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第6章 共に、同じ世界を―――
異変
しおりを挟む「おっはよー♪」
清々しい気分で会議室のドアを開ける。
「おー、おはよ……んんっ!?」
たまたま一番近くにいたミゲルが欠伸混じりに挨拶を返そうとして、そのままぎょっとして肩を痙攣させた。
他の皆もそうだ。
こちらに何気なく目をやっては大きく目を見開き、唖然としている。
「おい、キー坊……どうした? その目……」
「んー…、やっぱり気になる? 俺も、朝になって気付いたんだよねー。」
皆が驚く理由は分かっていたので、キリハはあっさりと答えて左目をなでた。
今朝起きて、自分もびっくりした。
今まで鮮やかな赤色をしていた瞳が、今日鏡を見たら、深い紅色になっていたのだから。
「どこか、いつもと違うとことかはない?」
「ううん、特には…。別に、体調が悪いってわけでもないし。」
「じゃあ、どうしてまたこんなことに……」
近寄ってきたジョーが、まるで医者のようにキリハの目の下に手を添え、不可解そうな表情で眉を寄せる。
すると。
「はーい! ちょっとどいてー!!」
そんな高めの声が聞こえたかと思ったら、ジョーと自分の間にフールが頭をねじ込んできた。
彼はじっとこちらの両目を見つめ、突然がっくりとうなだれてしまう。
「キリハ、やっぱり君……」
「え? 何…?」
珍しく不穏な声音でそう言われ、キリハは大いに戸惑ってしまう。
急にどうしたというのだ。
そりゃ、勝手に地下フィルターのドアを開放したり、街がパニックになることも考えずにレティシアたちと飛び回ったりと、派手に暴走はしたが、その辺りに関しては、昨日嫌というほど説教を受けたではないか。
これ以上、怒られるようなことはないと思う。
ない、はずだけど……
おろおろとするキリハの前で、フールは小さく体を震わせている。
そして。
「飲んだでしょ? レティシアの血。」
いっそ静かに聞こえる口調で、そう訊ねてきたのだった。
「…………あっ、飲んだ。」
「だからだよ! もおおおおぉぉぉっ!!」
瞬間、フールが絶叫する。
「あー、やっぱり!! やっぱりねえぇぇっ!! この前、キリハだけがレティシアたちの危険を察知したって聞いた時から、なーんとなく嫌な予感はしてたんだ! あーもー、馬鹿馬鹿! よりによってレティシアの……眷竜の血を飲んじゃうなんてーっ!!」
「あの、どういう意味…?」
「ドラゴンはね!」
ずばっと指を立てたつもりだろう。
フールは勢いよく腕を降って、まくし立てるように語った。
「生まれながらにして持ち合わせた、格ってものがあるんだ。多くのドラゴンは、母親が実際に経験して得た知識を引き継いで生まれてくる。その中でも取り分け格が高いドラゴンは、さらにその先祖の知識まで引き継げるって話なんだよ。」
「へ、へぇ……」
「リュドルフリアは生まれた時から、圧倒的な知識と、仲間を殺せるだけの炎を持っていた。ドラゴンの弱点と言われる仲間の血でも、死ぬことはない。だから彼は、神竜と呼ばれるに至ったんだ。」
「あ……昨日、レティシアやロイリアも言ってた。」
「で、リュドルフリアには及ばないものの、強い炎と血液耐性を持ってて、リュドルフリアに並ぶくらいの知識を兼ね揃えているのが眷竜―――レティシアのことなんだよ。」
「ほわぁ、そうだったんだ…。よく知ってるね。」
「ほわぁ、じゃなーい! 他人事じゃないでしょうが!!」
すごい。
見た目は可愛いぬいぐるみのくせに、後ろに般若が見えてきそうな気迫だ。
とりあえず、何故かフールが怒っていることだけは伝わった。
そして伝わったが故に、自分はやはり戸惑うしかない。
「だ、だって……そんなこと言われても、ピンとこないんだもん。何がそんなにまずいの? せっかく話せるようになったのに。」
「あのね、とりあえずドラゴンの血を飲めば、無条件に言葉が分かるってわけじゃないんだよ。」
フールが頭を抱える。
「飲んだ血の格が問題なの。リュドルフリアの血を飲んだユアンは、たったそれだけで全てのドラゴンとの意志疎通を可能にした。しかも、子孫に能力が引き継がれるっていうおまけつきで。」
「う、うん……」
「それからの経験則で、どうやらそれだけの大規模な変化を人間にもたらすのは、リュドルフリアの血だけらしいって結論づけられてたんだ。リュドルフリアの血が他にどんな影響をもたらすか分からないし、竜使いたちはそれ以上、リュドルフリアの血を受け入れないことにした。それでも……こうやって、今の今まで……竜使いは、目に見える形で存在し続けている。一人の気まぐれな行動が、何百年先まで影響を及ぼしているんだ。」
フールの声はどんどん静かに、そしてどんどん険しくなっていく。
「昔は、レティシアが人間に血を与えることなんてしなかったから、推測しかできなかったけど……キリハの様子を見る限りじゃ、レティシアの血もまた、リュドルフリアの血に類する変化を与えるみたいだね。」
「―――っ!!」
そこで表情を変えたのは、ジョーとターニャだ。
「大丈夫。ユアンが死ななかったんだ。レティシアの血がリュドルフリアの血よりも格下だと仮定するなら、命が脅かされるようなことはないはずだよ。」
彼らが危惧することをいち早く察知したのだろう。
フールは即座に首を左右に振った。
「だけど念のため、定期的に検査は受けといた方が無難だろうね。あと、こればっかりはその時にならないと分からないけど……もしかしたら君の子供が、初めからドラゴンと話せる状態で生まれてくるかもしれない。そしたら……本格的に、竜使いの能力が復活することになる。」
「………」
しんと静まり返る室内。
伝承でしか語り継がれていない、竜使いの能力。
今となっては伝承の信憑性すら疑われつつあるというのに、ここでそれを証明してしまうキリハの存在。
待っているのは賛辞か、それとも迫害か。
「んー…」
キリハは唸る。
そして。
「まあ、難しいことは置いといて……なるようになればいいんじゃない?」
さして問題と思っている風でもなく、あっさりとそう述べた。
「なるようにって…。あのね!」
それを聞いたフールは、さらに口調を厳しくしてキリハに詰め寄る。
「キリハ、自分が何したか分かってるの!? これは、君だけで収まる問題じゃないんだ。もしかしたら何十年、何百年先の子たちまで苦しむ問題になるかもしれないんだよ!?」
「なんで苦しむって決めつけるのさ?」
きょとんとするキリハ。
あまりのお気楽さに、フールが息を飲むのが聞こえて―――
「実際、君たちは苦しんでるじゃないか!!」
空気を揺らしたのは、血を吐くような悲痛な叫びだった。
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