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第7歩目 生き物を拒む山
問題児の登場
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一通りの仕事を片付け、報酬をもらって帰路につく。
この数週間でもはや日課になっている流れを踏みながら、シュルクは深々と溜め息をついた。
どうせ帰ったら、機嫌を損ねたセルカに「フィオリアちゃんに謝りなさい。」と、しつこく言われるのだろう。
向こうが諦めるのにかかる時間は、小一時間といったところだろうか。
無論謝るつもりは毛頭もないのだが、自分でも大人げない態度と取っていると自覚している手前、セルカをかわすのにはかなりの気力を使う。
特に今日は、滅多に込み入った話をしてこないランディアにまであんなことを言われてしまっているのだ。
セルカだけではなくランディアまでかわさなければならないと思うと、それだけで足が重くなってしまった。
分かっているなら、こんなことをしなきゃいい。
その指摘はごもっとも。
だが、仕方ないのだ。
いつもの自分を保つためには、こうする他に道がないのだから……
「………?」
ふと違和感がして、シュルクは顔を上げる。
もうそろそろ、集会所に着く頃。
いつもはこの辺りに来ると人の声が聞こえてくるはずなのだが、今は何も聞こえてこない。
前方に見える集会所は、妙に静かだ。
何かがおかしい。
シュルクは極力足音をひそめ、いつも出入りしている表口からではなく、集会所の裏口から中へと入ることにした。
「今、ちょっと大丈夫ですか?」
食堂へと顔を出す前に、裏手のキッチンに回る。
「あ、シュルクさん。お帰りなさい。」
キッチンの中でフライパンを振っていたチェルは、シュルクの姿を見るとすぐに火を消した。
「なんか、やたらと静かだったからこっちに来たんですけど、何かあったんですか?」
「ああ、ルーウェルが来てるんでしょ。」
そう告げたチェルは、彼女らしくもない不愉快そうな顔をした。
「問題客ですか……」
なんとなく事情を察し、シュルクは渋い顔をする。
「名前まで知ってるってことは、それなりによく来る客なんですね。」
「まあ、月に一回くらいは来るんじゃないかしら。ひどいもんよ。店の備品は勝手にいじるし、店の人間は召し使いだとでも思ってるのか、わがままを言いたい放題なの。」
「出入り禁止にすりゃいいでしょうに。」
「それができれば、苦労してないわ。」
チェルはいやいやと手を振り、物憂げな息を漏らす。
「ガガールの決まりでね、 リューリュー山への入山資格を持ってる人は、出入り禁止にできないんだよ。一応、国の中でも貴重な人材だからとか言って。」
「!!」
シュルクは瞠目する。
「じゃあ、そのルーウェルって奴は……」
「そ。救いようのないクズだけど、能力だけは一級なのよ。なんでも、最年少で入山資格を得たとかで、随分囃し立てられてたみたい。親も、蝶よ花よと甘やかすだけ甘やかして育てたみたいだから、世界は自分の思うようにしか回らないとか、子供みたいなことを本気で思ってるんじゃないかしら。偉けりゃ、なんでも許されるのかっての。」
相当不満が溜まっているのか、チェルの口からは面白いくらいにルーウェルに関する情報がぽんぽん出てくる。
とりあえず、ガガールにはガガールの事情というのがあるようだ。
セルカたちも宿泊客たちも、一時の辛抱だと思って耐え忍んでいるのだろう。
「―――いい加減にしなさいよ!!」
「…………うえぇ?」
突如として建物中に響いた声に驚いて、危うくこけるところだった。
「ま、まさか!?」
一瞬の動揺が過ぎ去った後は、豪速球の勢いで血の気が引いていく。
慌ててキッチンを飛び出したシュルクは、食堂に繋がるドアに張りつくと、その向こう側に意識を集中させた。
「ここは、あなたの所有物じゃないわ!」
鼓膜を叩いた怒号は、紛れもなくフィオリアのもの。
(あの馬鹿ーっ!!)
シュルクは思わず顔を覆う。
ちょっと待ってくれ。
お前は間違っても、自分から喧嘩を売りに行くキャラじゃなかったはずだよな!?
何を突然勇んで立ち向かいに行ってんだよ!!
怒鳴りたい衝動を必死にやり過ごしている間にも、ドア一枚向こうの修羅場は続く。
「ああ? お前、なんだよ? 別に何をやったって、オレの勝手だろ。オレは偉いんだからな。」
想像を裏切らない横柄な口調だ。
おそらく、件のルーウェルだろう。
「偉いから何? 偉いことと常識を無視することは関係ないでしょ。偉いって自覚があるなら、それを笠に着るんじゃなくて、周囲に尊敬される人になりなさい。」
あー、なるほど。
ようは、権力者としてのお怒りに触れてしまったのか。
そりゃあ、お前より偉い奴なんて王様くらいだもんな。
そこにいる奴がいくら偉いって言ったって、大したことないよな。
普通に意見できちゃうよな、まったく!
「……んだよ、偉そうに。」
「あなたに言われたくないわ。」
あああああ…っ
頼むから、両方ともそれ以上口を開かないでくれ。
下手すれば、とんでもないカミングアウトの瞬間を見るはめになってしまう。
焦ったシュルクは、頭をフル回転させる。
さて、この場を収めるにはどうするべきか。
チェルの態度を見る限り、治安部があてになるとは思えない。
どうせ軽く注意して終わりで、根本的な解決にはならないのだろう。
セルカたちがあえて黙っているのは、他の宿泊客たちに余計な被害が出ないようにと配慮した結果と見て間違いないと思う。
そう推測するなら、ルーウェルは場合によって暴力的な手段に訴えるタイプなのかもしれない。
これは、なに食わぬ顔で帰ってきたふりをして、フィオリアをなだめながらヒートアップしている空気を落ち着けるべきか。
そんなことを考えていると……
「きゃっ…」
事態はまた、別の方向へと転がった。
「へぇ…。よく見れば、可愛いじゃん。」
ルーウェルが笑う。
「は、離して!」
「オレ、気の強い女って結構好みなんだよね。大人しくしててやるから、ちょっとオレの相手してよ。」
「いや!!」
「ちょっと!! さすがに、他のお客さんに手を出すのは―――」
見るに見かねたセルカが声を荒げたその瞬間、それよりも大きな音が室内に響いた。
この数週間でもはや日課になっている流れを踏みながら、シュルクは深々と溜め息をついた。
どうせ帰ったら、機嫌を損ねたセルカに「フィオリアちゃんに謝りなさい。」と、しつこく言われるのだろう。
向こうが諦めるのにかかる時間は、小一時間といったところだろうか。
無論謝るつもりは毛頭もないのだが、自分でも大人げない態度と取っていると自覚している手前、セルカをかわすのにはかなりの気力を使う。
特に今日は、滅多に込み入った話をしてこないランディアにまであんなことを言われてしまっているのだ。
セルカだけではなくランディアまでかわさなければならないと思うと、それだけで足が重くなってしまった。
分かっているなら、こんなことをしなきゃいい。
その指摘はごもっとも。
だが、仕方ないのだ。
いつもの自分を保つためには、こうする他に道がないのだから……
「………?」
ふと違和感がして、シュルクは顔を上げる。
もうそろそろ、集会所に着く頃。
いつもはこの辺りに来ると人の声が聞こえてくるはずなのだが、今は何も聞こえてこない。
前方に見える集会所は、妙に静かだ。
何かがおかしい。
シュルクは極力足音をひそめ、いつも出入りしている表口からではなく、集会所の裏口から中へと入ることにした。
「今、ちょっと大丈夫ですか?」
食堂へと顔を出す前に、裏手のキッチンに回る。
「あ、シュルクさん。お帰りなさい。」
キッチンの中でフライパンを振っていたチェルは、シュルクの姿を見るとすぐに火を消した。
「なんか、やたらと静かだったからこっちに来たんですけど、何かあったんですか?」
「ああ、ルーウェルが来てるんでしょ。」
そう告げたチェルは、彼女らしくもない不愉快そうな顔をした。
「問題客ですか……」
なんとなく事情を察し、シュルクは渋い顔をする。
「名前まで知ってるってことは、それなりによく来る客なんですね。」
「まあ、月に一回くらいは来るんじゃないかしら。ひどいもんよ。店の備品は勝手にいじるし、店の人間は召し使いだとでも思ってるのか、わがままを言いたい放題なの。」
「出入り禁止にすりゃいいでしょうに。」
「それができれば、苦労してないわ。」
チェルはいやいやと手を振り、物憂げな息を漏らす。
「ガガールの決まりでね、 リューリュー山への入山資格を持ってる人は、出入り禁止にできないんだよ。一応、国の中でも貴重な人材だからとか言って。」
「!!」
シュルクは瞠目する。
「じゃあ、そのルーウェルって奴は……」
「そ。救いようのないクズだけど、能力だけは一級なのよ。なんでも、最年少で入山資格を得たとかで、随分囃し立てられてたみたい。親も、蝶よ花よと甘やかすだけ甘やかして育てたみたいだから、世界は自分の思うようにしか回らないとか、子供みたいなことを本気で思ってるんじゃないかしら。偉けりゃ、なんでも許されるのかっての。」
相当不満が溜まっているのか、チェルの口からは面白いくらいにルーウェルに関する情報がぽんぽん出てくる。
とりあえず、ガガールにはガガールの事情というのがあるようだ。
セルカたちも宿泊客たちも、一時の辛抱だと思って耐え忍んでいるのだろう。
「―――いい加減にしなさいよ!!」
「…………うえぇ?」
突如として建物中に響いた声に驚いて、危うくこけるところだった。
「ま、まさか!?」
一瞬の動揺が過ぎ去った後は、豪速球の勢いで血の気が引いていく。
慌ててキッチンを飛び出したシュルクは、食堂に繋がるドアに張りつくと、その向こう側に意識を集中させた。
「ここは、あなたの所有物じゃないわ!」
鼓膜を叩いた怒号は、紛れもなくフィオリアのもの。
(あの馬鹿ーっ!!)
シュルクは思わず顔を覆う。
ちょっと待ってくれ。
お前は間違っても、自分から喧嘩を売りに行くキャラじゃなかったはずだよな!?
何を突然勇んで立ち向かいに行ってんだよ!!
怒鳴りたい衝動を必死にやり過ごしている間にも、ドア一枚向こうの修羅場は続く。
「ああ? お前、なんだよ? 別に何をやったって、オレの勝手だろ。オレは偉いんだからな。」
想像を裏切らない横柄な口調だ。
おそらく、件のルーウェルだろう。
「偉いから何? 偉いことと常識を無視することは関係ないでしょ。偉いって自覚があるなら、それを笠に着るんじゃなくて、周囲に尊敬される人になりなさい。」
あー、なるほど。
ようは、権力者としてのお怒りに触れてしまったのか。
そりゃあ、お前より偉い奴なんて王様くらいだもんな。
そこにいる奴がいくら偉いって言ったって、大したことないよな。
普通に意見できちゃうよな、まったく!
「……んだよ、偉そうに。」
「あなたに言われたくないわ。」
あああああ…っ
頼むから、両方ともそれ以上口を開かないでくれ。
下手すれば、とんでもないカミングアウトの瞬間を見るはめになってしまう。
焦ったシュルクは、頭をフル回転させる。
さて、この場を収めるにはどうするべきか。
チェルの態度を見る限り、治安部があてになるとは思えない。
どうせ軽く注意して終わりで、根本的な解決にはならないのだろう。
セルカたちがあえて黙っているのは、他の宿泊客たちに余計な被害が出ないようにと配慮した結果と見て間違いないと思う。
そう推測するなら、ルーウェルは場合によって暴力的な手段に訴えるタイプなのかもしれない。
これは、なに食わぬ顔で帰ってきたふりをして、フィオリアをなだめながらヒートアップしている空気を落ち着けるべきか。
そんなことを考えていると……
「きゃっ…」
事態はまた、別の方向へと転がった。
「へぇ…。よく見れば、可愛いじゃん。」
ルーウェルが笑う。
「は、離して!」
「オレ、気の強い女って結構好みなんだよね。大人しくしててやるから、ちょっとオレの相手してよ。」
「いや!!」
「ちょっと!! さすがに、他のお客さんに手を出すのは―――」
見るに見かねたセルカが声を荒げたその瞬間、それよりも大きな音が室内に響いた。
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