竜焔の騎士

時雨青葉

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第5章 あるべき場所

改革王のコンタクト

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 長い夜が始まる。


 三つ並べたモニターの真ん中で昼間の録画映像を見つめ、時おり左側のモニターに映し出したリアルタイム映像に目をやる。


 右側ではレティシアたちに埋め込んだチップから送信される生体データが、一秒ごとに更新されている。


 もし彼女たちの身に異変が起こったら、すぐさま検知できるだろう。


 今のところ、映像データにも生体データにも異常は見られない。


 まあ、ここの責任者として自分の名前を大々的に公表している手前、よほどの愚か者じゃない限り、レティシアたちに手を出すことはしないだろうとは思うが。


「…………ふぅ。」


 一通りのデータに目を通し終え、ジョーは疲労感を漂わせる息をつく。


 別に生活リズムが多少崩れたところで大したこともないのだが、久々に気を張っているせいか、目の奥がずんと重い。


 今のセレニアにとって、ドラゴンは諸刃もろはつるぎ


 その情報の少なさ故に、現段階ではこちらにもあちらにも優位性はない。
 情報操作の調整を間違えば、取り返しがつかなくなるだろう。




 ―――まあ、だからこそ面白味があるのだ。




 ジョーは口の端を吊り上げる。


 宮殿内の情報もほとんど網羅したところ。
 特に脅しがいのある相手もいないし、最近は少しばかり退屈だったのだ。


 そこに飛び込んできた、ドラゴンという爆弾。
 ひどく恐怖するが故に惹かれてやまない、甘い甘い情報の塊。


 こんなにも魅惑的で面白い素材を、手中に収めない手などない。
 誰も優位性を保持していないなら、それこそ手に入れる価値があるというもの。


 正直なところ、キリハに譲歩案を持ちかけたことについて、自分で自分の行動が信じられずにいたのだが、こういう楽しみを予期していたと思うことにしようか。


 この情報を巡って、少しは楽しい駆け引きがあるといいのだけど。
 もしくは、どこかの間抜けがいい感じに尻尾を出してくれるなら、それもいいだろう。


 そう考えるなら、何度か自分から遠ざけようとしたキリハを、逆に自分の手元に繋ぎ止めておくというのも一興かもしれない。


 策略と無縁の天真爛漫さがそうさせるのか、彼の周囲には面白い情報が集まる。
 そして彼の才能のなせるわざなのか、彼に関わっていれば、思わぬ大物が釣れるのだ。


 そう、例えば―――




「こんな時間にどうしたんですか? キリハ君なら、多分隣の部屋ですよ? ノア様。」




 背後のドアの外にある気配にそう告げる。
 初めから見つかることは分かっていたらしく、自分が声をかけると、ドアはあっさりと開かれた。


「ああ、なるほど……」


 部屋に入ってきたノアと目を合わせた瞬間、ジョーは得心する。


「キリハ君だけじゃなくて、今日は私にも用がおありのようで。」
「話が早くて助かる。」


 ノアはジョーの言葉を肯定して彼に近寄った。


「それは、見ても構わんのか?」


「ええ、構いませんよ。どうせ近いうちに公表する予定のデータですし、ルルアにはこれくらいのデータなんて、腐るほどあるでしょうしね。」


 ノアがモニターを見つめて訊ねるので、ジョーは特に深刻そうな素振りも見せずに答える。
 すると、ノアはじっくりとモニターを睨み始めた。


 何かを真剣に考えているのか、その目はモニターに並ぶ数値をせわしなく追いかけてはふと止まり、また忙しなく動き出しを繰り返している。


「そんなに食いつかれると、公表すると分かっていても取り上げたくなりますね。」


 ジョーはくすりと微笑むと、生体データが映るモニターの電源を落とした。


「……まあ、ドラゴン研究に熱心なあなたにとっては物珍しいですかね? セレニアのドラゴンはルルアのドラゴンとは種が異なるようですし、種独特の傾向があるかもしれませんから。それに、ドラゴン研究が盛んな国は北方に固まっていて、現在南方の国ではドラゴン研究に協力的な国がないことを加味すると、このデータの価値はいかほどになるんでしょうか?」


 鋭く問う。


 データを公表するとは言ったものの、それはあくまで国内に限った話。


 最終的な決定権は研究部とターニャに委ねられるだろうが、国外へこのデータが公表されるのか、そしてそれがいつなのかはまだ議論されていない。


 ノアのことだから、こうして接触を図ってくるのは予想できていた。


 そのため、今彼女に見せたのは、レティシアたちが睡眠中の至って平静なデータ。
 彼女が本当に欲しいであろう活動中のデータは、こちらで操作しないと見られないようにしてある。


「お前、わざと見せたな?」


 すぐにこちらの意図を察したのか、途端にノアが渋い顔をする。


「存在を明示した上で取り上げる方が、より魅力的でしょう?」


 ジョーは悪びれる様子もなく手の内を明かす。


「本当に恐ろしい奴だな。お前のことを調べさせてもらったが、少しばかり甘く見すぎていたようだ。ルルアのあんな深いところまで名を通してあったとは、さすがに想定していなかったぞ。」


「まあ、それはうちの隊長殿を、あなたが気に入ってくれたからこそですかね。」


 当然これも、互いにとってある程度は想定していたの流れ。
 悠々と語るジョーに、ノアもまた動揺の一片も見せなかった。


「なるほどな。―――それで? ここまでの牽制をかけて、お前は私に何を訊きたいのだ?」


 ノアの表情に、一瞬で真剣さが舞い戻る。


「大したことではありませんよ。」


 ジョーはあくまでも、穏やかに言葉を紡ぐだけだ。


「どうして私に白羽の矢が立ったのか、気になっただけです。だって、こんなにも予想どおりすぎては、いささか気味が悪いというものでしょう?」


 ジョーの表情が、あやしさをまとう。


「あのルルアを長年率いているあなたです。ただ単純に、猪突猛進主義というわけでもないでしょう? 私があなたにとって便利な人材であることは認めますが、だからといって、私を引き込むことはリスクが高すぎる。それくらい、十も百も承知のはず。それでも、あなたはここにいる。それがどうしてなのか、ちょっとばかり気になっているだけなんですよ。」


 あの実力主義のルルアで、同じ人物が何年も大統領を続けられていることがいかに異様で驚異的か。
 そしてそれを為し遂げているノアが、いかに有能であるか。


 それは、ディアラントがルルアに出向いていた間の調査で知っている。


 こちらにも意地があるのだ。
 もちろん、ただで飲まれてやるつもりはない。


「さすがだな。獲物がかかっただけでは満足しない辺り、ディアラントとよく似ている。」
「ふふ。隊長も私も、貪欲さでは張りますからね。」


「そのようだ。だからこそ、私はあえてお前に的を絞ったのだ。」


 ノアはまっすぐにジョーを見据えた。


「お前のその、情報に対する貪欲さと執拗しつようなまでの執着。私はそれを買っている。ゆくゆくはターニャも交えて大々的に関係を築きたいものだが、今のターニャの立場を考えると、あからさまに彼女の評価が高まるような接触はしない方がいいだろう。」


「随分と、ターニャ様のことを高く買っておられるのですね。」
「無論だ。ターニャの目には野心が見える。あれはいつか、改革を起こすだろうな。」


「ふうん…。それで? そうなった時に他国を出し抜くための仕込みは、今からってところですか?」
「えげつなく言うならそうなるな。」


「そして、水面下でパスを繋いでおく相手としては私が適任だと?」
「そのとおり。」


「…………理由を、お聞かせ願えますか?」


 さて、この魔性の改革王が自分を選んだ理由はなんなのか。
 余裕をたたえる笑みで答えを待つジョーに、ノアは大して迷うこともなく口を開いた。


「まあ、人間的に信頼できると思ったわけではないな。」


 なるほど。
 開口一番の答えとしては悪くない。


 ジョーは黙して先を促す。




「あとはこれだ。―――――。」




 そう言ったノアがポケットから取り出したのは、一枚の写真だった。

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