452 / 598
第1章 闇の中に光るもの
ルカの交渉と期待
しおりを挟む『あいつもオレと同じで……大多数の人間を嫌う一方で、お前だけは特別に認めている。』
ルカの言葉が、脳裏で反響する。
まさか、本当にそうなの?
この人もルカと同じで、自分を直接傷つけた人だけじゃなくて、ほとんどの人間を嫌っている人…?
にわかには信じられなくて、少し混乱しながら、すがりついたその人を見つめる。
「………」
ジョーはやはり、何も言わなかった。
だが、これまでノーであることには即でノーを叩きつけてきた彼がそれをしないという事実が、自分に答えを突きつけてくる。
何よりその表情に広がる、一切の感情を失った人形のような無が、全てを物語っているではないか。
「ねぇ…。ルカが、アルシードに交渉を持ちかけてたって言ってた。それって……」
「……ああ、そうだよ。」
そこでようやく、彼が口を開く。
「レクトや自分と一緒に、この国をめちゃくちゃにしてやらないか……それが、ルカ君からの交渉だった。」
「―――っ!?」
その口から飛び出したとんでもない証言に、ユアンを始めとする全員が目を剥く。
宮殿中の情報を網羅している自身が、何も知らないとは言い逃れられない。
それに加えて、こちらがすでに色々と悟っていることも効いたのか、ジョーは観念した様子で肩を落としていた。
「ルカ君が動き出したのは、もう四ヶ月以上も前……君が初めてルカ君をレクトと会わせてから、割かしすぐのことだったよ。」
淡々と、ジョーは己が見聞きしてきた真実を語る。
「レクトに語った計画の中で、ルカ君が真っ先に目をつけていたのが僕だった。始めは利用されそうになっていることにムカついて、余計なことに巻き込むなって牽制するために乗り込んだはずだったんだけど……まんまと一本取られたよ。あんなに分が悪い交渉は、初めてだった。」
キリハ以外の全員から驚愕と嫌疑の目を向けられる中、ジョーは眉を下げて自嘲的に笑った。
「いつから見抜かれてたんだろうねぇ…。これまで誰にも気付かれたことがなかった、この復讐心……あの子は、的確にそこだけを突いてきた。少しでも他の利益を持ち出してきたなら、僕もまだ理性的に対処できたんだろうけど……揺さぶりに揺さぶられた結果、この様だよ。」
憂いと悔しさ。
それらが複雑に絡み合って、彼の目を沈んだ光で彩る。
「鉄壁を誇る情報の覇者……そうやって恐れられる僕も人間である以上、弱点はある。唯一と言ってもいいこの弱点を突かれたんじゃあ、さすがの僕もひとたまりもないんだって思い知らされたよ。ディアとの五年の勝負に負けた総督部が形振り構わずになってきて、その対処に手を焼いてたせいで余裕もなくて……タイミングが最悪だったとはいえ、あれに揺さぶられたのは僕の落ち度だ。」
「じゃあ、アルシードは……ルカがこんなことをするって―――」
「いや。そこまでは知らなかった。」
次のキリハの問いに対し、ジョーはすぐさま首を横に振る。
「ルカ君はそんじょそこらの国防軍の奴らよりも、よっぽど頭が切れる子だよ? 交渉が成立もしないうちから、自分が不利になる情報を零すわけがないじゃない。監視していた行動の中にも、直接他人に危害を加えるものはなし。あの段階では、ルカ君を糾弾できる手札はなかったね。」
確かにそのとおりだ。
発言がいくら過激で不穏なものでも、そこに行動が伴わないなら、なんの罪にも問われない。
言うだけならタダである。
「僕が知っているのは、ルカ君がレクトを利用して、人間に何かしらの制裁を与えようとしていたこと。そして、自分と同じ立場にいる僕を仲間に引き込みたかったってことまでさ。交渉を受け入れたふりをして情報を引き出すって手もあったけど……そうしていたら、僕は今頃ここにいなかったと思う。」
―――ああ、そうか。
ルカがジョーに期待していると言っていたのは、こういう意味だったのか。
そしてジョーもまた、自分と同じだったんだ。
一度踏み込んでしまったら、引き返せなくなる。
そんな危機感で身動きができなくなるほど、今も心が揺れているんだ。
「……俺が、いけなかったのかな…?」
先ほどから胸を締めつけていた気持ちが、とうとう外にあふれ出てしまう。
「俺が、レクトとルカを会わせなければ……そもそも、レクトと友達になろうとしなければよかったの? アルシードが言うとおり……他人なんて、信じなければよかったの?」
〝こうなったのは全部、俺のせいなの?〟
そこに続くこの言葉は言えなかったけど、周りには筒抜けだったのだろう。
「キリハ! それは違う!!」
ディアラントやミゲルが、慌てた様子でそう言ってくる。
だけど今の自分の心に、そんな慰めは届かない。
自分が答えを聞きたいのは、彼らの口からではないのだ。
「……そうだね。」
自分の視線を一身に受けるジョーの答えは、静かな肯定。
「他人なんか信じなければ、今とは違う未来になっていただろう。仮に同じ未来になっていたとしても、ここまで傷つくことはなかったと思うよ。」
「ジョー!!」
「ジョー先輩!!」
傷に塩を塗り込むようなジョーの返答に、ディアラントやミゲルが批難の声をあげる。
しかし、ジョーはその声の一切を無視。
彼らの方を見ることさえしなかった。
「でもね……」
そっと伸びたジョーの手が、キリハの髪を優しく梳く。
「僕みたいに、他人を信じることを完全に捨てるには……信じていた相手に裏切られて、めちゃくちゃに傷つかなきゃいけないんだと思う。人間は机上の空論だけでは学べないし、適切な選択をすることもできないから。そして……多くの人たちの選択で成り立っているこの世に、絶対的に正しくて完璧な結果なんて存在しない。それもまた、事実だと思うよ。」
無表情で告げられた、淡々とした言葉。
そこに込められた彼の想いが、痛いほど心に沁みる。
他人を信じるべきじゃなかったのか。
彼はこの問いを肯定する一方で、これは自分のせいなのかという問いを否定した。
経験しないと学べないんだから、こうなったのは仕方ない。
そしてこれは、全てが自分のせいではなくて、ルカや彼の選択も絡み合った結果。
それが正しいか誤りかなんて、誰にも断ずることはできない。
ものすごく遠回しにだけど、彼はそう言ってくれた。
そう言われたように、自分は感じたんだ。
「う…っ」
安易な綺麗事なんて聞きたくなかった今、感情を抜きにして事実だけを述べる彼の言葉は、期待していた以上の安堵を自分にもたらした。
くずおれそうな全身を一生懸命支えていると、それを察した彼が自身と一緒に、ゆっくりと膝をつかせてくれる。
「うう……あああ…っ」
言葉や表情とは異なり、仕草だけはとても優しくて気遣わしげな彼。
そんな彼に強く抱きつき、その胸に顔をうずめて大声で泣く。
「いいんじゃない? 僕が今まで、僕にとって正しい選択をして生きてきたみたいに、君も君にとって正しい選択をすれば。……たとえそれが、真っ暗な闇の道だろうとね。」
最後の一言は、ともすれば風の音に掻き消されそうなほどに小さい。
だけど、自分にだけ聞こえるように囁かれたその言葉は、何よりも大きく自分の心に響いた。
0
あなたにおすすめの小説
雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~
朽縄咲良
ファンタジー
――「要するに、アンタには死なれちゃ困るんだよ。俺が、この異世界で幸せな一生を送って、天寿を全うするまで、な」
魔族を統べる魔王イラ・ギャレマスは、自身の城へと攻め込んできた“伝説の四勇士”の三人、ジェレミィア・ファミィ・エラルティスを、その圧倒的な力を以て圧倒する。
残るは、黒髪黒目の冴えない男――シュータ・ナカムラのみ。
だが……シュータは、魔法陣で三人の仲間を魔王城の遥か彼方へと吹っ飛ばし、ただひとりで魔王と対峙する。
――そして、二十分後。
不様に大理石の床に這いつくばっていたのは、魔王ギャレマスの方だった。
シュータの繰り出す圧倒的なチート攻撃の前に為す術もないギャレマスは、自身の敗北と迫りくる死を覚悟するが、そんな彼に対し、シュータは不敵な笑みを浮かべながら、意外な提案を持ちかけるのだった――。
「なぁ、魔王。ここはひとつ、手を組もうぜ……!」
『地上最強の生物』だが、めっぽうお人好しで、バカが付くくらいに娘の事を溺愛している中年オヤj……ナイスミドル(忖度)の魔王が、反則級のチートマシマシ異世界転移勇者をはじめとした周囲の者たちに翻弄されまくるコメディファンタジー、ここに開幕!
哀れな魔王の、明日はどっちだ……?
(表紙イラストは、ペケさんから戴きました)
*小説家になろう・ノベルアッププラスにも、同作品を掲載しております。
【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-
ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!!
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。
しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。
え、鑑定サーチてなに?
ストレージで収納防御て?
お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。
スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。
※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。
またカクヨム様にも掲載しております。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する
鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。
突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。
しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。
魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。
英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる