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第4章 決まっている勝利
違和感が残る初戦
しおりを挟む……複雑だ。
ディアラントが出てくるのを見ていた時はとてもわくわくしたが、いざ自分の番となるとこうも気が重くなるとは。
「うわぁ……」
入場口の隙間から観客席の状況を盗み見て、キリハは表情を歪める。
日は変わって、大会二日目の第一競技場。
時刻は八時五分前。
もう少しで大会二日目の第一試合―――つまり、自分の初戦が始まる。
『早朝の第一試合なんて、立ち見までは人も来ないって。』
そんなことを抜かしていたディアラントを全力で呪いたい。
「うっひょー、すごい人。こりゃ、ディアの時に負けないよ~?」
そして自分の隣には、空気を読まずに口笛を吹くぬいぐるみが一体。
そうなのである。
ここから見渡せる限りの観客席はぎっしりと人で埋め尽くされ、最後尾から真ん中辺りまでは、通路にも立ち見客がわんさかいるという状況なのだ。
「ってか、フール。立ち入り禁止なのに、こんな所に来て平気なの?」
「僕に立ち入り禁止は適応されてないもん。この体じゃ、なーんもできないからね。」
「それ、自慢できることじゃないよ。」
胸を反らすフールをばっさりと切り捨て、キリハは溜め息をつく。
この大人数に見られている中で、ディアラントはよくあそこまで、いつもどおりの剣を振るえたものだ。
まあ試合では相手のことしか見なければいいので、そう考えるならこの人だかりも、そこまで気にならないかもしれないが。
本当に、マスコミの力というのは恐ろしい。
ディアラントの弟子という事実と、《焔乱舞》の使用者であるという事実。
そのダブルパンチで無駄に持ち上げられて注目されていたのは知っていたが、それがここまでの人を集めることになろうとは。
「出ていくの、やだなぁ……」
今すぐどしゃ降りの雨でも降ってくれないかと思ったものの、生憎と空は綺麗な青空である。
「ほらほら、現実逃避はそれくらいにしようねー。もう時間だよ?」
フールに言われて時計を見れば、試合まであと一分。
競技場の真ん中では、一足早く入場口から出てきた相手が待っている。
「はあ……いってきます。」
最後に大きく肩を落として腹をくくり、キリハは入場口を一歩踏み出した。
途端に、割れんばかりの歓声が全身を包む。
できるだけ平静を装って観客席を見回していると、その姿はすぐに発見することができた。
先ほど観客席に入ったばかりなのだろう。
ディアラントは多くの人々に囲まれて、未だに席につけずにいた。
本人はなんとか席に向かおうとしているのだが、その行く手を阻む人々の多さに負けて、結局動けずにいるようだ。
おそらく観客席を埋めるこの人たちの中には、自分の応援に来るディアラントに近づくことが目的の人々も多いのだろう。
なし崩し的に迫ってきた人々と握手をしながら進んでいたディアラントが、ふとした拍子にこちらの視線に気付く。
すると、ディアラントは満面の笑みでこちらに向けて手を振ってきた。
それでディアラントの周囲の視線もこちらに集中し、なんとも言えない気分になる。
授業参観に親が来た時の懐かしい気持ちを思い出す。
見られているのが妙に恥ずかしくて、あえて無視をしたくなる気分。
キリハは微かに息を吐き、ディアラントに小さく手を振り返すにとどめた。
師匠には悪いけれど、この状況で明るく手を振り返せるほど、自分の神経は図太くない。
だがそれだけでも観客席には十分な影響力だったようで、会場内がざわざわと浮き足立った喧騒に満たされた。
今のやり取りで、自分とディアラントの間に深い関わりがあることが、事実として証明されたようなものだからだ。
キリハは内心の複雑な気持ちをひとまず頭の片隅に追いやって、目の前に立つ初戦の相手を見つめた。
興味が全くなかったので相手の名前も覚えていないが、制服に身を包んだ彼が国防軍の人間だということは分かる。
昨日の試合風景を見ていた限りでは、試合に不正はなかったように思えたが、一応用心するに越したことはないだろう。
相手の構えからある程度の動きに見当をつけつつ、キリハはゆっくりと腰の剣を抜いた。
一度その剣を相手に向けて、剣の感覚とバランスを確認。
次いで、自然体で静かに剣を下ろす。
しんと静まり返る会場内。
その中に立ち、キリハは静かに呼吸を整える。
剣を手にしているからには、周囲の眼差しなど気にしない。
自分と相手の剣だけに、意識と五感を集中させる。
今自分が向き合うのは対戦相手のみ。
絶対に手加減はしてしまうと思うが、決して手を抜いて相手はしない。
もったいぶったように鳴り始める、試合開始前のブザー音。
それが一回、二回。
そして、一際高い試合開始の合図が響き渡った。
予想と違わず、直線的に迫ってくる相手の剣。
それをぎりぎりまで引きつけて、彼の太刀筋を限界まで見切る。
「………?」
初撃をあえて正面から受けて、剣を後ろへ流したキリハが得たのは違和感。
数歩よろけた相手が、悔しげに唇を噛みながら再び剣を振りかざしてくる。
一発、二発、三発。
キリハはそれを剣で受けはせず、ただ体ごと避けるに徹した。
ここが、自分とディアラントの大きな違いだ。
ディアラントはああ見えてかなりのパワーを持っているので、相手の剣を正面から受けられるだけの余裕がある。
しかし自分がそれを完全に模倣しようとすると、やがて限界が来て力負けしてしまう。
だから自分は、極力相手の剣を正面からは受けない。
パワーの部分を素早さで補完し、迫りくる相手の攻撃を、自分への負担が限りなくゼロに近い体勢で受け流すのだ。
そのためには、相手が自分の動きを予測できなくなる範囲まで引きつけ、剣が交わるぎりぎりのタイミングで動かなければならない。
ディアラントが相手の剣を受けることでその力の主導権を奪うのだとしたら、自分は相手の力の主導権はそのままに、力が向かう先だけを器用にコントロールする。
受け重視の流風剣と、流し重視の流風剣。
相手の力を利用する根幹は同じでも、ディアラントと自分では、ここまで剣の太刀筋が違うのだ。
(なんか……おかしくない…?)
相手の剣をさばきながら、キリハは自分の中に生まれた違和感が何かを考えていた。
なんだろう。
この違和感だらけの太刀筋は。
振りが妙に大きくて、明らかに隙ばかりの動き方。
まるで、試合の主導権を完全に丸投げされているような―――
「!!」
ふと違和感の正体に気付いて、キリハは表情を険しくする。
瞬間感情的になった剣が勝手に動き出し、斜め下方向に受け流した相手の剣を思いきり弾き飛ばしていた。
甲高い金属音を立てて、くるくると天を舞い、はるか遠くの地面に突き刺さる相手の剣。
それを茫然と見つめる相手と、同じく茫然と目をまたたく観客たち。
試合終了を示すブザー音すらも、遅れて聞こえてきたように思えた。
観客たちがやっと興奮した雄叫びをあげたのは、キリハがとっくに入場口の中へと引っ込んだ後だった。
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