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ラウンド62 キラキラのお薬
しおりを挟む「アル!?」
異変を察知してアルシードに顔を向けたキリハは、そこにあった光景に目を剥いた。
ぽろぽろと。
茫然と見開かれた瑠璃色の双眸から、透明な雫がいくつも滴り落ちていたのだ。
「ちが……これは…っ」
必死に取り繕おうとするアルシード。
しかし、止めようとすればするほど、涙はさらにあふれてくるようで―――
「―――っ」
嗚咽を殺すためか、両手で口を塞いだ彼は、きつく目を閉じてその場に崩れ落ちてしまった。
(止まんない……止まんないよ……)
僕の馬鹿。
急に何やってんの。
動揺から早く立ち直れって。
こんな衝動、さっさと箱の中に戻して―――……
「アル―――」
慌てて手を伸ばそうとしたキリハの隣を、圧倒的な速さで別の影が横切ったのはその時。
「―――っ!!」
大きく目を見開くアルシード。
彼の頭を自分の胸の中に閉じ込め、きつく抱き締めたノアは……
「―――おかえり。アルシード。」
優しく。
本当に優しく、彼に語りかけた。
「急に目が覚めてしまって、びっくりしたな。久しぶりに光を浴びて、混乱しているだろう?」
「あ……あ……」
「ほら、怯えなくても大丈夫だ。ここには、お前を傷つける者はいない。見てほしくないなら、私が顔を隠しておいてやる。」
「うっ……うう…っ」
「そうだ。もう、我慢しなくていい。」
「う……ああ……」
ノアが語りかける度。
ふわふわとした髪を丁寧に梳く度。
涙の塊があふれて、顔が大きく歪んで。
そして―――
「うああああっ! あああああっ!!」
ノアにしがみついて、彼女の服をしわくちゃに握ったアルシードの口腔から、魂を揺さぶるような慟哭が迸った。
開いてしまった、パンドラの箱。
そこからあふれた激情が何もかもを壊して、心を蹂躙していく。
血が流れて止まらなくて、激しい痛みでおかしくなりそうだった。
「アルシード……何を思い出してしまったのか、私に教えてくれないか?」
差し出された甘い絆創膏。
それが欲しくて、必死に手を伸ばす。
「僕は……僕は…っ。………病気を治す薬を作ったんじゃない…っ」
遠い昔に殺した自分が、全身全霊でそう叫んでいた。
「そうだったのか…。では、アルシードは……どんな魔法のお薬を作りたかったんだ?」
自分の想いを否定せずに、ノアが先を促してくれる。
だから余計に、この想いは止まらなくて―――
「キラキラ……」
過去の純粋な気持ちが詰まった単語が、自分の口から零れていく。
「キラキラのお薬……おじいちゃんやおばあちゃんに、今よりもっとキラキラしてもらうお薬だったの。」
〝キラキラのお薬〟―――それが、奇跡の難病治療薬の本当の名前。
「そうか…。アルは、キラキラが大好きだったんだな。」
「うん……うん…っ」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、九歳のアルシードが一生懸命に語る。
「あのね……おじいちゃんたちから、キラキラが消えてっちゃうの。あのキラキラがなくなっちゃうと、みんな眠って起きなくなるの。だから、キラキラを増やしてあげなきゃって…。そしたらね、妖精さんが〝こうしたらいいんだよ〟って、僕に教えてくれたの…っ」
そうだよ。
あの薬は、正確には僕が作ったんじゃないんだ。
僕は妖精さんの言うとおりに論文や薬の成分表を読んで、妖精さんの言うとおりに計算して、意味も分からずに薬を混ぜ合わせただけなんだもん。
「おじいちゃんたちが薬を飲んだ後も、妖精さんが〝ここを触れば悪い所が分かる〟〝この数字がよくなれば、キラキラがもっと増える〟って……」
「そうか……そうだったのか……。自分の才能の声が、アルには妖精さんの声に聞こえていたんだな。」
優しく相づちを打つノアの表情が、深い悲しみで歪む。
キリハも他の職員たちも、涙と共に幼い叫びに耳を傾けた。
「嬉しかった…っ。僕がお薬をあげたら、キラキラがどんどん増えてくの。おじいちゃんもおばあちゃんも、にこにこ笑ってくれるの…。でも……でも…っ。―――そしたら、お兄ちゃんのキラキラが消えちゃった!!」
一際大声で、アルシードが一番の傷を吐露する。
「知らないよ、質量保存の法則なんて! キラキラを増やしたらどこかでその分減るなんて、分かるわけないじゃん!! そんなに、キラキラのお薬を作ったのがいけなかった!? そのプラスと整合性を取るためには、お兄ちゃんのキラキラだけじゃ足りなかった!? だから悪魔がお兄ちゃんに言って……僕のキラキラまで奪っていったの!?」
止まらない雫が赤く見えるのは、きっと気のせいではなくて……
「毒を作れって? ああ、作ってやったさ! だって怖かったんだ! 死にたくなかったもん!! その代わり、あいつらを実験台にしてやったけどね!! でも、そのせいで僕のキラキラは死んだんだ! どんな理由であれ、一度でも人を傷つけるような薬を作った僕には…………もう、この道に進む資格なんてない……」
がっくりとうなだれるアルシード。
薬を作るなら当然、それは人を救うものでなくてはならない。
それは天才科学者としてではなく、アルシード・レイン個人として守らなければならない、最大の矜持だったのだろう。
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