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第2章 平和の崩壊
異質な存在
しおりを挟む(……誰?)
実は眉をひそめる。
宅配便か何かだろうか。
生憎と、玄関まで行くほどの元気はないけど。
とりあえず、誰が来たのかだけ確認しようと気合いで起き上がり、ベッド際にあるカーテンを開く。
そして、カーテンの隙間から窓の外を覗き込んで―――予想外の訪問者に、目を見開いた。
「たっ……拓也!?」
窓から確認できる家の門の前には、拓也がいたのだ。
思わず窓を開けて身を乗り出すと、すでにこちらを見上げていた拓也と目が合った。
「あ…」
どくん、と。
心臓が大きく脈打った。
初めて拓也と会った時に感じた、妙な懐かしさが込み上げてくる。
今日の拓也は、普段とは明らかに何か違う。
そんな気がして、実は少しだけ身を引いてしまった。
「今、大丈夫か?」
声音もどこか違っているように聞こえる。
拓也から有無を言わせないプレッシャーを感じて、実はたじろぐしかなかった。
「うん…。構わないけど……俺、動けるような状態じゃなくて……」
「大丈夫だ。」
そう言って、拓也はすたすたと門の中へ消えていく。
ドアには、鍵がかかっているのだけど……
実は眼下を見つめながら目をしばたたかせた。
「どういうこと?」
「こういうことだけど?」
ドアの開く音と共に真後ろから聞こえてきた声に、実は飛び上がってしまった。
慌てて後ろを向いたが、体が意識についていかず、バランスが大きく崩れる。
「あ…」
体が傾いだ先には、大きく開いた窓が―――
―――バンッ
(落ち……ない?)
窓から転落することを覚悟して目を閉じていた実は、背中に当たる固い感触におそるおそる目を開いた。
次に、そっと後ろを振り返ってみる。
開いていたはずの窓が、きっちりと閉まっていた。
「危ないぞ。」
拓也が、至って冷静な声で言ってくる。
「なんで……」
動揺で、それ以上の言葉を繋ぐことができない。
目の前に拓也がいる事実が信じられなかった。
玄関には鍵がかかっていたはずだし、ここに来るまでの時間が短すぎる。
実は、不審そうな表情で拓也を見つめる。
その視線を受ける拓也は、ぞっとするほどの無表情だった。
「―――っ!!」
この時初めて、拓也を異質な存在だと認識する。
自分たちとは明らかに格が違うと、意識とは関係なくそれを思い知らされる。
自分の認識が一気に変わったせいかもしれない。
今の拓也に感じるのは、そこはかとない恐怖だった。
「実? どうしたんだ?」
拓也が静かに問いかけてくる。
しかし、実は拓也を見つめたまま動けない。
背筋が粟立つ。
得体の知れないものに直面した恐怖が、気管を塞いで呼吸を邪魔した。
乱れそうになる呼吸を必死に整えようとするが、熱のせいもあって上手くできない。
心臓だって、これ以上はないくらいに激しく脈動している。
どうすることもできない。
目の前にある存在に、ただ怯えるしかなかった。
「た…拓也……お前は……一体……」
「何者か、か?」
続きをあっさり言い当てられて、実は驚愕する。
拓也は、自分が普通ではないことを認めているのだ。
こちらから視線を全く動かさない拓也。
その痛いほどの視線に、全身がすくみ上がった。
もう、何がなんだか分からない。
学校はどうしたのだろう。
家の場所など教えていないはずなのに、どうしてここに来ることができたのか。
訊きたいことは山ほどあるのに、混乱した頭では何一つとして疑問を声に乗せることができない。
「全部に答えようか?」
拓也が淡々と訊ねてきた。
こちらの考えなどお見通しだと言わんばかりの口調だ。
「まず、学校には影を置いてきたから問題ない。学校の連中は、おれが普通に学校にいると思ってるよ。」
「……は?」
影?
「そんで、確かにおれは実の家の場所を知らなかった。だけど、魔力の残滓を辿れば、簡単にここに来ることができる。実のにおいも、この家から感じられたし。」
「………?」
魔力?
「ちなみに、鍵は勝手に術で開けさせてもらった。」
術?
次々と並べられる不可解な単語。
いちいち何のことかと冷静に問う心の余裕は、今の自分にはなかった。
完全に許容量オーバーだ。
ブツリと、何かが切れる音が盛大に頭に響く。
「なんだよ、それ…っ」
実はキッと拓也を睨んだ。
「さっきから聞いてりゃ、訳分かんないことばっかり言いやがって! 何が言いたいんだよ!? からかってんのか!? お前っ……一体何なんだよっ!?」
怒鳴る実。
そんな実を相も変わらず冷静に眺めていた拓也は、息を吐きながら肩をすくめてみせた。
「今日は元々、その話をするために来たんだ。そこまで怒らなくても、全部教えてやるって。」
「……え?」
無視されるか適当に聞き流されると思っていた実は、拓也のあっさりとした態度に拍子抜けする。
しかし。
「―――ただ。」
そう告げた拓也の目つきが豹変した。
彼がまとっていた不思議な雰囲気はより一層厳しさを増し、ともすれば殺気すら伴っていたかもしれない。
「………っ」
確かに感じた。
拓也から、見えない何かが噴き出すのを。
心臓がさらに暴れる。
一瞬で、実は恐慌状態に陥ってしまった。
「一つ、確かめたいことがある。」
「なっ…」
逃げようにも、最初からベッドに追い込まれているような状態だ。
体がもっと俊敏に動けば抵抗できたかもしれないが、鉛のように重たい体では思うように動けない。
拓也が、ゆっくり歩み寄ってくる。
あまりの恐怖に、もはや働く理性も思考もない。
実は茫然として、近付いてくる拓也を見つめるしかなかった。
「お前は、本当に何も知らないのか?」
「あ…」
一歩一歩、ゆっくりと床を踏み締めて近付いてくる拓也。
それはまるで、何かを見極めようとしているような動きだった。
「本当は全部知ってて、あえて何も知らないふりをしているんじゃないのか?」
拓也が目の前で立ち止まる。
すっとこちらへ伸びてくる拓也の手。
「なあ?」
拓也の手が頬に触れる。
いつの間にか、その瞳の色が黒から紺碧色へと変わっていた。
真正面から向けられる、何かを探るような瞳。
それに、意識が吸い込まれそうだった。
頭の芯がぼうっとして、何もかも分からなくなる。
今目の前で起こっているのは、果たして本当に現実なのだろうか…?
「………俺は……」
ふいに震えた唇。
無意識でのことだった。
それを見た拓也の表情が、微かに揺れる。
「俺は……―――何も、知らない。」
言い切った。
それを聞いた拓也は、何かを吟味するように目を細めて―――
「……そうだな。そうじゃなきゃ、こうはならない。」
そう告げられた瞬間、拓也の手が触れている頬から熱が広がった。
その熱は全身に拡散したかと思うと、また頬に収束して消えていく。
実から手を離すと、拓也はその手を腰に当てた。
「体、楽になっただろ?」
「え? ……あ。」
言われてから気付く。
拓也の言うとおり、体が軽くなっていた。
それだけではなく、さっきまであった疲労感や倦怠感までもが綺麗さっぱりとなくなっている。
信じられないというような表情で、手を握ったり開いたりを繰り返す実。
それに、拓也がふうと息をついた。
「いくらなんでも、調子が悪くて話の半分も聞けそうにない奴を相手にする気はねえよ。」
そう言う拓也には、もう恐怖を誘うような雰囲気はなかった。
肩を落とした拓也は、勉強机の椅子にどかっと腰かける。
「あー、つっかれたぁ…。やっぱり、鎌かけるなんて慣れないことをするもんじゃないな。」
疲労困憊の息を吐き出す拓也。
そんな拓也にむっときて、実は思わず先ほどまでの状況に対する不平不満を爆発させてしまった。
「疲れたって……じゃあ、その鎌かけの被害者である俺はどうなるわけ!? マジで死ぬかと思ったじゃんか! 急に訳分かんないもん見せられて、散々ビビらされて、俺の方がもっと疲れたんだけど!?」
喚き立てる実を一瞬真顔で見据えた拓也は、すぐにくすりと笑った。
強張りかけた体からすぐに力が抜けて、実は思わず自分の胸に手を当てる。
警戒した方がいいのかどうか分からなくなるから、そういうのはやめてほしい。
心臓に悪いったらありゃしない。
「ふーん、なかなか、精神力はあるみたいだな。あんなことの後で、普通に文句を言えるって…。ま、黙りこくられるよりはマシだからいいけどさ。」
どこか楽しげな拓也に、不平不満を言う気が一気に削がれた。
なんだか、文句をつらつらと並べても無意味な気がしてきたのだ。
実は一つ溜め息をつくとそれ以上言い募るのをやめて、ベッドから足を下ろした。
「説明……してくれるんだよね?」
単刀直入に本題に入ると、拓也はわずかに緊張したような面持ちになった。
「そうだな。……どこから話そうか。本当に何も知らないみたいだしなぁ……適当に省いて、短く話した方がいいか。……と、その前に注意。」
人差し指を立てる拓也。
「今から話すことだが、簡単には信じられないと思う。科学では説明できないし、何よりこっちでは受け入れられないだろう。だから、理解できなくても構わない。とりあえず、そういうこともあるんだってことで丸呑みしてればいい。」
「はぁ…? 分かった。そういう心づもりで聞く。」
すでに注意の意図が理解できないが、一応頷いておく。
「じゃあ、そもそも世界の成り立ちから。」
拓也はそう言って、彼の周りに取り巻く世界の話を切り出すのだった。
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