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第15歩目 掴めない手
希望は、脆くも崩れ去って―――
しおりを挟む「俺以外は、絶対に橋に入らないでくださいよ。」
自分以外の全員を橋から離れた位置に待機させ、シュルクは一人で橋の中へと入っていった。
心配するフィオリアに、危険なことはしないからと再三約束していたシュルクだが、やはり少しは心配が残るというもの。
ミシェリアはきゅっと両手を握って、不安げな瞳でシュルクを見つめていた。
今朝からは、一度も彼と言葉を交わしていない。
シュルクが声をかけてこなかったこともあるが、ヒンスが自分とシュルクの話を邪魔するように立ち塞がっているのが大きかった。
今までとは違うものが見られると、昨日のシュルクは語った。
確かに今日のヒンスは、いつもとは違ってかなり行動的だ。
口には出さないものの、シュルクに対して非常に苛立っているらしい。
それはシュルクが言ったとおり、彼がシュルクに対して嫉妬しているからなのだろうか。
(わたくしは……あなたを信じてみてもいいのかしら…?)
ヒンスにきつい物言いをしたシュルクは、それとは対照的な笑顔を自分にくれた。
そんな彼を少し信じてみても―――ヒンスに期待しても、いいのだろうか?
「随分と、彼のことが心配なんだな。」
「え…?」
最初はそれが、自分に向けてかけられた言葉だとは認識できなかった。
隣を見ると、ヒンスは苛立ちと焦りが混ぜ合わされたような、複雑極まりない表情をしている。
「いけませんか? シュルクさんは、親身になって話を聞いてくれましたもの。お世話になった分、情も湧きますわ。」
それは、偽りのない本当の気持ちだ。
シュルクにもフィオリアにも、かなり迷惑をかけた。
でも、彼らは時に厳しい言葉を突きつけながらも、決して自分を見放さなかった。
奴隷だった自分と同じ目線で話をして、怒って、笑ってくれたのだ。
ヒンスともニコラたちとも違った意味で、彼らのことは大好きだ。
「………」
ヒンスは面白くなさそうに顔をしかめている。
珍しいことだ。
あの彼が、ここまで露骨に不愉快そうな顔をするのも。
「最近の旦那様、少し変でしてよ。わたくしには、旦那様がシュルクさんを目の敵にする理由が分かりませんわ。」
ちょっとした強がりと、それを遥かに上回る期待。
シュルクの名前を出すと、ヒンスはより一層顔を歪めた。
「……何が望みなんだ。」
ヒンスは極力苛立ちを抑えた声で、そう問いかけてきた。
「何をどれだけ用意すれば、君はここにいることに納得できる。望みのものは全部用意するし、私に非があるというなら、それも改善する。彼とどんな約束をしたかは知らないが、君にここを去られるのは色んな意味で困る。」
「―――……」
言葉も出なかった。
彼に告げられた言葉は、ある意味においては、言われたくて仕方なかった言葉だった。
―――でも、違う。
その言葉は、そんな顔で言ってほしいものではないのに……
いつものように強がって、突っぱねてしまえばいい。
シュルクは、彼が自分のことを好きだと言った。
その言葉を信じて、もっと彼のことを困らせて、彼の本音を引き出そうとすればいい。
そう思ったのに―――なんだか、一気に疲れてしまった。
今ヒンスが浮かべている表情が、少し芽生えた期待を摘み取るほどにショックで。
期待したからこそ、余計に目の前には絶望が広がって。
(結局わたくしは、あなたのお荷物のまま。本当の意味であなたに必要としてもらうことなんて、できないのですね……)
すっと凪いだ心が、ずっと選択を躊躇っていた背中を押した。
「ヒンスさん! そんな即物的な言い方じゃ、何も伝わりませんよ!!」
フィオリアが目くじらを立てて、ヒンスに意見する。
「フィオリア様。いいのです。」
そんなフィオリアを止めて、ミシェリアは自分でも気付かないうちにうつむいていた顔を上げた。
「いいのです、もう。わたくしがいけなかったのです。……ありがとう。」
ミシェリアはフィオリアに向けて微笑み、その微笑みをヒンスへと向けた。
「旦那様。お心遣いはとても嬉しいですわ。でも……それは、そんな苦しそうなお顔で言うものではありませんわよ。ご無理をなさらないでくださいな。」
ミシェリアは笑みを深め、ゆっくりとヒンスへ手を伸ばした。
そして―――
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