Fairy Song

時雨青葉

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第21歩目 何を一番にするべきか

急転直下の事態

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「うおっ!? なんだ!?」


 大きな振動に、シュルクが圧巻の素早さで飛び起きる。
 一瞬で目が覚めたのか、彼は即座に窓辺に寄ってカーテンを開いた。


 そして―――外にあった光景に、シュルクとフィオリアは揃って息を飲むことになる。


 一台残らず停車したツアーの馬車。


 その周囲は盗賊と思わしきやからに取り囲まれていて、ツアーに追従している護衛たちとすさまじい戦いを繰り広げていた。


「シュルクさん、フィオリアさん! お怪我はありませんか!?」


 次いで、乱暴に開く馬車の中扉。
 入ってきたのは、この馬車の添乗員を務める男性だ。


「すでにお分かりかと思いますが、賊に襲われています。護衛たちが応戦している間に、僕たちと一緒に避難を!!」


「避難…?」


「はい!」


 顔をしかめたシュルクに、男性は矢継ぎ早に言葉を連ねる。


「有事の際に備えて、ツアーで巡るルートの各所に避難所への隠し通路を設けているんです。外に隠密系の霊神を使えるスタッフが待機しているので、その方と一緒に避難所へ!」


「………」


 男性の説明を聞きながら、シュルクは思案げに手を口元にやる。


(よくできてんな……)


 最初に思い浮かんだことは、そんな感想。


 自分たちが乗っている馬車とは別に、盗賊が乗ってきたと思わしき馬車が見える。
 おそらく、捕らえた奴らを運ぶためのものだろう。


 ツアーの従業員もラミアの仲間だと仮定するなら、避難所=ラミアたちのアジトであることは明らか。


 となると、アジトで獲物を一網打尽にした後、それぞれの馬車に乗っていた人々を入れ替えるつもりか。


 このツアーの馬車以外にも、数多くの馬車がこの周辺を行き来しているのだ。
 どの馬車に誰が乗っていたかなんて、ほとんどの奴らが覚えていまい。


 乗客を仲間に入れ替えた状態でリドーに戻り、安全にツアーが終わったことを周囲にアピールしておけば、仮に行方不明者を誰かが捜しに来たとしても、ツアーの前後で消息を絶ったのではないかと言いのがれられるわけだ。


「この子たちは、あたしが誘導するわ。あんたは、他の客にも声をかけてきなさいな。」
「はい、ありがとうございます!」


 ラミアがそう言うと、男性は心なしかほっとした表情で頭を下げ、次の客の元へと向かう。


「今のところ上手く逃げられてるけど、時間の問題そうねぇ……」


 男性が足音が十分にとお退いたところで、ずっと窓の外を眺めていたラミアがくすりと笑った。


「助けたいなら、助けてあげたらいいんじゃない? どこまで通用するのかは分からないけどね。」


 次にラミアの目がとらえたのは、フィオリアの姿。
 明らかな挑発に、フィオリアはむっと奥歯を噛み締める。


「お前……煽るのもいい加減してくれ。」


 ただでさえ慌ただしいこの時に、喧嘩の仲裁なんかやってられない。
 面倒な予感を察知したシュルクは、すぐさま二人の間に入ったのだが……


「………」


 予想に反して、フィオリアはラミアに何も言わない。


 ここは聞き流すつもりなのかと思って彼女の様子をうかがうと、彼女はやけに静かな目で床を見つめていた。


 何やら、別の嫌な予感がする。


 そう思った矢先、フィオリアはくるりときびすを返して馬車の出入口に向かっていった。


「おい! 何するつもりだ!?」


 大慌てでフィオリアを呼び止めるシュルク。
 そんな彼にフィオリアが告げたのは―――


「シュルク……ごめんね。」


 周囲の喧騒に掻き消されてしまいそうな、小さな謝罪。


「……は?」


 謝られる理由が分からなくて、シュルクは危機感も忘れて大口を開ける。
 フィオリアは訥々とつとつと続けた。


「シュルクが言うとおりだった。私、自分の物差しでしか物事を見てなくて……シュルクならどんなことも完璧にこなせるって、勝手に大きすぎる期待をかけてた。シュルクは神様なんかじゃなくて……私や他の人と同じ、一人の人でしかないのにね。」


「………っ」


「それがシュルクをあんなに追い詰めてたことに、昨日まで全然気付いてなかったなんて……本当、馬鹿みたい。私が同じ立場だったら、絶対につらいもん。ちょっと考えれば、すぐに分かったはずなのに……」


「………」


 独白のようなフィオリアの話を聞いて、すぐに返せる言葉がなかった。


 寝不足や疲弊がたたって、止める余裕もなく吐き出してしまった本音の数々。
 それがフィオリアの胸にわだかまっていることは明らかだった。


 フィオリアをフォローしてやりたい気持ちは山々だけど、あの本音を疲れていたが故の戯言ざれごとだとは言いにくい。


 第一、そんなことを言ったところでフィオリアが納得するとも思えないし……


 何か気のいたことは言えないものかと悩むシュルクに構わず、フィオリアはさらに言葉を連ねる。


「これからは、シュルクに甘えて頼りっぱなしにならないように、私も自分にできる精一杯をやらなくちゃ。」


「ちょっ…!? だから、何する気なんだって!?」


 一度は引っ込んでいた危機感が舞い戻ってきて、シュルクはフィオリアの腕を捕まえる。


「大丈夫。あんな大人数を相手に戦おうとは思ってない。ただ……みんなの避難を手伝いたいの。少しでも多くの人たちが逃げられるように。」


「……つまり、他の奴らを先に避難させて、お前自身は最後に避難するってことだな?」


「だって、私にはシュルクが常に一緒にいてくれるでしょ?」


「当たり前だ。お前を守ることだけは、どんな時でも貫き通したいって言ったろ? それに、女に殿しんがりを任せて男が先に避難ってどうなんだよ。」


「うん。だから私も、安心してこういう選択ができるの。」


「へ…?」


 この回答にその返しは予想外。
 シュルクは思わず目を丸くしてしまう。




「私がみんなを守る分、そんな私をシュルクが守って? あなたが背中を守ってくれるなら―――私は、どこまでも強くなれるから。」




 綺麗な微笑みで放たれた、強い意志がこもった宣言。
 一瞬のうちにそれに飲み込まれて、彼女を止めるすべはないことを悟った。


「……お前には、勝てそうにないな。」


 ぽつりと呟いたシュルクは、次に大きく息を吐いて自分の髪を乱暴に掻き回した。


「正直、また一人で飛び出していかれたらどうしようかと思ったけど……俺を巻き込んでくれて、めっちゃ安心したわ。」


 この言葉だけで、フィオリアはこちらの答えを確信したようだ。
 純粋だった笑顔に、ほんのちょっぴり悪戯いたずらっぽい色が混じる。


「しゃあねぇ。後ろは任されてやるから、お前は納得できるまでやってみろ。ただ―――」


 そこまで言って、シュルクは少しばかりうれいを帯びた表情をする。


「こう言いたくはないけど、完璧な結果は求めるな。もしもこの後、お前が望まない結末になったとしても……それは、決してお前のせいじゃない。」


 必死に希望を掴もうとする彼女に、こんなことを言うのは気が引ける。
 この言葉を受けてもなお力強く頷く彼女を見ると、なおさらに。


(俺も……腹を決めなきゃなんないな。)


 とある決断を胸に、シュルクはひっそりとまぶたを閉じた。

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