Fairy Song

時雨青葉

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第25歩目 日だまりと水溜まり

あの時の日だまりを、再び―――

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 自分がめぐだと知ってからというもの、狂ったように霊子や霊神の知識を学んだ。


 外に出て暇を潰すことができない自分には、腐るほどの時間があった。
 そして、父さんの書斎には膨大な量の資料が掻き集められていた。


 時には父さんや母さんを。
 時にはザキやウィールを。


 自分の秘密を知る数少ない人を先生にして、一日でも早く外に出られる日を迎えられるように必死になった。


 あまりにも勉強に夢中になって夜更かしや徹夜ばかりするもんだから、何度書斎への出入りを禁止されたっけ。


 回数が多すぎて覚えてないや。
 

「シュルク。いい加減、ベッドに入りなさい。」
「うん。この本だけ読みきったら寝るよ。」


 他の子供なんて、とっくに夢の中に入っている時間。
 今日の見守り当番らしい母さんに言われて、自分は残り数十ページの本を示す。


「そう。でも、一時間後にまだ起きてるようなら、本は没収だからね。」
「分かってるって。」


 何度もそんなくだりを経験しているので、両親に怒られない絶妙なさじ加減は分かっているとも。


「そんなに心配するなって。ちょっとずつだけど、昔と違って色んなことが分かってきたんだ。今さらガキみたいに喚いたりしないし、聞き分けのないわがままも言わないよ。」


 そう。
 これは、自分にとっていいきざし。


 自分の体質を知って、たくさんのことを学んで、だんだんと視野が広がってきた。
 外に出ることを禁じられていたことも、仕方ないと思えるようになってきた。


 自分を守ろうとしてくれた人々をこれ以上困らせないためにも、これからは自分が強くならなければいけないんだ。


「……それはそれで、ちょっと寂しいわね。」


 いつものように部屋のドアを閉めて去るはずだった母さんが、それとは逆に部屋に入ってくる。


 自分の頭をそっとなでた母さんは、どこかうれいを帯びたような表情をしていた。


「あなたの成長は喜ばしいことだけど……時々、とても心配になるの。霊子を制御するために感情を抑え込んでいるあなたが、いつしか本当の心を忘れてしまわないかって。」


 この時、母さんがいだいていた懸念。


 当然ながらその言葉が何を意味するのか分からない自分は、母さんのうれいを笑い飛ばしてしまっていた。


「何言ってんだよ。俺、そんなに馬鹿じゃないし。自分のことなんか忘れるかよ。」
「その言葉、忘れるんじゃないわよ?」


 なんとも表現しがたい笑みを浮かべて、母さんは部屋を後にする。
 その後ろ姿が少しばかり気がかりだったけど、自分はすぐに本と向かい合った。


「……忘れるわけないよ。俺もみんなも幸せになれるように、こんな頑張ってるんだからさ。」


 本の隣に並べていたノートに触れて、小さく呟く。


 今さら嘆いて怒ったって、自分が普通じゃないことは変わらない。
 なら、特別を抱えたままでも普通に生きられるようなすべを探すしかない。


 いつか自分が、恵み子だとばれずに生活できるようになれば。
 あるいは、恵み子だとばれても問題ないほどに強く賢くなれれば。


 きっと、自分も両親たちも気楽に笑える。
 そして―――


(みんなのことも理解して……いつか、謝れるよな…?)


 そんな気持ちは、音になることもなく心の奥底へと溶けて―――




 ―――――馬鹿でやんの。




 そのまま机に突っ伏して眠った過去の自分を見下ろして、そう思う。


 何が〝自分のことなんか忘れるかよ〟だ。
 しっかりと忘れているじゃないか。


 ずっと教えてもらえなかった自分の秘密を教えてもらえた時、自分が普通じゃないことを確信して落ち込むと同時に、今までは見つけられなかった希望の一端を掴めたように思えた。


 数日は落胆の方が大きくて取り乱すこともあったけど、だんだんと霊子に対する罪悪感が芽生えてきて、あの時に見えた希望について真剣に考え始めた。


 その結果、霊子や霊神のことや恵み子のことを知り尽くす道を選んだ。


 自分もみんなも幸せになれるように。
 それは、今も胸にある想いなのだけど……


 ―――その〝みんな〟の中には、一時の感情で拒絶してしまった霊子も含まれていたんだって。


 そのことだけ、綺麗さっぱりと忘れてしまっていたようだ。


 ―――やっと思い出した。


 どこからともなく、たくさんの声がそう囁く。
 全身を包む光とぬくもりが、び付いていた感情の一部を溶かしていくよう。


 まるで、幸せだけを感じて笑っていた無垢な時に戻った気分だ。


「忘れてて悪かったよ。本当は、お前らと仲直りもしたくて始めた勉強だったのにな……」


 なんとなく霊子たちが抱き締めてくれているような気がして、光を抱くように手を掲げる。


「大嫌いなんて言ってごめんな。本当は、お前らが俺を守ろうとしてくれてただけなのは分かってたんだ。」


 自分が怒ったり泣いたりした時によりざわめいた霊子たち。
 彼らが自分を困らせようとして力を強くしたんじゃないことは、初めから知っていた。


 ―――大丈夫? 悲しいの?
 ―――あの人が悪いことをしたの?


 ―――やっつける?
 ―――君を悲しませる人から守ってあげる。


 きっと、霊子は恵み子以外の人々の声を認識できないのだろう。
 泣きわめく自分に、霊子たちはそう語りかけてきていた。


 このままじゃ、霊子たちが両親たちを攻撃してしまうかもしれない。


 そう思って霊子たちが怖くなったのは事実だけど、だからといって彼らを嫌いにはならなかった。


 霊子たちが自分を大好きだってことは、毎日のように感じていたから。
 そして、自分もまた―――


「大好きだったんだよ、みんなのこと。なんたって、俺にできた初めての友達だもんな。だから、少しでも早くみんなのことを理解して……ちゃんとした意味で、話ができるようになりたかったんだ。」


 これが、遠い過去に埋もれた本当の想い。


 それは罪悪感から生まれた言い訳なんかじゃなくて、ちゃんとした自分自身の純粋な気持ちだというリーラエーラの言葉を、ようやく素直に受け入れられる。


 ちょっとだけ恥ずかしくて声が小さくなってしまったけど、霊子たちにはしっかりと伝わった様子。


 身を包む暖かさに優しい香りが加わったようで、自然と意識が薄らいでいく。


 深い水溜まりが、ゆっくりと消えて。
 その跡地に、柔らかな草花が広がって。




 大好きだった日だまりが、再び胸に宿ったようで―――……



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