竜焔の騎士

時雨青葉

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第4章 分かり合えない

何故、そうしたいのか。

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(雨、降りそうだな……)


 医務室からの帰り。
 低く響いた雷の音を聞き、キリハは廊下の窓から空を見上げてそう思った。


 濃い灰色の雲で厚く覆われた空。
 確か天気予報では、今日の夜遅くから雨が降り始め、その後はまた雨続きの日々が続くと言っていた。


 こんな空を見ていると、シアノを捕まえたあの日のことが頭をよぎる。


(俺が、シアノにしてあげられること……)


 思考はごく自然に、そこへと向かう。
 そしてそれを考えると同時に、つい数時間前にルカに言われたことを思い返した。


 闇雲に同情するだけではいけない。
 ちゃんと考えないと、自分もシアノも傷つくだけ。
 自己満足では終わりたくない。


 でもルカの言うように、出会って数日の自分たちにできることは少ない。
 自分がよかれと思ってやったことも、シアノにとってはそうじゃないかもしれない。


 限られた手札の中で、自分が彼のためにできることはなんだろう。


(……なんか、違う。)


 思考がまた壁にぶち当たり、キリハは思わず手近な窓を開くとそこに突っ伏した。


「難しいなぁ……」


 無意識に、そんな弱気発言が口から漏れてしまう。


 いつもこうだ。
 何をすることがシアノのためになるかと考え、いつも思考はそこで止まる。
 だって、何が正解かなんて分からないのだ。


「んー……あれぇ? 俺って、何をこんなに悩んでるんだっけ?」


 色々と考えている内に、思考の原点すら見失っているこの状況。
 なんだか、情けなくて腹が立ってきた。


 そもそも、誰かと接することに正解なんかあるのだろうか。
 仮に正解があったとして、それを決めているのは誰だ?


 自分に、そんなものを決められるわけないじゃないか。


 ルカが指摘したように、自分は神様でもなければ超人でもない。
 お世辞にも頭が切れるというわけじゃないし、人に自慢できることといえば、この剣の腕と神経の図太さくらいだ。


 そんな自分が、もっともらしく〝シアノのために〟なんて語れるのか?
 シアノのことを、深く知りもしないくせに?


 何様のつもりだ。
 それこそ、だだの押しつけじゃないか。


 そうだ。
 シアノに言いたいことも、シアノにしてあげたいこともいっぱいある。


 でも、それはあくまでも自分の都合。
 シアノのために、なんて言い訳だ。
 全部、自分がやりたいだけじゃないか。




 じゃあ―――それは何故?




 堂々巡りを続けていた思考が、くるりとひっくり返る。


 シアノは空っぽのように見えて、竜使いの人たちのように、どこか他人を拒絶しているようにも見えた。


 でも、それだけじゃなかった。


 自分は絶対に味方だからと伝えた時に。
 シアノの境遇を知って泣いてしまった時に。


 シアノは驚いたような、戸惑ったような、そんな顔をした。
 そんなシアノの反応の一つ一つを思い返すほどに、自分は居ても立ってもいられなくなった。


 本当に心がてついてしまっているなら、きっとあんな風に動揺しない。


 まだ間に合う。
 まだ未来は、いくらでも変えられる。
 その先にはきっと、シアノが笑える未来もあるはずだ。


(………………あ………)


 気付いた。


 自分は、シアノの笑った顔を見たかった。
 ただそれだけだ。


 なのに自分は、自分がやりたいことを〝シアノのためだ〟と肯定できる言い訳を探していないだろうか。


 だから、納得できる答えを見出だせないのでは?


 当たり前だ。
 そんな自分勝手な考えに、答えなんてあるわけがない。


 自分が曲がったことが嫌いなことくらい理解している。


 シアノのためという大義名分を掲げながら、その裏で実は自分の行いを肯定できる言い訳を探していただけなら、そりゃ納得もいかないだろう。


 どうりでずっと、胸が気持ち悪いわけだ。




(……俺には、シアノのためだって言い切れることは、何一つできない。)




 頭の中でそう思うと、途端に無力感でいたたまれなくなった。


 でも、これが現実だ。
 顔を伏せ、その現実を繰り返し噛み締める。


 ルカは、きっと知っていた。
 自分がこの現実を直視したら、こうやって落ち込むことになると。


 だから言ったのだ。
 何もできない自分を受け入れて、そして許せるようになれと。


 確かに、自分がシアノのためにできることはないのかもしれない。
 でも、だからなんだ。


 シアノに伝えたいことがたくさんある。
 シアノとやりたいことがたくさんある。


 そして、少しだけでもいいから、シアノが安心して笑える瞬間を作りたい。


 自分はそうしたいのだ。
 だったらルカが言ったとおり、それでいいじゃないか。


 だって、どんなに考えても最良は導き出せないのだ。
 ならば机上の空論は一旦置いておいて、とにかく行動した方がいい。


 自分は自分の気持ちに嘘をつかずにシアノと向き合って、それで返ってくるシアノの心を受け入れる。
 そうやって、まずはシアノを知っていくことから始めよう。


 どうすればいいか分からなくて、結果的に何もできずに後悔することだけは嫌だから。


「よし。そうと決まれば、早くシアノに会いに行こう。」


 キリハは勢いよく窓から身を離した。


 シアノのために何をすべきかという問いに答えは出なかったが、単純に自分がシアノに笑ってほしいのだと分かっただけで、驚くほどに体が軽くなったように感じた。


 それもこれも、ルカが丁寧に考え方のヒントをくれたから。
 今度、改めてお礼を言おう。


 どうせその時には、また照れ隠しでひどく当たられるのだろうが、それもまた嬉しくもあり、楽しくもある時間だ。


(お、噂をすれば……)


 ちょうどエレベーターホールに差しかかったところで、ルカの後ろ姿を見かけた。
 声をかけようと思ったのだが、彼の後ろ姿はそんな隙を見せないくらい早く遠ざかってしまう。


 ……なんだか、ルカの様子がやけに慌ただしい。


「………」


 少しの胸騒ぎ。
 キリハはそっと、ルカの後を追うことにした。


「………、………」


 近づくと、何やら微かな話し声が聞こえてくる。


 誰かと電話中なのかもしれない。
 キリハは、ルカの声を拾おうと耳を澄ませる。


「待った、待った。オレも宮殿から出るところだから、とりあえず落ち着け。まずは、どこかで合流しよう。」


 そう電話口に語りかけるルカだが、そう言う彼も少なからず動揺しているようだ。


「いや、心配なのは分かるけど! 大丈夫だって。あいつは案外すばしっこいから、不良の一人や二人くらい簡単にまけるはずだ。それに、先に行って捜しとくって言っても、病院より宮殿の方がそっち方向は近いだろ。多分、オレの方が先に着くぞ?」


 何やら、不穏な言葉がちらほらと。
 大きくなる胸騒ぎと衝動をこらえて聞きに徹していると、ルカが頭を抱えて慌て始めた。


「ストップ! オレも全力で急ぐから、頼むから電話だけは切らないでくれ。こまめに互いの位置を確認しながら移動しよう。あいつを捜しながら兄さんも捜すなんて、んな非効率なことできるか!」


「―――っ!!」


 どうやら、ルカの話し相手はエリクのようだ。


 なら、ルカたちが捜すと言っているのは―――


「ルカ、待って!!」


 状況を察した瞬間、たまらず声を荒らげていた。


「げっ!? お前、いつから聞いて―――」
「いいから貸して!」


 目を見開くルカには構わず、彼の手から携帯電話をひったくる。


「もしもし、エリクさん!? もしかして、シアノがいなくなっちゃったの!?」


 電話にかじりつく勢いで声を吹き込むと、心なしか電話の向こうで、エリクがほっと息をついたような気がした。


「キリハ君…っ。うん、どうやらそうらしいんだ。僕もさっき、患者さんからシアノ君と会ったって電話がかかってきて知って…。まずいことにシアノ君、その子に絡んできた不良グループに噛みついて逃げちゃったらしくて。」


「そんな危ないこと…っ」


 言葉が続かなかった。


「そうなんだよね。危ない目に遭わずに、逃げてくれてるといいんだけど……」


 どうりでエリクが慌てるわけだ。


 何故シアノは、急に外に出たのだろう。


 いいや、今はそんなことを悠長に考えている場合ではない。
 シアノのことが心配だ。


「俺も一緒に捜す! どこに行けばいいの!?」


 エリクに訊ねながら、キリハは震えそうになる手で携帯電話を握り締めた。

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