竜焔の騎士

時雨青葉

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第1章 《焔乱舞》の静まり

溝の深さ

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 正常な知性を保ったドラゴンの出現。
 その詳細は、フールからターニャに伝えられた。


 今までに前例がないこと。
 そして何より、ドラゴンたちに抵抗する意思がないことを尊重し、一旦ドラゴンたちを保護することになった。


 しかしこれからのことに関しては、慎重な議論が必要になる。
 ターニャは少し強張った表情で、フールと同じようなことを口にした。


 ドラゴンたちは人々も寝静まった夜中にこっそりと、宮殿地下の巨大フィルターへと移された。
 不安げに鳴くドラゴンたちを見送りながら、キリハは胸が潰されるような不安に必死に耐えていた。


 最終的な処遇が決まるまでは、絶対にドラゴンたちを傷つけない。
 ターニャはそう言ったが、ドラゴンたちの安全が確保できない以上、いくらターニャの言葉とはいえ、彼らを引き渡すのは嫌だった。


 しかし、だからといってドラゴンを逃がそうとすれば、それこそわずかな希望も絶たれてしまうかもしれない。
 それに片方のドラゴンが手負いの状態では、逃がしたところで生き延びられるかどうか。


 結局、その時はターニャたちに従うしかなかった。
 そして翌朝、昨日の騒然とした空気を引きずったまま、緊急会議が行われた。


 参加者は宮殿代表のターニャとフール。
 ドラゴン殲滅部隊からはディアラント、ミゲル、ジョーの幹部三人。
 竜騎士隊からはキリハとルカの二人だ。


「さて…。皆さん、何故こんな少人数で集められたのか。もう分かっていますね。」
「………」


 ターニャの言葉に、その場の全員が無言で机を睨む。
 そんな皆の態度が、明らかすぎるほどに答えを示していた。


 キリハは唇を噛む。


 今からここで話し合われるのは、命の行く末。
 少しでも気を抜けば、途端に体が震え出してしまいそうになる。
 それくらいの緊張感と恐怖が全身を支配して、心臓の音が大きく響いていた。


 知らなかった。
 ドラゴンたちを生かすも殺すも、自分たち次第。
 それが、ここまで重たく心を圧迫するなんて。


「反感を買うのを承知で言います。」


 一番に口を開いたのはジョーだった。


「僕は、一刻も早くドラゴンを処分すべきだと思いますよ。」


 告げられたのは、残酷な言葉。


「ごめんね、キリハ君。でも、僕はこのままドラゴンを保護することには賛成できない。」


 顔を青くするキリハに、ジョーはそう前置いてから、ターニャとフールへ視線を滑らせた。


「いくら秘密裏に作業を行ったとはいえ、ドラゴンを保護した事実は隠せるものではありません。昨日ドラゴンが逃げたことは騒ぎになっていますし、昨日の討伐にほむらは使われていない。この状況で、ドラゴンの死体もないのに、討伐が完了したと言うのは無理があります。」


「そうですね…。ドラゴンを生きたまま保護したことは、公表せざるを得ないでしょう。」


 きっぱりと言いきったジョーに、ターニャも頷いて彼の意見を肯定した。
 ジョーは淡々と続ける。


「今の世間はただでさえ、ドラゴンへの恐怖と不安でざわついています。ここでいくら議論をしても、人々の多くはドラゴンの処分を求めるでしょう。ターニャ様としても、国民の強い希望を無下にはできないのではないですか?」


「そんな!! そんなの…っ」


 思わず立ち上がったものの、反論の言葉が見つからない。
 両手を握ったキリハは、もどかしそうに目元を歪めた。


「そんなの……やだよ。……せっかく、殺さなくても済むドラゴンと出会えたのに…っ」
「それは、今だけかもしれないよ。」


 ジョーの口調は揺らがない。


「ドラゴンたちがいつ暴れ出すかも分からないのに、そんな危険生物を国の中枢に置いておくなんて自殺行為だよ。焔が使えない以上、今回はドラゴンたちが大人しくしている内に手を打つべきだ。」


「なんで…? なんで、殺すことしか考えられないの!? 単純に怪我が治るまで面倒を見て、怪我が治ったら西側に返してあげればいいじゃん!」


「それこそ、僕は賛成できない。」
「なんでさ!?」


 キリハは思わず声を荒げてしまった。


 意味が分からない。
 手当てをして野生に返してやることなんて、他の動物には普通にやっているではないか。
 何故ドラゴンにそれをしてはいけないのだ。


 瞳に敵意すらたたえるキリハだったが、対するジョーの意見は、キリハとは全く異なる視点から出ているものだった。


「ドラゴンは、人間並みの知性を持っているといわれてるんでしょ。それなら故郷に返した後に、仲間を引き連れて襲ってくる危険性は十分にありえる。」
「なっ…」


 ジョーの懸念を聞いたキリハは一度息を飲み、すぐにカッとして机を叩いた。


「そんなに、あの子たちが信用できないっていうの!?」
「できない。」
「………っ」


 少しも迷わずにそう断言され、キリハはとうとう返す言葉を失ってしまった。


 人間とドラゴンの間に生まれてしまった溝は深い。


 フールの言葉が、胸に深く突き刺さる。
 現実は、あまりにも残酷だった。

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