Fairy Song

時雨青葉

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第25歩目 日だまりと水溜まり

霊獣と霊族

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「シュルクお兄ちゃーん!!」
「ぐほ…っ」


 目が覚めてから、わずか数秒。
 勢いよくドアが開いたかと思いきや、腹に豪速球で何かが体当たりをかましてきた。


「……シノン! またこんな朝早くから! この前の説教、もう忘れたのか!?」


 他の人々がまだ眠っている時間であることを考慮して、叱り口調で言いつつもきっちりと声を抑える。


 しかし、当のシノンには全く響いていないようだった。


「むふふー♪ お兄ちゃん、大好きー♪」


 そんなことを言って、痛いほどに頭をこすりつけてくるシノン。
 そんな彼女の肩に触れて―――


「あれ…?」


 ふと、昨日までは感じなかった違和感が全身を襲った。


 気配を察知するのが得意な自分でも全然掴めなかった、シノンの気配。
 これまでは気配を隠すのが上手すぎると思っていたが、実際はそうじゃない。


 彼女の存在感は薄くもなく、しっかりとしたもの。
 ただ、その存在感が周囲に満ちるものとほぼ同じなのだ。


 その理由は、おそらく……




「シノン、お前……―――霊神、だったのか…?」




 端的に訊ねる。
 すると、こちらを見上げたシノンがにんまりと笑った。


「やっと気付いた?」


 その言葉は、明らかな肯定。
 驚くと同時に、色々と合点がいった。


 どうりでシノンの気配が消えたように思える瞬間があるわけだ。


 ぞくに木を隠すなら森の中と言うが、霊子から生まれているシノンは、周囲の空気に満ちる霊子の中に己を隠せるということか。


 そして、霊子をなかなか受け入れられない自分にやたらとおかんむりだったのも、霊子と一緒に自分という存在も拒絶されているようで我慢ならなかったからだと。


「でも、わたしは霊神じゃないんだ。」
「霊神じゃない?」


「うん。わたしは、霊神様みたいにすごくないもん。」
「……うん。分かる範囲でいいから、順番に教えてくれ。」


 早くも自分の知識から外れた領域の話であることを察したシュルクは、シノンを招いてベッドに座る。


 当然のようにシノンが膝に座ってくるのだが、これも慣れたこと。
 今さら突っ込みはしまい。


「最初の質問。霊子でも霊神でもないなら、シノンは何なんだ?」
「シノンはね、霊族っていうんだって。」


「霊族……」
「うん。でね、チーやベリエルは霊獣っていうの!」


「待った。シノンだけじゃなくて、あいつらも霊子から生まれた存在ってことか?」
「うん。だからみんな、お兄ちゃんが大好きで傍にいたかったんだよ?」


「………」


 ふむ、と。
 シュルクは静かに思考を巡らせる。


 粒子として空気に溶けている霊子。
 それが呼び掛けによって凝集した霊神。


 その二つが全てだと理解していたが、実際にはグラデーションを描くように、霊子から霊神に至るまでにはいくつかの形態があるようだ。


 そして、これまでの経験と彼女の話から察するに、霊獣や霊族は霊神のように突出した能力を持たない。


 その代わりに、一度凝集してしまえば、何らかの事象が起こらない限りは姿形を保っていられる。


 霊獣と霊族の違いは、明確に言葉を交わせるか否かといったところか。


 ―――と、ここまでは推測できるとして。


「うーん…。詳細の解説は、ガルドじいちゃんに頼むしかないか。」


 これまでシノンと接してきた経験が語る。


 彼女の知能指数は、ミオンと大して変わらない。


 難しい話をしたところで理解はできないし、こちらが求めるレベルの話をすることも不可能だ。


「わたしたちのこと、もっと知りたいの?」
「そりゃあな。そもそも、そのために勉強してきたんだし。」


「じゃあ、もっとお勉強ができる所に行く?」
「え? それって、じいちゃんの部屋の隣か?」


「ううん、違うよ。こっち!」


 ぴょんと身軽に膝から飛び降りたシノンは、一目散に部屋のドアへと向かう。
 とりあえずその後ろについていくと、彼女は迷うことなく家の外へ。


(どこに行くんだ…?)


 疑問には思ったが、シノンが次に森へと分け入っていったので、疑問は一旦脇に置いて歩調を早めることに。


 霊族に怪我や病気はないのかもしれないが、シノンが皆に大切にされている里の一員であることには変わらない。


 周りへの体面もあるし、保護者役はしっかりと務めないと。


「こら。ちゃんとついていくから、一人で突っ走るな。」


 すぐに追いついて、自分の監督下に入れる意味も込めて小さな手を握る。
 すると、シノンが少し驚いたように目を丸くした。


「……えへへ。やっぱり、シュルクお兄ちゃんは大好きだなぁ。」


 何故か、そんなことを言ってくるシノン。


 それが意味することはさっぱりだったが、シノンはこちらの機微に構うことなく、ルンルン気分で歩を進めていく。


 木々の間を縫って、皆で遊んだ川縁かわべりに出る。
 そこから上流に向かって歩くことしばらく、きりの向こうに小屋が見えてきた。


「ここか?」
「うん!」


 小屋の前で訊ねると、シノンは屈託のない笑みを浮かべてドアを開いた。


「うわ……」


 中に入って、そんな呟きしか出てこなかった。


 小屋の中はまるで図書室。


 小さな机と椅子があるだけで、残りのスペースは本がぎっしりと詰まった棚で埋め尽くされている。


 それらがかなり古いものであることは、黄ばんだ紙の色とほこりっぽい香りから容易に想像できた。


「ここは……」
「ここは、代々の長老が管理する秘密の資料室だよ。」


 完全に油断していたところに割り込んできた第三者の声。
 驚きのあまり、思わずその場で飛び上がってしまった。


「じ、じいちゃん…っ」


「畑の世話をしていたら急に霊子が騒ぐから何事かと思ったら……どうやら、最初の課題はクリアしたみたいだね。」


 シュルクの腕に抱きついてご機嫌のシノンを一瞥いちべつしたガルドは、それだけで事の次第を察したよう。


「こっちにおいで。ご飯までの間、次の授業をしてあげよう。」


 ガルドが示す先には、代々の長老が管理してきたという資料の数々。
 ここには、もしかしたら里の人々も知らない知識が眠っているのかもしれない。


 それを前にした自分の胸にあるのは、大きな好奇心と知識欲。
 ここでしりみする理由なんかなかった。

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