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第21歩目 何を一番にするべきか
信じているからこそ
しおりを挟む「皆さん! 落ち着いて! 絶対に助かりますから! 声を出さないように、静かにこっちへ!!」
霊神の力で器用にツアー客だけに声を届けながら、フィオリアは忙しなく動いた。
隠密系の霊神を扱えるスタッフがいる。
添乗員の男性がそう言っていたものの、状況はあまり芳しくはなかった。
隠密という単語からも察せられるとおり、気配を隠したり周囲の何かに擬態する霊神というものは、他の霊神よりも安定性を求められる。
とはいえ、数十メートル先では激しい戦いが繰り広げられている状況だ。
使命感に駈られている自分や肝が据わっているシュルクは比較的冷静でも、唐突に身の危険にさらされることになった他の客たちは混乱の最中に叩き落とされていた。
いくら従業員たちが隠密系の霊神を扱えたとしても、そこに同行する客たちがパニックのままでは上手く姿を隠せない。
従業員たちに協力を申し出た後、フィオリアは混乱している客たちをなだめることに注力した。
そして、冷静さを取り戻した客から従業員に引き渡し、また次の客の元へ。
それと同時にカモフラージュとして、五台あったうちの二台の馬車がリドー方面へと発車。
目論見どおり、盗賊の半分ほどがその馬車を追ってこの場から離れてくれた。
(あともう少し……)
三十人ほどいたツアー客も、残すは数人。
先に誘導した人々を無事に避難所に送り届けてきた従業員の姿を何回か見たからか、残っている人々も徐々に落ち着いてきた。
あと一人でも従業員が戻ってこれば、この人たちを託して自分たちも避難に移れそうだ。
〈くそっ。舐めた真似をしやがって!!〉
その時、あまり聞き慣れない言語の怒鳴り声が遠くに聞こえた。
これはナナリア語。
そして、この場でこの言語を使っていたのは―――
ハッとそちらを仰ぎ見ると、先ほどカモフラージュの馬車を追った盗賊たちがこちらに戻ってくるところだった。
しかも、あちらも馬鹿ではないらしく、木々や岩場を利用してツアーの護衛たちの死角から姿を現したのである。
〈ちっ。残ってるのはこれだけかよ。〉
フィオリアたちを見つけた彼らは、つまらなそうに舌を打つ。
しかし、そんな不機嫌そうな表情も、次には獲物を吟味するような思案げなものへ。
〈まあ、収穫なしよりはマシか。今回は、かなりの上玉もいるみたいだしな。〉
先頭にいた男がまっすぐに見るのは、他の皆をかばうように両手を広げているフィオリア。
フィオリアを観察する男の目が、にやりと歪む。
〈おい。他の奴は後回しで構わねぇから、まずはあの銀髪の女を―――〉
男の指示は、最後まで続かない。
それよりも圧倒的に早く風を切った何かが、男の体を派手にぶっ飛ばしたからだ。
〈銀髪の女を……なんだって?〉
手加減なしで男を蹴り飛ばした上に、きっちりと盗賊たちと距離を取った場所に着地して、シュルクが底冷えするような気迫をバックに訊ねる。
すると―――
〔わあお! あんた、ペチカ語だけじゃなくて、ナナリア語もしゃべれるの? 普通に、通訳として欲しいんですけどー♪〕
この場にそぐわない明るさのティーン語が横槍に入る。
同時に、上空から放たれた矢が盗賊の一人を撃ち抜いた。
〔……なんのつもりだ?〕
〔いや、普通に助太刀だけど?〕
苦虫を噛み潰したような顔をするシュルクに笑って、ボウガンを手にしたラミアがその隣に舞い降りる。
〔安心しなさい。確かにこいつらは協力者だけど、味方ってわけじゃないのよ。〕
この場にティーン語が分かる人が自分とシュルク以外にいないと分かっているからか、ラミアは堂々とそんなことを宣う。
〔商品の移送用馬車を運んで、獲物を襲撃する役目を請け負う代わりに、あたしたちが商品を回収するまでに狩った獲物の所有権はもらってもいい……そういう契約でね。〕
〔下衆い契約だな。〕
〔んふふ。裏社会の契約なんて、破ることが前提みたいなものよ? とはいえ、あいつらに商品を横取りされたくはないから、ここはあたしたちもマジで戦うわけよ。〕
〔なるほどねぇ…。じゃ、今は俺の背後を取らないって誓えるのな?〕
〔もちろん。さっきの身のこなしを見れば、あんたを潰したら損をするだけだって明白だもの。それに……あたし、仲間になる予定の人と仲間になった人には、とびきり優しいのよ?〕
〔それを嘘だと言えないのが、複雑極まりないな。……ま、今だけは信じてやるよ。〕
そう告げたシュルクは、外套のボタンを外すと、脱いだそれを勢いよく後ろに放り投げた。
「フィオリア!」
身軽な服装で身構えながら、シュルクが自分を呼ぶ。
「お前が霊神を使って、その人たちを連れていけ! 今までスタッフたちが歩いていった方向に進めば、どこかで戻ってきたスタッフと合流できるだろ!!」
「で、でも…っ」
「少しでも多くの人たちを逃がしたい! それが、お前の選択じゃなかったか!?」
「―――っ」
つい先ほどの発言を繰り返されて、彼を心配したが故の躊躇いが引っ込んでしまう。
口をつぐんだ自分と目を合わせたシュルクは、真剣な眼差しでこう告げた。
「お前を信じてるからこそ、こうして任せてるんだ。その人たちをきちんと送り届けて、俺が戻るまでは無茶なことをするんじゃねぇぞ。」
翡翠色の双眸に込められたのは、言葉どおり強い信頼感。
それが嬉しくて、そして背中を強く押してくれる。
「―――分かった。絶対に、シュルクも戻ってきてね!」
「言われなくても! この程度の雑魚になんかやられるかよ!!」
自信満々に宣言したシュルクは、一切の名残惜しさも見せずに背中を向ける。
〔あら? 大事なお嬢様と離れてもいいの?〕
〔茶化すな。状況が状況だ。それに、仲間になる予定の奴には優しいんだろ?〕
〔そう言うってことは、交渉の結果には期待してていいのかしら?〕
〔さあな。それより、俺の背中を預かるからには足を引っ張るなよ?〕
〔うっわ、ものすんごい上から目線だこと。そう言うあんたはどうなのよ。〕
〔こちとら、十歳の時からしごきにしごかれてるんでね。余計な心配はやめとけよな!!〕
どこか好戦的に笑ったシュルクが、次の瞬間には目を瞠るスピードで敵陣に突っ込んでいく。
少しばかりラミアの動きが心配だったが、彼女は先ほどの発言を覆すことなく、敵を翻弄することとシュルクをフォローすることに力を注いでいた。
シュルクなら、きっと大丈夫。
彼が自分を信じてくれたように、自分も彼を信じて今に適した行動をしなければ。
「皆さん、今のうちに行きましょう。」
呼吸一つで意識を切り替えたフィオリアは、人々を見渡してそう告げた。
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