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第4章 交戦
尚希とサリアムの戦い
しおりを挟む「ぐっ…」
激しく壁に叩きつけられた瞬間、全身の骨が軋むような嫌な音が脳裏に響く。
激痛を小さく呻く程度でこらえ、尚希は膝をつく前に壁にもたれかかって体勢を維持した。
「どうした? もう少し楽しめるかと思っていたのに、もう終わりなのか?」
「うるせ……こっちは、六年のブランクがあんだよ。」
尚希は唇を噛む。
悔しい話だが、互角だった力には今や大きな差がついていた。
地球で魔法を使わずに過ごしてきた自分と、アズバドルで毎日魔法を使い続けてきたサリアム。
そこにある経験の差は、実力の差に大きく影響するだろう。
こんなことになるのだったら、せめて腕が鈍らない程度には魔法を使っておくべきだったか。
そう思わないでもなかったが、今さら悔やんでも仕方ない問題である。
尚希は、サリアムの余裕綽々とした笑みを睨む。
さて、この状況をどう切り抜けるか。
サリアムの攻撃をやり過ごしながら、どうにか結界が破れないかと魔力を巡らせてはいるが、今のところそれは叶っていない。
(せめて……一瞬でも油断させられれば……)
サリアムの作った結界の中では、どうしても結界の創造主であるサリアムの力が勝る。
この結界を壊すことができれば、打開策も見つかるかもしれないのに。
尚希は、痛みに悲鳴をあげる全身を叱咤して壁から体を離す。
その間にも、サリアムの結界に自分の魔力を網目のように細かく潜り込ませていく。
幸いにも、この行為はサリアムに気付かれていないようだった。
ならばまだ、勝機を見出だす隙はあるかもしれない。
(あと、もう少し……)
しかし、現実はそう甘くはなかった。
サリアムが攻撃魔法を使ってきたので、それを同じ威力の攻撃魔法をもって相殺する。
そうしたところで、とうとう限界が来た。
「う……」
視界が突如として霞む。
平衡感覚を失って、尚希は再度壁にもたれかかってしまった。
「ふらふらじゃないか。なら、遊びはもう終わりかな。」
サリアムの顔から笑顔が消えた。
途端に、その体からさっきまでとは比べ物にならない魔力が噴き出す。
「―――我に従いし、全ての火の精霊よ。」
「なっ…!?」
サリアムの口から放たれた言葉に、尚希は目を剥いた。
「お前っ……いつの間に〝ティートゥリー〟の神託を!?」
尚希は愕然とする。
自分がアズバドルにいた頃は、サリアムは次代の〝ティートゥリー〟に推薦されただけだった。
当代の〝ティートゥリー〟はまだまだ現役だったので、サリアムが神託を受けるのは大分先の話だったはずだ。
それなのに、自分が国を離れていたわずかな間に代替わりしてしまったということなのか。
サリアムが放った呪文。
あれは、当代の〝ティートゥリー〟にしか唱える権利を与えられない。
「其が内に満たされし力、我が声に応えて解き放たれん。」
サリアムの周りに魔力が凝縮していく。
どうりで、サリアムの力が記憶している以上に強いわけだ。
サリアムはとっくに、四大芯柱の一人になっていたのだ。
それなら、魔力が大きく飛躍していてもおかしくはない。
「私にも情けはあるんだ。どうだ? 改心する気はないか?」
ふいに、サリアムがそう訊ねてくる。
「ないね……」
尚希は即答。
どこまで追い詰められても、この答えだけは変わらなかった。
「オレは、あの国にずっと疑問を持ち続けてきたんだ。オレはともかく、拓也みたいな子供がいることには、どうしても納得がいかなかった。国は本来、国民を守るためにあるべきなのに……国自身が、拓也みたいな可哀想な子供を作っている。そんなの、おかしいだろう?」
おかしい、と。
知恵の園という特殊な空間に身を置いている間、ずっとそう思ってきた。
もちろん、自分だって政治の事情というものは理解できる部分がある。
しかし、だからこそ余計に、あの国の内情は許せるものではなかったのだ。
尚希は目を伏せる。
「多少の犠牲は仕方ないのかもしれない。オレも潔癖じゃないからな。それは認める。だけど、その覚悟を決めることすらできない子供たちを犠牲にするのはどうなんだよ。おまけに国の中枢は、国民よりもあいつを大事にしてるときた。そこまでして、あんな奴のために器を用意しなきゃいけないのか? そこまでして、あいつを自分たちの元に繋ぎ止めておきたいものなのか?」
重たい頭をもたげてサリアムを見ると、彼は不可解そうに眉を寄せていた。
その表情は、こちらの言うことが理解できないと語っているように見える。
価値観が理解できないのはお互い様だ。
尚希は構わずに続ける。
「……オレは、知恵の園の本当の存在意義を知った時に、アズバドルが他国から〝神という名の悪魔に憑かれた国〟って呼ばれる理由が分かったよ。正直、幻滅した。だから国を―――あの世界自体を出たんだ。そりゃあオレだって、母国は大事に思ってるさ。国のために命をかけろっていうなら、その覚悟もある。……でもな、それはあくまでも国のためであって、お前らが心酔しているあいつのためではないんだ。オレは、あいつのために命をかけるつもりはない。」
「………そうか。」
長い沈黙の末に聞こえたサリアムの声は、いっそ穏やかだった。
「ならば仕方ない。せめて、苦しまないよう一瞬で殺してやるとするよ。」
そう言ったサリアムの声がほんの少し、残念そうで寂しそうな響きを伴っていたような気がして、尚希は思わず顔を上げた。
しかしその時にはもう、サリアムの表情に迷いや躊躇といった類いのものはなかった。
「〝ティートゥリー〟の名において命じる。彼の者に、裁きの業火を!!」
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