼の重荷にはなりたくないのに。


「あら、あなた……」


 一生懸命気持ちを整えていたところに、その声は残酷なまでに甘く脳内に響いてきた。


「年寄りの勘も、たまには当たるのね。何かご用?」
「えっと……そのっ……その……」


 慌てて言い訳を探したが上手い言葉が思いつかず、サーシャは徐々に声を小さくしていく。
 そんなサーシャに、声をかけたメイは数秒目を丸くしていたが、彼女はサーシャの表情から何やらわけありだと察したらしい。
 メイは驚愕の表情を引っ込め、うつむいているサーシャにゆっくりと近づいた。


「何かあったんだね。」


 そっと肩に手を置かれ、穏やかな声で問いかけられる。
 顔を上げれば、ものすごく優しげで包容力に満ちたメイの笑顔が迎えてくれた。


 ……ああ。
 この人も、彼と同じように笑うのだ。


 無意識に求めていた面影を見つけてしまい、もう我慢ができなかった。


「私……私……」


 何か言おうと努力したが、せきを切ったように流れ始めた涙が邪魔をしてくる。
 結局サーシャは何も言えないまま、メイの胸の中に飛び込んで思い切り泣いた。

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