124 / 598
第3章 駆け巡る悪意
乱入者
しおりを挟む「とっつげきーっ!!」
「……へ?」
突然部屋中に響いた高い声に、気づけばキリハは数歩よろけてしまっていた。
緊迫した空気を、一切合切無視した声。
見事なまでに周囲の空気をぶち壊す、少しおふざけが入った独特の口調。
こんな天性の持ち主、一人しかないない。
「フール!?」
キリハが振り返ると、狙いすましたようなタイミングで、柔らかいぬいぐるみが顔面にぶつかってきた。
「わっ……」
「はーい。どうどう。」
フールはキリハの顔に張りついて、子供をなだめるようにキリハの頭を叩いた。
そして次に、ざわめいて顔を見合わせている男性たちに顔を向ける。
「やあ、久しぶりかな? 国防軍総督部のみんな。」
フールがにこやかに語りかけると、彼らは怯んだように息をつまらせた。
その中でただ一人、キリハと主に話をしていた中央の男性だけが表情を変えずに口を開く。
「これはフール様。このような場所に、どのようなご用でしょう?」
「ちょっとした都合で、会議の時間が早まっちゃってね。キリハを迎えに来たんだよー。」
互いに穏やかな口調。
それなのに二人の間には、触れれば切れてしまいそうなほどの緊張感が張り詰めていた。
「そうでしたか。しかし、困りますな。いくらフール様といえど、大事な話の最中に割り込んでこられては。」
「そっちこそ。引き抜きなら、もう少し穏便な方法を取るべきなんじゃないかな?」
それぞれが口を開くほど、室内に満ちる雰囲気がどんどん剣呑なものになっていく。
「おやおや、心外ですな。私どもは、彼にきちんと選択権を与えていますよ。」
何をいけしゃあしゃあと。
とっさに口を開きかけたキリハだが、それはフールの体に口を塞がれているせいで阻まれてしまう。
「そうかい? 僕には、脅迫してるようにしか聞こえなかったけど? そこにあるお金は、どう説明するつもり?」
フールは、キリハの足元に置かれているアタッシュケースを示す。
(あれ…?)
ここでようやく、キリハはフールの異変に気づいた。
いつもと変わらない声と口調。
いつもと変わらない態度と雰囲気。
だけど、今のフールは確実に……
(怒ってる……よね…?)
失礼かもしれないが、純粋に意外だった。
キリハが目をまたたく間にも、フールたちの会話は続く。
「それは、私たちのほんの気持ちですよ。それだけ、彼を高く買っているのです。」
「へえ~。それなのに、こんな犯罪まがいな交渉の仕方するんだ?」
「犯罪など、とんでもない。……しかし、どうしてもご不満なら、犯罪を立証してみますか? ……まあ、そのような可愛らしいお姿では、法の場では圧倒的に不利でしょうが。」
「なっ……」
「キリハ。静かに。」
またもやフールに言葉を遮られ、キリハは思わず抗議的にフールのことを睨んだ。
今の発言は、さすがに聞き流せない。
目でそう訴えたが、フールは穏やかな表情のまま静かに首を横に振るだけだった。
何故そんな顔ができるのだ。
真正面から貶されたのは、誰の目からも明らかではないか。
悔しげに唇を噛むキリハに、フールはそれでも柔らかな表情を崩さなかった。
「僕の証言が、信憑性に欠けるって言いたいのかな? まあ、僕も自分の姿は分かってるからね。それは否定しないよ。」
そこまで言うと、途端にフールがまとう雰囲気が一変する。
「ただ……―――君たちは、僕がこの体でどうやって部屋に入ってきたと思うの?」
少年らしい高めの声が、落ち着いた青年の声へと変わる。
数多くの経験を積んできたかのように深みのある響きが空気を震わせて鼓膜を通り、圧倒的な力を持って脳内に染み込んでいく。
またこの声だ。
キリハが口をつぐみ、男性たちが不可解そうな顔をする中、フールはゆっくりとその顔を後ろへと向けた。
「証人は、もう一人いるんだよ?」
開かれた扉の先では、部屋の見張りをしていた男性たちが、それぞれに血の気の引いた表情で棒立ちになっている。
その向こうから、フールの言葉に応えるようにして一人の女性が現れた。
「タ、ターニャ様……」
キリハとフールの隣に並んだターニャの姿に、さしもの男性の顔にも動揺が現れた。
「国防軍総督部総司令長、ジェラルド・マルクトさん。」
ターニャが、澄んだ水のように凛とした声で男性の名を呼ぶ。
「今回の一件、キリハさんにその気がないなら不問にします。ただ、お話の中に何点か解せない点がありましたので、それだけ訂正しておきましょう。」
ジェラルドたちの言葉を待つことはなく、ターニャは淡々と言葉を紡ぐ。
「私は、レイミヤに手を出すことを許すつもりはありません。レイミヤは、我が国の経済を支える重要な農耕地です。先のドラゴン出現によるレイミヤへの被害が、どれだけ国家収益に影響したか。まさか、あなた方が知らないはずもないでしょう。」
「………」
「それに、あの孤児院も潰す気はありません。あの孤児院は、竜使いを優遇的に迎え入れることを私と約束しています。この国で唯一竜使いと前向きに共存しようとしている人々を追い詰めることなど、神官としても一人の人間としても容認しません。そのことを、よく覚えておいてください。」
一方的に結論だけを述べると、ターニャはキリハの背に触れた。
「会議までもう時間がありません。行きましょう。」
「え? ……あ、うん。」
すっかり毒気を抜かれてしまい、素直に頷いたキリハは、ターニャたちと共に悔しげな男性たちに背を向けた。
「皆さんの思っていることは、私なりに察しているつもりですよ。」
再び口を開き、ターニャは顔だけをジェラルドたちへと向ける。
「ですから、私の判断に不満があるなら、然るべき場所で話し合いましょう。あなた方のご意見が国のためになると判断できたなら、私もそれ相応の対応を取らせていただきます。逃げるつもりも隠れるつもりも……それこそ、卑怯な手に訴えるつもりもありません。お待ちしていますよ。」
毅然とした態度で、ターニャはジェラルドたちを見据える。
その目に込められていた何かに、キリハは少しの間見惚れていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する
鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。
突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。
しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。
魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。
英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。
情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。
物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。
それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。
その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。
そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。
大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。
そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。
しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。
戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。
「面白いじゃん?」
アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる