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第12歩目 海を臨む街
ヨルからの無茶ぶり
しおりを挟む「ど、どどどどど、どうしよう……」
広い応接室に通され、フィオリアは出された紅茶に手をつけないまま、ぐるぐると目を回していた。
「お前の方が狼狽えてどうすんだよ。」
フィオリアの隣で呆れた顔をするシュルクは、彼女とは対照的に落ち着き払った様子でのんびりと紅茶を啜る。
ムーシャンでヨルにもらった紹介状をフィオリアに見せてからというもの、彼女は常にこんな調子だ。
度々緊張と不安で狂ったように騒ぎ立て、かと思えば胃を押さえて気持ち悪いと言い出し、移動中は心配で一切目を離せなかった。
フィオリアが言うには、紹介状の宛名になっているカイム家とは、イストリアの中でも三本の指に入るほどの権力者なのだという。
教育方面に対して深い関心を寄せており、カイム家から王室に教師が派遣されることもしばしば。
国内外含めて、多方面からの信頼が厚い人物だということらしい。
そんな大物相手に、無礼など許されない。
フィオリアはそう言って、顔を真っ青にするのだ。
移動中も相当うるさかったというのに、こうして実際にカイム邸の中に通されてからは、念仏のようにずっと「どうしよう」と繰り返している。
「ううう…。逆に、なんでシュルクはそんなに平然としてるのよ~。」
フィオリアは涙目でシュルクの腕にしがみつく。
「なんでって……俺が働いてた集会所、ああ見えても権力者御用達だぞ。お偉いさんの相手なんて、あれで慣れたわ。」
「私には、慣れることなんてできないよぉ……」
「だああぁ! 情けないこと言うんじゃねぇよ!! 大丈夫だから!」
シュルクは怒鳴り、フィオリアの額を思い切り弾いた。
「カイム家の当主がお前の言うとおりの人なら、多少の無礼くらい笑って見逃してくれるよ。本当に慕われる人っていうのは、心の広さにも定評があるもんだ。」
というか、お前の方が偉いんだから、無礼を気にするのは相手の方だろうが。
むしろ、どうしてお前はそんなに戦々恐々としてるんだ?
そう思いはしても、絶賛パニック中のフィオリアには何を説いても通じまい。
そんな自分の想像は外れることなく、フィオリアはこちらの言葉を聞いても、弱気な姿勢のままだった。
「で、でもぉ……」
「まったく、しょうがねぇな。」
シュルクは肩を落とす。
「そんなに不安なら、お前は基本的に黙ってろ。無理して話をしようとしなくても、俺が全部話を進めてやるから。」
このままではフィオリアが緊張のあまりに暴走しそうなので、シュルクは彼女の肩を掴んで、できる限り優しく言い聞かせた。
お前、本当に城ではまともだったんだろうな?
そんな疑念を胸に抱きながらではあったが。
すると―――
「いやはや、お見事。」
ふと遠くから、拍手の音が聞こえた。
ごく自然に、音の方向を振り返る。
そこでは、ふくよかな初老の男性がにこやかな表情で手を叩いていた。
「実に頼りがいのある子だ。男たるもの、そうやって女性を守るのがあるべき姿。気に入った。さすがはあのヨルが目をかけるだけのことはある。」
「ア、アジェール様!! いつの間に…っ」
突然現れた家主の姿に、ちょっと落ち着き始めていたフィオリアが声を裏返す。
「まあまあ、とりあえずリラックスしなさいな。身分としてはあなたの方が上なのですから、そこまでかしこまる必要もないのですよ。フィオリア殿下。」
アジェールは悪戯っぽい仕草で片目をつぶった。
それに驚くフィオリアに対して、シュルクは落ち着き払ったまま。
ヨルからの紹介なのだから、当然フィオリアのことについては書かれているだろう。
だから、そこまで気にするなと何度も言ったのだ。
立ち上がろうとしたこちらを優しく手で制しながら向かいのソファーに腰かけるアジェールを、シュルクはしげしげと観察する。
「さて、紹介状にはひととおり目を通しました。なんでも、あなた方は将来安定的に国を治めるため、フィオリア様が好きな詩にまつわる地を巡りながら見聞を広げておられるのだとか?」
なんだそれ?
いきなりツッコミどころが満載だったが、すぐにヨルがそういう建前で自分たちを紹介したのだと悟る。
「いえ、そんな大袈裟なことではないですよ。詩にまつわる各地を回っているのは確かですけど。」
自分と同じように目をしばたたかせたフィオリアが馬鹿正直に〝違う〟という前に、シュルクは先手を取ってそう答えた。
「そうですか。ちなみに、ヨルが詩に対するあなたの考察の着目点を非常に褒めていましたよ。城に戻ってきたら、ぜひ自分の研究を手伝ってほしいものだと。」
「は、はあ…。そこまで大したことを言ったつもりはないんですけど……」
「またまた謙遜を。よければ、この老いぼれにもあなたの考察とやらを聞かせてもらえないかね?」
「えっ!?」
シュルクは頬を引きつらせる。
ヨルの奴め。
こんな展開になるような建前を作ったのなら、先にそのことを教えておけ。
何も準備してきていないではないか。
(あの真っ黒野郎、今度会ったらただじゃおかねぇ…っ)
心の中だけで拳を作りながら、シュルクは瞬時に頭をフル回転。
今まで巡った場所の特徴。
ムーシャンでのヨルとのやり取りや、リリアがヨルについて語っていたこと。
そして、今アジェールから聞いたヨルの自分に対する評価。
全ての記憶を総動員し、ヨルだったら自分のことをどう評価するのかを推測。
「実は……」
腹をくくり、シュルクはアジェールと向かい合った。
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