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第4章 亀裂
すれ違う想い
しおりを挟む「―――いいよ、別に。」
ふと、キリハの声がすっと落ち着いた。
それに、フールは慌てて顔を上げる。
こちらを見つめる双眸。
それは声と同じように、静謐な雰囲気を醸し出している。
「どうせ、これが初めてじゃないもん。他人に理解されないのなんて、もう慣れっこだ。フールがなんと言おうと、俺はレクトを信じる。」
「―――っ!?」
キリハの宣言に、落雷のような衝撃が走る。
その姿は……
その眼差しは……
『誰に責められてもいいの。私はあの人を変える。そうじゃないと、誰も救われない。本当の意味で、争いの終わりなんて来ないの。』
脳裏に揺れるのは、記憶の奥底に閉じ込めたはずの面影―――
「だめ……だめだよ、キリハ……」
お願いだ。
その道へは進まないでくれ。
その道は―――かつてのシアノと同じ道なんだ。
一番訴えたいことは、過去と現在の重なりのせいで音にならない。
どうにかしなきゃ。
どうにかして、キリハをこちら側に引き戻さなければ。
深みにはまり込む前に。
優しいこの子が、めちゃくちゃに傷つけられる前に。
シアノと同じように、自ら命を絶ってしまう前に……
「なんで……」
この際、無様でもなんでもいいから―――
「なんで、そこまでレクトを信じるんだ!? 君は、あいつが過去に何をしたと―――」
「ドラゴン大戦を引き起こした。」
「………っ!?」
「そして、一人の女の子を死なせた。……そう言いたいの?」
「―――っ!!」
現実を突きつけて、レクトに向かう気持ちを踏みとどまらせよう。
その魂胆は、一瞬のうちに水の泡となる。
「全部、レクトから聞いたよ。俺はその上で、レクトに友達になろうって言ったんだ。」
あくまでも静かなキリハの瞳。
その瞳は、とある誓いを立てた日のディアラントを彷彿とさせる。
それ故に、分かってしまった。
この子は、理想論だけで闇雲にレクトを信じているんじゃない。
レクトと関わるリスクを承知した上で、己の全てを彼に懸けようとしているのだと。
そしてそう分かったからこそ、かけるべき言葉を見失ってしまう。
変化を厭うレクトに、この変化を受け止めてほしくて。
置き去りにはしないから、ゆっくりと新しい世界を見ていこうと、何度も語りかけては手を伸ばした。
今のキリハの姿は、かつての自分やリュドルフリアと同じだから……
「どうして……」
空気に溶ける声は、ほとんどかすれた呻きにしかならない。
それを聞いたキリハの瞳が、鋭く光る。
「それを話して、フールは―――ユアンは、納得する?」
その問いかけは、天地を揺るがすような衝撃を追加してくる。
「―――っ!?」
キリハを説得できる糸口を探そうとしていた最後の理性も、それで完全に吹き飛んでしまう。
何も言えないフールをじっと見つめていたキリハは、ふいに小さく息を吐いた。
「やっぱり、フールがユアンだったんだね。それなら、色々と納得だよ。焔のこともドラゴンのこともよく知っているのは……ずっと、見てきたからなんだね。」
前から想像していたとおり、キリハは自分がユアンだと知っても疑いはしない。
あるがままの事実を、静かに受け入れるだけだった。
「ユアンが俺を止めたくなる気持ちは、分からないでもないよ。心配してくれてるんだってことも、ちゃんと伝わってる。」
「キリ……ハ……」
「でもね。」
一度和らいでいた声に、凛とした響きが戻る。
「ユアンと俺が見てきた世界は違うんだ。俺は自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の頭で考えた。だから、これは譲らない。」
在りし日の自分やシアノを映すその決意が―――今はただ、胸に痛い。
フールはゆるゆると首を振る。
「だから、騙されてるだけだって……」
「もしそうなら、俺が馬鹿だったってだけだよ。レクトのせいでも、ユアンのせいでもない。」
これ以上の話し合いは無意味と判断したのだろう。
一度目を閉じたキリハは、フールの隣を通り過ぎてリビングを抜け、ドアを開いた。
「キリハ!!」
「なんとでも言ってよ。」
再三の呼びかけ。
それを受けても、キリハは頑として譲るつもりはないようだった。
「俺だって、ユアンと同じなんだよ。」
「………っ」
「ユアンがもう諦めちゃってたとしても、俺は―――もう一度、ドラゴンと人間が一緒に歩める世界を創りたい。」
去り際に告げられた、大きな夢。
それを否定できる言葉なんか、自分にはなかった。
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