竜焔の騎士

時雨青葉

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第2章 何が正しいこと?

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 次の警報が鳴り響いたのは、人々が寝静まっている真夜中のことだった。


「まったく…。ドラゴン退治に、昼も夜もねぇな!」


 危機感をまるで感じさせない調子で、ミゲルは車に乗り込む。
 この車の乗員はミゲルで最後だったらしく、彼がドアを閉めると同時に、車は猛スピードで走り出した。


「………」


 ミゲルの隣で、キリハは弱いライトの光を頼りに数枚の紙と睨み合っている。
 ミゲルがその手元を覗こうと首を伸ばすと、キリハはすでに読み終わっていた方の紙を差し出した。
 それを受け取り、ミゲルはシートに背中を預けて紙面に目を走らせた。


「場所はストー町か…。現在は先遣隊が交戦中、と。おい、住民への被害状況は?」


 ミゲルが前方に問いかけると、助手席に座っていた細身の男性が振り向いてくる。


「ドラゴン出現箇所付近の住民に多少の怪我人が出ているようですが、死者が出たという報告は入っていません。危険域の住民は、早急に地下シェルターへ避難させています。」


「間に合いそうか?」
「はい。問題ないかと思われます。」


「そうか。……じゃあ、打ち合わせを始めるか。」


 ミゲルの言葉を聞き、キリハは紙面から顔を上げた。


 地下高速道路を急ぐ車たちの先陣を切って走るこの車は、作戦会議のための空間として使われている。
 大まかな作戦はターニャや後方支援を統括するジョーが立てているのだが、移動中の時間を使って、細かなすり合わせをするのがいつもの流れなのである。


 車内にいるのは《焔乱舞》を扱うキリハ、ドラゴン殲滅部隊副隊長のミゲルに、情報部と研究部の現場責任者を加えた計四人。
 ここで現場の具体的な布陣や役割を話し合い、その結果を後続車へと伝えるのだ。


「今回は町中ってのもあるから、戦いづらいな。ドラゴンだけじゃなく、瓦礫がれきとかにも注意しなきゃなんねえ。どうやら、麻酔の効きもよくないらしいし……こりゃ、苦戦しそうだ。」


「そうだね。写真を見る感じ、多分サイズも今までで一番大きいんじゃないかな。」


 キリハはミゲルに持っていた写真を渡した。
 荒い画質の写真には、立ち並ぶ家々を軽く超えるほどに巨大なドラゴンが写っている。


「うへぇ、これはでかい。さすがに、無傷で討伐ってのは無理かもな。」


 写真を見たミゲルは、瞠目して頭を掻いた。
 口調こそ軽いものの、その表情からは隠しきれない緊張感と動揺がうかがえる。


 それも無理はない。
 現段階における報告書と写真を合わせれば、初戦以上の激戦になることは容易に想像できる。
 今までは特に重傷者もなく討伐が済んでいたが、今回も大丈夫だと楽観視はできない状況だった。


「長期戦になることを考えると、今日は前衛後衛とも、二つに分けて交代制にした方がよさそうだな。夜が明けるまでに終わるといいが……」


「これまでのデータから、ドラゴンが弱るにつれて麻酔弾の効力が出やすくなっていることが分かっています。麻酔が効くまで弱らせることができれば、突破口は一気に広がるかと。」


 助手席でモニターを見ていた情報部の男性が、こちらを目だけで見て新たな情報を加えてくる。


「んー、なるほどな。問題は麻酔弾を使うタイミングと、前と後ろの連携だな。」


 うなるミゲルは難しそうに目を閉じている。
 おそらく、これからの戦いを脳内で予測しているのだろう。


「最悪……」


 キリハが小さく口を開く。


「最悪、俺がほむらを無理やり使うよ。ドラゴンの死角に入って建物の陰に隠れれば、ドラゴンに気づかれずに焔の準備もできると思うし。ただ、その間は完全に戦線から離れることになるけど。」


「どのくらい時間かかりそうだ?」
「それは、状況次第ってところかな。」


「なるほどな……」


 ミゲルは腕を組んで、また唸る。


「その手を使う可能性は、五分五分ってところか。正直、キー坊に前線を抜けられるのはかなり痛いし、あまり焔を当てにしすぎてもキー坊に悪いからな。これは最終手段ってことで、おれとキー坊の間でタイミングを計ろう。」


 普段は面白半分にからかってくるのに、こんな時はちゃんとこちらを気遣ってくれる。
 ミゲルの優しさに、キリハは苦笑を漏らした。


「分かった。その時は焔の準備が整い次第連絡するから、そしたらできるだけ早くみんなを引かせてもらってもいい? 後ろから切りかかるつもりでいるから、下手したら焔の炎がみんなに直撃するかもしれない。」


「了解。その辺りは心配するな。町中だし、隠れる場所はいくらでもあるはずだ。」


「任せる。」
「おう。」


 ミゲルは力強く頷き、次に無線のスイッチを入れた。


「全員聞こえるか? もう資料に目は通してるとは思うが、再度状況を確認してから今日の動きについて伝えるぞ。まず、今日ストー町に現れているドラゴンについてだが……」


 隣と右耳につけたイヤホンから、ミゲルの声が聞こえてくる。
 それに耳を傾けながら、キリハは自分の腰に下がる二本の剣を見つめる。


 一本はもちろん《焔乱舞》。
 もう一本は、新たに用意してもらった対ドラゴン用の剣だ。


 ドラゴンにとどめをさす時以外は、いつも対ドラゴン用の剣を使っている。
 最初は《焔乱舞》の炎が他人を傷つけてしまうのではないかと危惧したのが理由だったが、今は単純に、皆の前で《焔乱舞》を使いたくないという自分の感情が大きな理由となっている。


 しかし、今回ばかりはそんなわがままも通用しないかもしれない。


 環境も相手も悪い。
 今までの戦い方では、確実に皆を危険な状況に追い込んでしまう。


 自分が吹っ切れば、戦況は変えられる。


(でも……)


 《焔乱舞》を抜けば、また何かが歪んでしまう。
 それがたまらなく怖い。


『でもね―――変わらないことっていうのは、変わること以上に難しいことなんだよ。』


『たとえ周りがどんなに理不尽で横柄でも、君が君を抑え込める必要はないんじゃないかな。』


 自分の心の声。
 フールの声。
 エリクの声。


 それらが頭の中でぐるぐると巡って、現実世界が遠くなる。
 フールたちの声に押された理性が《焔乱舞》を取った正しさを訴えてくる一方で、逃げ腰の感情は必死にその理性を拒絶する。


 自分と自分の衝突が気持ち悪い。
 歯を食い縛って全身に力を入れていないと、気が狂ってしまいそうだった。


「まもなく現場に到着します。」


 運転をしていた研究部の男性に言われてハッと顔を上げると、車はすでに地上へ出るための道に入っていた。


 悩んでいる時間は、もうない。


 それを自分自身に知らしめる意味も含めて、キリハは《焔乱舞》のつかをぐっと握った。

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