Fairy Song

時雨青葉

文字の大きさ
140 / 257
第14歩目 ぶつかり合う感情

甘いひと時

しおりを挟む
 シュルクからの意外な回答。
 それに驚いてしまったせいで、彼を逃がすまいと力を込めていた手が緩んでしまった。


「私に…?」
「そうだよ。」


 一度話し始めたら諦めもついたのか、シュルクは肩を落として先を続けた。


「あの人は、ちょっと前までのお前みたいだ。自分はヒンスさんに嫌われてるんだって、本人に問いただしてもないのに、自分でそう決めつけてる。それに……」


 目を伏せたシュルクの顔に、隠しきれない嫌悪感が揺れる。


「一歩間違えてたら、俺もお前をあんな風にしてたんだろう。そんなもんを見せられて、それでも他人事って割り切れるほど、俺は器用じゃないんだよ。ヒンスさんを見てても、ミシェリアさんを見てても、自分にムカついて我慢ならないんだ。自分が間違い続けてたら、こうなってたかもしれない。そんな最悪な〝もしも〟なんて、見たくないだろ。胸くそ悪い。」


「だから、ミシェリアさんを構ってあげてたの?」


「ほとんど意識してなかったけど、多分そういうこと。お前と似てるってだけでここまで他人に甘くなるなんて、俺も初めて知ったよ。」


 参ったな、と。
 シュルクは髪の毛を掻き回す。


 ミシェリアが自分に似ていたから、放っておけなかった。
 シュルクはそう語った。


 それはつまり、ミシェリアが自分と似ていなかったら、彼女のことは気にならなかったということ?


 じゃあシュルクは結局、ミシェリアを通して自分を見ていたということなのだろうか。


 心臓がどきりと跳ねる。


 これは、自惚うぬぼれてもいいのだろうか。


 シュルクの態度の決め手になるくらい、自分が彼にとって大きな存在になっているのだと。


「シュルク。」
「……なんだよ。」


 シュルクは顔を赤らめたまま、目を合わせてくれない。


 黙ってシュルクを見つめていると、その無言のがつらいのか、彼は本の隣に置いてあった紅茶をちょっとずつ飲み始めた。


 そうやって顔を赤くする理由は、こちらが都合のいいように解釈をしてもいいのだろうか。


(ちょっとくらい、いいよね…?)


 遠慮しなくてもいいと言ったのはシュルクだ。
 ならば、何を躊躇ためらう必要がある。


 フィオリアはシュルクの腕を掴み直して、再び口を開いた。


「―――キスして。」
「ぶっ!?」


 その瞬間、シュルクが盛大に紅茶を噴き出す。


 よほど驚愕したらしく、むせたシュルクは机に突っ伏して、ごほごほと咳き込んでしまった。


「なっ……ななななななんで!?」


 先ほどとは比べ物にならないほどに赤面するシュルク。


「なんでって、してほしいって思ったんだもん。」
「いやいやいや! 落ち着け!!」


「うん、シュルクがね。私は落ち着いてる。」
「いや、だから!」


「だって、不安なんだもん!!」


 焦るシュルクを遮り、フィオリアは思いの丈を込めて叫んだ。


「シュルクがミシェリアさんに優しい理由は分かった。シュルクはなんだかんだで優しいから、今後も多分そういうことあるんだろうなって、それも想像できる。それはいいの。シュルクのことは信じてるから。でも……不安なの。だって……だって……」


 じんわりと、灰色の瞳に涙が浮かぶ。


「シュルク……一度も、私のことが好きだって言ってくれない…。嫌われてないけど、好かれてもいないってことなら、今はそれでいいの。でもね……シュルクのことを一番好きなのは私なの。シュルクの一番近くにいるのは、私じゃなきゃ嫌なんだもん。」


 ずっと、胸と頭がもやもやしている。
 みにく嫉妬しっとだと言われれば、そうなのかもしれない。


 でも、嫌なものは嫌だ。


 誰と出会っても、何が起こっても、シュルクの傍にいるのは自分でありたい。
 もっと欲を言えば、シュルクの一番は自分でありたいのだ。


「………」


 シュルクは虚を突かれたように、言葉を失っている。


 もしかして、呆れられただろうか。
 それとも、困らせているだろうか。


 そう思うと、不安が津波のように襲ってくる。


 嫌だ。
 今は受け入れてほしい。


 彼のことが好きすぎて、自分じゃどうしようもないくらいに彼が大好きで。
 だからこそ、不安で不安で仕方なくて……


(お願い。……今は、嫌だなんて言わないで。)


 そう、切に願った。
 するとその時、なんの前触れもなく体を引かれた。


 驚く間もなくシュルクの温かい胸に引き寄せられ、痛いくらいにきつく抱き締められる。


「―――悪い。」


 耳元で、聞き心地のいい声が囁く。


「今は、これで我慢して。」
「え…?」
「ほんと勘弁して。」


 自分を抱いたまま、シュルクは途方に暮れたように溜め息をついた。


「普段は大口を叩きまくってるけどさ……なんだかんだで、結局は俺も、余裕がないただのガキなわけよ。頼むから、こんなとこで一線を越えさせないでくれ。」


「えっと……どういう……」


「分からんなら分からんでよろしい。」


 困惑したフィオリアに、シュルクはいやに早くそう切り返した。


「ただ、これだけはちゃんと言っとく。」


 彼がそう告げた瞬間、その腕にこもっていた力が強さを増した。




「心配しなくても、俺の一番近くにいるのはお前だから。」




 その言葉は静かに。
 それでいて、天地をひっくり返すように激しく。


 鼓膜を―――心を揺らした。


「約束する。この先何があっても、俺が一番に守るのはお前だ。それはお前を助けたあの時から一貫して変わってないし、変えるつもりもない。」


「………っ」


 フィオリアは、くしゃりと顔を歪めた。


 やっぱり、自分は単純だ。


 キスはしてもらえなかったけど、こうやって抱き締めてもらえた。
 嫉妬しっとしてわがままを言った自分を、優しく受け止めてもらえた。


 それだけで、もやもやとしていた不安があっけなく消えていく。


 一番に守るのはお前だ、なんて。
 そんなことを言ってもらえたら、嬉しくてたまらなくなるじゃないか。


「ふえぇ……」
「ああもう。まーた泣く……」


 情けない声をあげた自分に、シュルクはいつものように呆れた口調でそう言う。
 でも、彼は自分を突き放さないでくれた。


「仕方ねぇな…。泣きたいだけ泣けよ。」


 優しく髪をいてくれるシュルク。
 それはまるで、ぐずった子供をあやすような優しい手つきだった。


 シュルクは、こちらが追い詰められた時ほど、こうして優しくこちらを受け入れてくれる。


 旅に出てから、ずっとそうだ。


 大切にしていると、言葉以上に態度で語ってくれる。
 声に出して好きとは言ってくれないくせに、自分を捕まえて離してくれない。


 ずるい人だ。
 でも、そんな彼がやっぱり愛しい。


「ううう……シュルクの馬鹿ぁ……」


 なんだか悔しくて、特に意味もなく文句をぶつける。


「はいはい。」


 シュルクは苦笑しながら、頭をなでてくれるだけだ。


 この穏やかで幸せな時が、ずっと続いてくれればいいのに……


 甘い感覚に酔いながら、フィオリアはゆっくりと目を閉じた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...