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第22歩目 形に囚われない想い
希望をかけたゲーム
しおりを挟むラミアの合図を皮切りに、そこは恐怖と混乱の渦中に叩き落とされた。
ラミアたちの仲間に追いかけられて、自由に動ける人々が悲鳴をあげながら逃げ惑う。
いっそのこと一思いに捕まえてしまえばいいのに、彼らは人々を弄ぶように追いかけては、あえて少しの余裕を与える。
誰かが細道に向かえば阻止はするが、それ以上の行為には絶対に及ばないのである。
こんなの、まるで幼子と大人の鬼ごっこだ。
逃げられるチャンスをちらつかせつつも、そのチャンスを掴ませる気は毛頭もない。
そんないたぶるような時間が続くほど、人々の精神は確実に追い詰められていた。
(どうしよう…。どうすればいいの…?)
地獄のような光景を遠巻きに眺める形になっていたフィオリアは、必死に考えを巡らせる。
この中で知恵を絞る余裕があるのは自分だけ。
皆がラミアたちの手に落ちてしまう前に、この窮地を乗り切る妙案を捻り出さなければ。
ワーパリアを使って、数人だけでも外に逃がす?
でも、皆があんなに縦横無尽に走り回っていては、霊神の狙いを定められない。
座り込んでいる人なら外に送れるだろうけど、その人の傍には鎖に捕らわれた人がいる。
大事な人と引き裂かれてまで助けられて、その人は本当に浮かばれるの?
それに、この手が通用するのは一回限り。
その後はラミアたちに妨害されるのが目に見えている。
助かりたいのは誰だって同じなのに、その中から確実に助かる誰かを選ぶなんて……
そんな迷いと躊躇いが、ワーパリアを召還することを足踏みさせてしまう。
助けるなら、皆平等に。
そんな理想を前提にした時、自分が王族の権力を行使することも頭をよぎった。
国として管理している莫大な予算。
それを使えば、売買交渉という形で皆の自由を確保はできよう。
だけど、その代わりに犠牲になるものは何?
国のお金は、何十万という民の安寧を守るためにあるのだ。
ここにいる数十人を助けるために財源を動かせば、そのしわ寄せがもっと多くの人々を襲うだろう。
国を治める王族として叩き込まれた価値観が、この手に出ることも簡単には許してくれない。
どの方法を思いついても、どこかしらに致命的な穴がある。
それでも諦めきれなくて、頭をフル回転させていると……
「―――フィオリア、やめておけ。」
頭の中に、自分だけに聞こえる声が響いてきた。
ハッとして後ろを振り向くと、シュルクが鎖への抵抗を続けながらこちらを見つめている。
「お前が何を考えてるかは分かる。でも、身分なんか明かしてみろ。みんなを助けるどころか、お前が一番の人質になっちまうぞ。」
(でも……でも…っ)
嫌だ。
皆を見捨てたくない。
そんな思いから、フィオリアは涙目で首を振って、シュルクの諫言を拒絶してしまう。
すると、シュルクは切なそうに目を閉じる。
「残酷なことを言うようだけど……―――もう、手遅れなんだよ。」
その一言に込められたのは、深い悲しみだ。
「ここに入ってから分かったけど、霊子のざわめきと動きがおかしい。多分……最悪の予想が当たっちまった。」
(最悪の、予想…?)
シュルクの言葉に、反射的に口で反応しようとした瞬間―――
「この……どけっ!!」
これまでの悲鳴とは明らかに違う声が聞こえてくる。
そちらを見ると、男性客の一人がラミアたちの包囲網を体当たりで押し破ったところだった。
彼が駆ける先に、他の従業員はいない。
このまま、彼だけでも逃げ切れると思ったのだけど……
「―――止まりなさい。」
どこか甘さを帯びた妖艶な声が響くと同時に、何故か彼の体が動きを止める。
それは決して彼自身の意思ではないらしく、動かなくなった体を見下ろす彼はひどく動揺しているようだった。
「そのまま、ゆっくりと振り向いて。あたしの前でひざまずきなさい?」
次なる命令が飛ばされる。
これまた彼の体は本人の意思に関係なく動き、駆け抜けたはずの道を戻っていく。
「残念だったわね? あと少しで助かるって思っただろうけど……あんたたちはもう、見えない檻の中にいるのよ?」
地面に膝をついた男性を迎え入れるように両手を広げたラミアが、彼の頬をそっと一なで。
彼女の言葉と今の光景を見れば、真相は嫌でも察せられた。
霊神召喚という誰もが扱える攻撃や防御の手段がありながら、何故奴隷という身分が成り立つのか。
それはおそらく、主に逆らえなくなる効果を持った運命石への呪術が裏で横行しているからなのだろう。
つまり、奴隷商の奴らは標的を直接捕まえるよりも先に、標的の運命石に呪術を施すことを優先すると考えられる。
ツアーに出発する前に聞いた、シュルクの推測。
先ほどシュルクが告げた〝最悪の予想〟が、これのことなら……
「―――はっ。悪趣味な遊びだな。」
その時、心底軽蔑した声が洞窟内に響いて、魔法陣から漏れる光とは明らかに違う光が背後で爆発した。
「マジで胸くそ悪くなるから、やめてくれよ。」
皆の注目を浴びながら、シュルクがゆっくりと身を起こす。
その体に絡みついていた鎖が、瞬く間にぼろぼろと崩れて消えていく。
魔法陣よりまばゆい光に包まれた彼の手には―――必死の抵抗の末にもぎ取ったと思われるチョーカーが握られていた。
しばらくシュルクの様子を観察していたラミアは、やがて満足そうに口の端を吊り上げる。
「あら…。もしかして、霊神じゃなくて霊子そのものに拘束を破ってもらったの? さすが、絶滅種の返り咲きが使う手は常人の想像を簡単に超えていくわねぇ。」
「やっぱり、昨日の俺とフィオリアの話を盗み聞きしてやがったな? さっきの状況でも手を出してこないなんて、おかしいとは思ったんだよ。」
自分が恵み子の能力を持っていることがばれている、と。
シュルク自身も、その可能性にはとうに思い至っていたらしい。
辟易とした溜め息をつくシュルクには、これまでのように一般人を装って霊子を弾こうとする気はないようだった。
「……で? この茶番はさしずめ、俺に最終交渉を持ちかけるための前座ってところか?」
「ふふっ。察しのいい子も大歓迎よ?」
ラミアの回答を受けて、シュルクは渋い顔。
その後、彼は目の前に広がる惨状をじっくりと眺める。
沈黙の時間が十秒、二十秒。
「ここらが引き際、か……」
ぽつり、と。
フィオリアとラミアくらいにしか聞こえないほどに微かな声で、シュルクがそう呟いた。
「はああぁー……」
次に放たれたのは、本当に深い溜め息。
頭が痛そうに顔をしかめながら、粗雑に髪を掻き回したシュルクは―――
「あのさ、自分で言うのもなんだけど……俺、くそ有能なんだよ。この能力―――いくらで買うつもりだ?」
一瞬で表情を怜悧な無に染めて、ラミアにそう訊ねた。
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