竜焔の騎士

時雨青葉

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第3章 変化がもたらすもの

本当の心

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 いつもなら自分でする運転を見張りに任せ、自分は後部座席でタブレット端末のスイッチを入れる。
 そこに並ぶ数字やグラフを睨んでいるうちに、車はあっという間に宮殿に到着した。


 自室がある宮殿本部はスルーで、向かうのは医療・研究棟の最下層。
 もはや今は自分が完全に占拠している、オークスの研究室だ。


(さすがに、レティシアには気付かれたっぽいな。)


 タブレット端末のデータを追いながら早足で歩くジョーは、ふと口の端を吊り上げる。


 、こちらには待つ暇などないのだ。


 一分一秒の攻防戦。
 少しでも気を抜けば、未知がもたらす絶望に飲み込まれかねないのだから。


 今日のデータから得られた改善点。
 そこから導き出される明日の一手。


 ある程度の検討をつけながら研究室のドアを開くと、そこに思わぬ客人がいた。


「父さん、母さん……」


 こんな夜中に二人がここを訪れるなんて。
 どうやら、オークスがこっそりと招待したようだ。


 心配そうな二人とその後ろで似たような顔をしているオークスを見て、なんとなく事情を察する。


「なぁに? 手伝いにでも来てくれたの? ―――でも、ごめんね。」


 あちらの口が開く前に先手を打っておき、ジョーは彼らの横を通り過ぎて机に向かう。


「気持ちはありがたいんだけど、サンプルの量が少なくてさ……余裕がないんだ。僕の頭の中を説明してる暇もないし。」


 言いながら、大量に立ち並ぶ試験管の一つに手をかける。
 それと同時に調整済みの薬品が入ったビーカーも引き寄せ、マイクロピペットを取り上げる。




「―――アル……」




 父がそっとそう呼んできたのは、その時のこと。


「………」


 ピタリ、と。
 ジョーの手が止まる。


「……ねぇ、笑えると思わない?」


 言葉どおり、ジョーはくすりと笑う。


「僕の頭の中、今どうなってると思う? パソコンかよって呆れるくらい休みなく動いてて……誰も知らない領域なのに、もう勝ち筋が見えてきてるんだ。まるであの時みたいに、妖精さんに〝こうすればいい〟って囁かれてる気分だよ。」


 これまで欠かさずに読んできた、各分野の論文たち。
 円滑な討伐のためだと、分析に分析を重ねてきたドラゴンの生体データ。
 そして、ノアから挑戦状として叩きつけられた、ルルアのドラゴン研究に関する資料。


 それらが脳内で組み合わさり、様々な仮説を提示してくる。


 いちの仮説を棄却すれば、各情報はミクロレベルにまで分解されて、新たに得られた情報を取り込んで再構築。


 今度は自分に、十もの仮説を突きつけてくるのだ。


 止めようにも、自分の意思じゃ止められない。
 早く手を動かさないと、実行を待っている計算結果で脳内リソースが破裂しそうだ。


「僕が本気を出せば、所詮はこの程度……そういうことなのかな? いくら天才っていってもさ、使わなければ能力はおとろえるもんじゃないの? この才能のせいで、何もかもがめちゃくちゃになったのになぁ……」


「………」


「それなのに、皮肉だよね…。―――楽しくて、仕方ないんだ。」


 どんなに否定しようとしても、否定に足る根拠を用意できない。
 こんな切迫した時に不謹慎だと言われても、そんな一般常識なんてどうでもいい。


 新たな知識を得る度。
 多くの既知を組み合わせて、これまでになかった可能性を垣間見る度。
 仮説の構築と棄却を繰り返して、未知の中に眠る真実を掴む度。


 快感の電流が全身を駆け抜けていく。
 その余韻も収まらないうちに、魂が次の快感を求めて騒ぐ。
 タイムリミットが近づく緊迫感すら、この衝動を駆り立てる興奮剤にしかならない。


 再び触れてしまったら、もう抗いようがないんだ……




「僕はやっぱり……―――薬が好きみたいだ。この世界を……どうしても捨てられない…っ」




 ずっとこらえていた、本当の心。
 それがとうとう、涙と共に外へとあふれてしまう。


 本当は、十五年前のあの日から分かっていた。
 だからあえて、皆の前でこの世界を捨てると宣言した。


 中途半端が嫌いで極端な自分は、一度宣言したことをなかなか覆せない。
 自分に言い訳できる何かがないと、例外を許すこともできない。
 その性格を利用して、自分自身に鎖と鍵をかけた。




 だって……自分にはもう、この道に進む資格がないと思ったから……




「アル……」


 後ろから、二つの温もりが自分を包んでくる。


 目頭に熱いものが浮かぶ程度の自分の代わりだと。
 そう言わんばかりに、父も母も滂沱ぼうだの涙を流して震えていた。


「………」


 ジョーは静かに目を閉じる。


 きっと、過ちの連続だった。
 自分がこの気持ちを認めたところで、世界は過去の過ちを内包したまま回るだけ。
 一度殺した人間は戻ってこない。


 そしてここで生きている限り、自分には救いなどやってこない。


 自分は今後も、尽きない復讐心に身を焦がされながら、気まぐれに悪意の牙を剥いては敵を蹴落とすだろう。


 それ自体は構わないのだ。
 いつか報いがこの身を襲うというなら、堂々と受けて立ってやる。




 だけどせめて……長く苦しめてしまった人々だけにでも、ささやかな救いが訪れますように。




 そう願うことだけは、どうか許して―――……



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