80 / 86
おまけの小話~シアノ編~
Song.1 歌の世界
しおりを挟む―――言葉や知識を覚える手段の一つに、歌がある。
授業のどこかで、誰かがそう言った。
キリハに半ば強引に同行させられて訪れたルルア。
そこで週に三回ほど学校に通いながらも、自分はなかなかその環境に馴染めずにいた。
竜使いがいないこの国では、確かに嫌な目は向けられない。
学校や研究所の人たちも、自分にとても優しくしてくれる。
だけど……いつかぼくは、また捨てられてしまうんじゃないか。
そう思うと、どうしても温かな手を取ることができなくて。
その反面、皆があんまりにも優しいから、気を抜いたらそこに飛びついてしまいそうで。
キリハを心配させたくないから学校には通い続けたけど、最低限の時間で家に帰って、暇を潰すようにネットサーフィンに明け暮れていた。
そして、無音から迫り来る孤独感を紛らわしたくて、自然と歌を聴くようになった。
『シアノ君って、声も綺麗だし歌も上手いよね!』
ああ言ったのは誰だっけ?
ろくに顔は見ていなかったけど、その言葉だけは妙に頭に残った。
それでなんとなく、動画サイトで歌声を発信してみた。
もちろんすぐに何が変わるってわけではなかったけど、あれで少しだけ世界の色が変わったと思う。
〝待ってた!〟
〝早く次の歌を出してほしい!〟
〝毎日リピートが止まらない。マジで生きがい♪〟
正直、自分の歌の上手さはよく分からないけど、そのコメントを読むと……ちょっとだけ心が躍った。
こうして、自分の歌が求められている。
受け止めるくらいなら捨てるのも簡単だけど、生きがいになるほど強く求めるものなら、捨てようとは思わないよね…?
そんな風に、コメントの向こうにいる人々に期待している自分がいたのかもしれない。
(……ふぅ。こんなもんかな。)
ヘッドホンを外して、シアノは一息。
ドラゴン研究所にある、キリハ専用の実験室。
学校に行かない日は、基本的にここにいる。
別に自分は家で留守番をしていてもいいんだけど、心配性のキリハが泣きそうな顔をしちゃうから、仕方なく同伴している。
でも自分はドラゴンの研究には興味がないので、たまに手伝いをする時以外はこうして実験室にこもっているのだ。
「―――あら。」
その時、ふと誰かが後ろに立った。
くるりと振り返ると、白くも見える銀髪に瑠璃色の双眸をした男性が、こちらに柔らかい笑顔を向けていた。
「あー……旦那さん。」
彼をどう呼んだらいいのか分からなくて、頭に浮かんだ言葉を口にする。
すると、彼はちょっとだけ複雑そうに眉を下げた。
「あはは。シアノ君にまでそう呼ばれるようになっちゃったか。まあ、いいんだけど。」
苦笑したジョーは、両手に抱えていたケースをテーブルに置く。
多分、キリハの代わりに実験道具を片付けに来たんだろうな。
そんなことを思いながら、なんとなく片付け風景を眺める。
実験器具を洗って。
ケースを棚にしまって。
最後に手を拭きながら―――ジョーは、何故か自分の隣に腰かけてきた。
「面白いことをやってるじゃない。ちょっと見せてごらん。」
そう言った彼は、自分の許可を得る前にヘッドホンをつけて、編集が終わった音源を聴き始める。
まあ、聴かせるために歌ってるわけだから、別にいいんだけど……
そうは思いつつも、リアルで知っている人に歌を聴かせるのは初めてなものだから、ちょっとした緊張を抱きながらジョーを見つめた。
じっくりと。
歌を三周も通して再生したジョーは、やがてゆっくりとヘッドホンを外す。
そして……
「シアノ君、結構センスあるじゃないの。フリーソフトでここまでのクオリティを出すなんて、びっくりしちゃった。」
とても好意的な笑顔で、自分の歌を褒めてくれた。
「ちょっと待ってて。」
まだ何かあるのか、彼はノートパソコンを操作し始める。
メール画面を開き、今の音源をどこかに送付。
そして自分のノートパソコンを開き、届いたメールから音源をダウンロード。
ヘッドホンを自分のノートパソコンに繋いだ彼は、当然のように音源編集ソフトを開いて、さくさくと音源に手を加え始めた。
「ほら、聴いてごらん。」
そう言われたので、ヘッドホンを装着する。
「………っ!!」
耳から広がった世界に、心底驚く。
透明性を保ったまま、深みが加わった歌声。
曲との調和がぐっと増して、細やかなビブラートやアクセントがメロディラインに華を添える。
「これが有料ソフトの力ってね。」
言葉も出ない自分に、ジョーはくすりと笑った。
「なんで、有料ソフトなんて持ってるの?」
ジョーと一緒にドラゴン研究に勤しんでいるキリハは、音源編集ソフトを使っていない。
それなのに、彼はどうしてさも当然のようにソフトを使いこなしているのだろう。
疑問に思って首を傾げたシアノに対し、ジョーの答えはというと……
「そりゃあもちろん、お馬鹿さんたちの内緒話をはっきりと聞くために決まってるじゃないのー♪」
というものだった。
「お馬鹿さんの、内緒話…?」
どういう意味だろう?
音源編集ソフトって、歌を編集するものじゃないの?
さらに首を傾げるシアノ。
それを見て、ジョーが少しだけ気まずそうに咳払いをした。
「失礼。シアノ君くらいの子供には、まだ分からないよね。僕が無駄にすれてただけで。」
「………?」
「いいのいいの。気にしないで。それより、触ってみる?」
「………っ!! いいの…?」
「大丈夫だよ。どうぞ。」
微笑んだジョーは、自分のノートパソコンをこちらの前にスライドさせてくる。
「………っ」
ドキドキしながら、マウスに手を置く。
編集ソフトの色んなメニューを開いて、ジョーが調整してくれた音源をさらに加工してみる。
今の輝きに新たな輝きを添えて、もっと魅力的に。
でも、本来の歌声と別物にならないように、絶妙な加減は保ちつつ。
時おりジョーに手ほどきを頼みながら、試せるだけのことを試してみた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる