Fairy Song

時雨青葉

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第8歩目 山中にて待つ者

この場所は―――

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 納得がいかない。


 フィオリアは、眉間にしわを寄せて頬を膨らませていた。


 事の発端は、たまたま他の客からある話を聞いたこと。
 それからずっと、胸の中に不快感がくすぶっている。


「ねえ、シュルク。」


 その原因を作った彼を呼ぶ。


「なんだよ?」


 誰もいなくなった食堂の机を拭きながら、シュルクは意識半分で生返事をする。


「今日、ルーウェルさんと一緒に山に行ったって本当?」
「………っ」


 訊ねた瞬間、シュルクの肩が大袈裟なほどに震えたの分かった。


「やっぱりそうなんだ!」


 答えは、彼の口から直接聞くまでもない。


「なんで置いていっちゃうの? 今日は私がセルカさんと買い出しに行ってて、集会所に遅くまで帰ってこないって知ってたくせに!」


「いや、その……」


「いつの間に、そんなにルーウェルさんと仲良くなってたわけ?」


「ち、違うからな!? それだけは誤解してくれるな!?」


 途端にシュルクがこちらを振り向いて、がっしりと肩を掴んで揺さぶってきた。


「仕方なかったんだって! ランディアさんが行ってこいって言ったんだよ! なんかあいつもやる気満々だったし、スルーもできない雰囲気だったんだって!! 山にいる間、あいつとずっと一対一だぞ? どんだけ疲れたと思ってんだよ!! 誰が好き好んで、あいつと二人だけの状況なんか作るか!!」


 その時のことを思い出しただけでも疲れるのか、シュルクはそこまでまくし立てると、盛大な溜め息をついた。


 確かに、シュルクの顔には相当の疲れが見て取れるし、彼が今言ったことにも嘘はないのだろう。


 だが。


「でも、また行くんでしょう?」
「うっ…」


 確信を持って訊ねると、シュルクは言葉をつまらせて息を飲んだ。


「まあ……疲れるとはいえ、せっかく山に入れるチャンスだし、今日入った感じかなり広い山だったし……規制緩和された時間だけで調べきれるとも限らないし…。今のうちに、潰せるところは潰した方がいいと思うし…。あいつはうざいけど……うざいけど…っ」


 本当にルーウェルのことが嫌い……というか、苦手なのだろう。


 シュルクの態度には、かなりの葛藤かっとうが表れているように見えた。


「つまり、行くんだよね?」
「……まあ、な。」


 念を押して訊ねると、シュルクは渋々頷いた。


 彼がそういう判断をしたということは―――


「やっぱり、ここは当たりってことなのね。」
「そうだな。そう見て間違いないと思う。」


 質問の意味を正確に受け取ったシュルクが、あっという間に表情を引き締める。


「この運命石があった湖と一緒だな。山の中は、やたらと霊子の動きが活発だった。もしこれに霊子を引き寄せる性質があるんだとしたら、霊子がより活発な方に行けば、次の欠片かけらを見つけられる可能性は高いと思う。」


 腕を組み、思案げにうなるシュルク。


 やはり、彼の目に見えている世界は他のそれとは違うのだ。
 そう実感する瞬間だった。


 めぐの先祖返りという事情を隠されて育ってきたシュルクは、確かに文献で読んだ恵み子の特徴と一致する挙動が多かった。


 霊子の気配には誰よりも敏感で、大抵の場合は霊神召喚が完成するよりも前に、霊子が何を形作ろうとしているのかが分かるらしい。


 以前の騒動で思う存分力を使ってコツを掴んだのか、霊神召喚をキャンセルさせるのも大した労力ではないと言っていた。


 ただ、無条件で近寄ってくる霊子を大人しくさせる方法は見つかっていないらしく、今でもシュルクはウィールのまじないが込められたチョーカーを常に身に着けている。


 本当にすごい人だな。
 そんなことを思いながら、フィオリアはシュルクを見つめる。


 シュルクの瞳には、迷いも絶望もない。


 本当のことを胸の内にしまいこんだまま、周囲には筋違いな悪意をぶつけられ、本当に苦労ばかりの日々を過ごしてきただろうシュルク。


 その上今度は自分に巻き込まれて国を出るはめになったというのに、彼は誰のことも恨んではいないのだと言う。


 事実、旅に出てから今まで、自分は彼に責められたことなんて一度もなかった。


 自分が持って生まれたものを受け入れて、それを誰の責任にもせずに生きること。


 自分はそんな生き方の入り口に立ったばかりだけど、この生き方が生半可な強さじゃ貫けないものだというのは、今の時点ですでに身にみるほど知っている。


 どうして私が、こんなに苦しまなきゃいけないの?
 こんな重荷なんて、背負いたくなかったのに。


 どうしようもなくそう思って惨めになってしまった時、彼はどうやってそのつらさを乗り越えてきたのだろう。


 聞いてみたいような。
 やっぱり、聞きたくないような。


 胸の中にもやもやとした気持ちが広がりかけて、フィオリアは羽織っていた肩かけをぎゅっと握った。


 強くならなきゃ。
 自分自身に言い聞かせ、下がりそうになる眉を意地でこらえる。


「潰せるところは潰すって言ってたけど、時間がかかりそうなの?」


 これ以上、気持ちが弱る前に。
 そう思って、シュルクに次の質問をぶつける。


「そうだな。ルーウェルいわく、その日の風向きによってガスの濃度が変わるから、どこまで進めるのか、どこが安全なのかは、いざ山に入ってみないと分からないらしい。少なくとも、二日三日で終わるもんじゃないだろうな。」


「どこに運命石があるのか、全然分からない感じ?」


「いや、ある程度の見当はついた。」


 シュルクは迷う素振りもなく、そう断言した。


「ただ、万が一ってこともあるから、時間が許す限りで他は潰しておきたいな。可能性は高くしておくに限る。」


「じゃあ、次は私も―――」


「だめだ。」


 同行の申し出は、残酷なほどに即で斬って捨てられてしまった。


「な、なんで!?」
「なんでって、お前なあ……」


 そんなことも分からないのか。
 呆れたように息をつくシュルクの顔が、そう語っていた。


「霊子がより活発な方向を辿るって言ったろ? お前、霊子の濃度とか分かるのか?」


「そ、それは……」


「それに、俺は他を当たるんじゃなくて、他を潰すって言っただろ。最初から、確実な収穫があるなんて思ってないんだよ。そんな期待の欠片かけらもない調査にお前を連れてっても、足手まといになるだけだ。自分の体力を考えろ。」


「………」


 反論の余地もない。
 フィオリアは頭を下げて、床を見つめる。


 ……何を浮かれていたんだろう。


 にべもなくシュルクに正論を突きつけられて、忘れかけていた現実を思い知る。


 彼の言うとおりだ。
 自分が彼についていったところで、彼の役になんか立てないのに。


 一緒に旅をしているんだから、彼の行くところには、当然のようについていけるんだって思っていた。


 ―――でも、違うんだ。


 だって、自分たちは目的が同じだから一緒にいるだけ。
 自分はともかく、彼が自分を受け入れてくれたわけではないのだから……


「あとさ。」


 ふとシュルクが動く気配を見せたのは、その時のことだった。

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