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第4章 交戦
氷のような瞳
しおりを挟む「お前は……まさか―――」
放たれかけた、拓也の言葉。
それは、他ならぬ子供自身によって遮られる。
拓也の唇に、ふっくらとした子供の指が押しつけられたのだ。
「しーっ」
可愛らく言う子供の仕草は年相応のものに見えて、先ほどまでとの違いに拓也は言葉を失ってしまう。
子供はそれに構わず、拓也から離れた。
「僕は、君みたいな忠誠心の塊っていう人間が大嫌いなんだ。主の命令がなければ、一人でまともに動けないお人形さん? 素直に逃げるべきだったのに、君はその忠誠心のせいで、自分の命を投げ捨てたんだよ。僕がどんなに危険か、分からないんだもんねぇ?」
子供がひらりと手をひらめかせる。
そこに生まれたのは、子供の手に乗るくらいの小さなシャボン玉だ。
子供がふっと息を吐くと、シャボン玉は子供の手を離れて結界の外へと飛び出していく。
ふわふわと頼りなく浮き沈みを繰り返しながら遠退いていったそれは、そのうち青い闇の向こうに姿を消した。
―――いつの間にか、鞭の音が消えている。
「さて、と。いつまでここでのんびりしてるつもり?」
「……え?」
あまりに唐突だったので、拓也は最初、それが自分に向かって放たれた言葉だと認識できなかった。
どこかきょとんとして瞼を叩く拓也の様子に、子供が呆れたような溜め息をつく。
「もう一人のお兄さん、助けに行くんじゃないの?」
「―――っ!!」
まずい。
すっかり忘れていた。
反射的な早さで拓也が立ち上がると、子供はもう一度溜め息をつきながら指を鳴らす。
すると、青い世界に光が差した。
光の方を追って視線を上げると、自分たちの遥か頭上の一部がゆらゆらと揺れている。
まるで、海底から水面を見ているような。
そんな幻想的な風景だ。
「出口を繋いでおいたよ。」
上を指して、子供が笑う。
しかし、拓也はすぐにその場を動くことができなかった。
それを見た子供が、一瞬で笑みを引っ込める。
「何?」
「あ…。いや、その……」
拓也のしどろもどろな様子に、子供は気分を害したように眉をひそめた。
「何か言いたいことでも?」
「えっと、その……ありがとう。礼は言っておかないとと思って……」
「なんだ、そんなことか。」
刺々しくなる子供の口調。
「別に、お礼ならいらないよ。僕は、気まぐれでお兄さんを助けただけだし。」
「でも……」
「今、言ったよね? 僕は気まぐれだって。」
子供の声が、さらに温度を下げる。
「お兄さんを助けたのだって、父さんがお兄さんに目をかけていたらしいから、なんとなく助けてやろうかって思っただけ。気が変われば、僕は今すぐにお兄さんを殺すことだってできるんだ。それが分からないほど、お兄さんは馬鹿じゃないでしょ?」
子供の体から尋常じゃないほどの魔力があふれ出して、拓也は一歩退いた。
確かに、この子供がその気になれば自分など簡単に殺されてしまうだろう。
外見や常識など関係なく、本能的にそれは理解できた。
「律儀に礼を言ってる暇があるなら、一刻も早くもう一人のお兄さんの所に行ってあげるんだね。……なかなか、危ないことになってるよ?」
「なっ…!?」
瞬く間に血の気が引いた。
公園から見た時だって、尚希はサリアムに押されていた。
あの状態では時間が経てば、それだけ尚希は不利になるはずだ。
「早く行きなよ。僕の気が変わらないうちに。」
子供が目元を険しくする。
こちらを見上げる氷のような瞳が、これが最終宣告だと告げていた。
拓也は息を飲み、素直に子供に背を向けた。
次に大きく息を吸って、結界の外へ。
全身を冷たい水が包み込む。
その中を、ゆらゆらと揺れる光を目指して泳いだ。
そして……
「ぶ、はーっ」
水面に顔を出して、手に触れた何かを無意識に掴む。
呼吸を整えている最中、手に掴んだそれが噴水の縁であることに気付いた。
自分の足元を見ると、そこには噴水の底があるだけ。
あの空間との繋がりは、すでに絶たれてしまったようだ。
周りには人のいない静かな公園の風景が広がっていて、噴水の水面には月明かりが反射している。
(帰って……きたのか。)
ほっと安堵した。
しかしそれも束の間、遠くで激しく力がぶつかり合うのを感じて、拓也は慌てて顔を上げる。
マンションの一室で繰り広げられている戦闘。
噴水に引き込まれる前まで互角だった力は今、明らかな差を見せていた。
尚希の力が、かなり負けている。
「キース…っ」
拓也は目を厳しく細める。
都合のいいことに、周囲に人はいない。
魔法を使っても問題なさそうだ。
一気に噴水から飛び降り、拓也は濡れた服も気にしないまま口を忙しく動かす。
すると、微かな光と共に拓也の姿がそこから消えた。
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