竜焔の騎士

時雨青葉

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第1章 白い子供

少年への違和感

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 それから十五分後。


「や、やっと捕まえた……」


 後ろから抱き締める形で少年の身動きを封じ、キリハは疲労困憊こんぱいの息を吐いた。
 捕まった少年はキリハの腕を両手で掴み、そこにがじがじと歯を立てている。


 ものすごく痛いのだが、ここで手を離そうものなら、今までの努力が水の泡だ。
 気合いで耐えるしかあるまい。


「いやー、元気元気。これなら、体調の心配はなさそうだね。」
「なんで、オレまでこんな目に……」


 エリクが乾いた笑みを浮かべ、その後ろでルカが辟易として肩を落とす。


 本当に参った。
 猪突猛進に暴れまくってくれましたとも。
 おかげで部屋の中はめちゃくちゃだし、少年に噛まれたり引っかかれたりで、全員傷だらけだ。


「ああもう。本当に大丈夫だから。」


 キリハは力強く少年を抱き締めてやり、その頭を優しくなでた。
 すると。


「………っ」


 何故か、驚いた表情でこちらを見上げてくる少年。


 これは、高ぶった感情をなだめる絶好のチャンスだ。
 孤児院で得てきた今までの経験から確信したキリハは、優しく微笑んで少年を抱く腕に力を込めた。


「大丈夫。何もしないよ。」
「………」


 少年はまだ、半信半疑といった様子。


「大丈夫。ね?」


 重ねて語りかける。


「………」


 数秒の沈黙の後、少年がようやく体の力を抜いてくれた。


 おそらく、これ以上部屋が荒らされることはあるまい。
 そう感じて、キリハだけではなく、エリクやルカもほっとして肩を落とした。


「……くしゅんっ」


 落ち着いたことで体が寒さを思い出したのか、少年が可愛らしいくしゃみをして微かに震え出す。


「ほらほら、そんな格好で暴れるから……」


 焦りも緊張感も忘れさせてくれるそのくしゃみに、キリハは困ったように笑ってタオルをかけてやった。


「起きたんならちょうどいいね。キリハ君も一緒に、お風呂に入っちゃいな。」
「はーい。」


 エリクに言われ、キリハは少年の手を引いて風呂場へと直行した。
 少年は、特に抵抗せずについてきてくれた。


 風呂に入りながら色々と話を聞いてみようと思ったのだが、少年は何を訊いても無言のままだった。
 最初の方は少し粘ってみようとしたキリハだったが、途中から諦めた。


 それよりも気になることができてしまったという表現の方が、正しいかもしれない。


 シャワーを浴びる短い時間。
 その間に少年が見せる反応の一つ一つが、どうも違和感を与えてくるものばかりだったのだ。


 シャワーヘッドから出てくるお湯に驚き、シャンプーやリンスがどんなものなのかも、いまいちよく分かっていない様子。


 仕方なく体を洗ってやると、泡だらけになった自身の体を見下ろして、感動したように目を輝かせる。


 まるで、今まで風呂に入るという経験をしたことがないかのような反応。


(まさか、ね…?)


 にわかには信じられなくて、キリハはその違和感を胸の中にしまいこんだ。


「―――はい、もういいよ。」


 ドライヤーの電源を落とし、キリハは少年の頭をぽんぽんと叩いた。
 それまでじっとしていた少年は、猫や犬がそうするように、首を勢いよく振って伸びをする。


「わあ…。洗ったら、もっと綺麗になったね。」


 エリクが少年の髪の毛を一房手に取り、感心したように呟いた。


 汚れを落としたことで純白になった少年の髪の毛は、照明の光を反射してきらめいて見える。
 それは確かに、思わず溜め息が漏れそうなほどに綺麗な白だった。


「さてと。次はこっちね。」


 エリクは一度台所に引っ込むと、サンドイッチが乗った皿と、ホットミルクが入ったマグカップを少年の前に置いた。


「お腹空いてない? 急だったからこのくらいしか買ってこれなかったけど、よかったら食べて。」


 エリクが優しく言うと、少年はおそるおそるマグカップに手をかけた。
 何度かマグカップの中身のにおいをぎ、これまた慎重な仕草で、ゆっくりとマグカップの縁に口をつける。


「!」


 目を見開いた少年はマグカップの中を見つめ、もう一口ミルクを飲む。


 どうやら、気に入ってくれたらしい。
 続けてサンドイッチを食べ始めた少年に、キリハとエリクは揃ってなごやかな笑みを浮かべた。


「おい。」


 その時、ずっとベランダで電話をしていたルカが室内に戻ってきた。


「宮殿に連絡入れといた。午後の訓練は免除でいいらしいぞ。」
「あ! そういえば、休みじゃなかったんだったんだった……」


 宮殿のことなんて、すっかり忘れていた。
 キリハの反応に、ルカは半目で呆れた顔をする。


「本当に、お前って馬鹿だな。」
「返す言葉もありません……」


 にべもなく言われ、キリハはしゅんとする。


「まあまあ。お休みにしてもらえたんだからいいじゃない。今は、この子のことを考えようよ。」


 エリクがそうフォローしてくれる。


「そうだね。」


 キリハは落ち込みモードを早々に切り替え、改めて少年と向き合うのだった。

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