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第15歩目 掴めない手
真夜中の訪問者
しおりを挟む本当に、この屋敷にいる限りは安息などないのかもしれない。
「………」
シュルクは目を丸くし、その訪問者と向かい合っていた。
「なんですの? その、珍獣でも見たような顔は。」
目の前に立っているミシェリアは、不思議そうに顔をしかめている。
「十分珍獣ですよ。今、何時だと思ってるんですか。」
外と時計を見てみろ。
フィオリアなんか、とっくに夢の中だ。
「あなたなら、どうせ起きてると思ったんですもの。これを届けに来たんです。明るいうちは、旦那様の目があるかもしれませんので。」
彼女が差し出してきたのは、数冊の本だ。
「ああ……どうも。」
シュルクは複雑そうにしながらも、それらを受け取った。
ミシェリアが気を利かせてくれているのは分かる。
分かるのだが、色々と方法が間違っている。
「ニコラさんとかに頼むって手はなかったんですか?」
「業務時間外ですわ。さすがに悪いです。それに、わたくしが運びたかったのです。少しでもお役に立てればと思って。」
「いや、その厚意はありがたいんですけど……」
さあ、どう説明すればいい?
何をどう伝えれば、彼女に自身の行動を振り返ってもらえるだろうか。
「そうだ。ついでに、この前置いていってしまった本を、返していただいてもよろしいかしら?」
「ああ、はいはい。」
頭が痛む悩みは置いておくことにして、今はとりあえず彼女の要望に応えて早々にお引き取りいただこう。
シュルクは一度部屋の中に引っ込み、机の上にあった本を取ってミシェリアの元に戻った。
これでミシェリアも満足するだろうと思ったのだが、本を受け取った彼女は、何故か物言いたげな視線をこちらに向けてくる。
「……何か?」
訊ねると、ミシェリアはまるで恥ずかしがるかのように本の後ろに顔を隠してしまった。
「あの……この間のことがあったのに、何を言ってるのかって思われるかもしれないのですが……」
そんな、嫌な予感を煽ってくる前置きはやめてくれ。
現実逃避からそんなことを願ったが、所詮それは虚しい願いでしかなく……
「少しだけでいいので……お話、いいですか?」
「だからぁ……」
シュルクは頭を抱えた。
「何なんですか。あなたといいあいつといい、距離感測るの下手くそなんですか? 誤解されるの大歓迎ってか?」
「すみません……」
フィオリアとは違って、こちらの危惧するところが理解できるようだ。
ミシェリアが、しょんぼりと眉を下げた。
「あなたに迷惑をかけるってことは、十分承知しておりますわ。でも……」
ミシェリアの瞳に、切ない色が揺れる。
まるで、ご主人に構ってもらえなくて寂しがる子犬みたいだ。
ヒンスやニコラには決して見せないこの態度に、自分はどう対処するのが穏便だろうか。
これではまるで、自分が彼女にとって唯一の拠り所のようではないか。
(……いや。実際に、そうなっちまってるのか。)
周りの本当の気持ちはともかく、彼女は自分が周囲に軽蔑されるのが普通だと思っている。
ヒンスがちゃんとフォローをしてこなかったせいで、その認識は彼女の価値観をひどく歪めていることだろう。
自分と出会ったことは、そんな彼女に大きな意味をもたらした。
奴隷である自身を否定されず、そして身分もそこまで気にしなくていられる―――自身がそう感じられる初めての相手が、自分だった。
だから、どうしてもすがってしまう。
それはきっと、異性として好きかどうか、下手すれば個人として好きかどうかなんて関係ないのだ。
特殊であることを受け入れてもらえるのは、それほどに嬉しいことだから……
彼女が自分に対して持つ感情は、自分がルルンやザキたちに抱くそれと同じようなものなのかもしれない。
「―――参りました。分かりましたよ。」
こんなことを知られたら、またフィオリアに怒られるんだろうけど。
やはり自分は、フィオリアと被る彼女を放っておけない。
もはや、諸手を挙げるしかないシュルクだった。
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