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第6章 帰郷
エリオスが実を逃がした理由
しおりを挟む「…………は?」
拓也と梨央の声が、見事に重なる。
「冗談……だろ?」
無意識に、拓也の口はそう動いていた。
そんなこと、にわかに信じられるわけがない。
悪い冗談だと思いたかった。
しかし―――
「いくら俺でも、そんな笑えない冗談は言えないよ。残念だけど、本当のこと。」
いっそ爽やかとも言える笑顔で、実は簡単に拓也の願いを打ち砕いた。
「これが、父さんが俺を地球に逃がすことにした決定的な理由。本当なら、世界の必死の捜索で、〝鍵〟として生まれた人間は少なくとも三歳頃までには殺される。でも、俺の場合はそもそも隠された状態で生まれてるし、魂もおぼろげではっきりとは見えなかったらしくて、奇跡的に誰も俺が〝鍵〟だとは気付かなかったんだ。」
それまで笑みの形に固定されていた実の唇が、そこで元に戻る。
伏せられた瞳には、ほんの少しだけの翳りが見て取れた。
「俺は成長していく中で、誰に教わるでもなく、自分が〝鍵〟なんだって自覚していった。なんとなく分かったんだよね。……自分の中に、自分じゃない何かがあるって。」
「本当……なのか?」
「だから言ったでしょ? 神の器に選ばれようと選ばれなかろうと、俺はこの世界にいる限り殺される運命にあるって。」
そう言う実に、拓也は否定の言葉を見つけられずに視線を逸らした。
複雑だが、実が〝鍵〟だとするならば、今まで腑に落ちなかったことが一気に解決してしまう。
それに、本人がそう言うならそれが真実なのだろう。
認めるしかない。
「そうだな。仕方ない……よな。」
「ちょっと!!」
拓也の発言に、梨央が弾かれたように彼を振り返った。
「仕方ないって何よ!? 実が殺されるのは仕方ないってこと? 実だって、望んで〝鍵〟に生まれたわけじゃないのよ!?」
「そうだな。……だけど、そういう人や子供の犠牲の上に今の平和が成り立っていることは、今さら変えようがない。」
「そんなのっておかしいよ! 家族や友達が〝鍵〟だったとしても殺すっていうの!?」
梨央の訴えに、拓也はきつく目を閉じた。
まるで、これ以上は聞いていられないとでもいうように。
「……そうだよ。」
「そんな…っ」
「仕方なかったんだ。〝鍵〟の存在に怯えながら生きるのは誰だって嫌だし、〝鍵〟自身も、自分の気持ち一つで世界が危険にさらされるなんて、そんなプレッシャーを感じながら生きるのはつらいだろう。……殺してしまう方が、楽だったんだ。世界にとっても、〝鍵〟にとっても。」
「ひどい……」
梨央が絶句する。
「梨央。そうやって、拓也を責めないであげてよ。これは、拓也のせいじゃないんだよ? 拓也が言ってることは拓也個人の考えじゃなくて、この世界全般の考えなんだから。」
冷静な口調で実に言われて、梨央はハッとする。
拓也はうつむき、地面の一点をじっと睨んでいる。
自然に下された手が、震えるほどに握り締められていた。
「そ、そうかもしれないけど……でも! 納得できないよ! なんで実はそんなに平然としてるの!?」
梨央はキッと実を睨み上げた。
「実、殺されちゃうかもしれないんでしょ!? なのになんで、そんな平気そうな顔ができるの!?」
「だって、仕方ないじゃん。どんなに嘆いたって、現実が変わるわけでもあるまいし。」
自分のことだというのに、実はまるで他人事のようにあっさりとしていた。
「だから、父さんは俺を地球に逃がしたんだよ。さすがに次元を越えれば、器になる危険性からも〝鍵〟として殺される運命からも免れると思ったんだ。でも、父さんはこの世界を離れるに離れられないし、いくら隠していても俺のことを知ってる人間がいないわけじゃない。二人で話し合った結果、俺の存在をみんなの記憶から消すことにしたわけ。もちろん、母さんの記憶からもね。そうやって地球に逃げたのが、俺が三歳の時。それからまあ色々あって、ようやく地球での生活に一息つけるようになった頃には、俺は五歳になってたな……」
遠い過去を振り返るように、実は虚空を眺めて話を続ける。
「しばらく経ってから、俺は父さんに記憶と力を消してくれって頼んだ。だって、もうこの世界に関わることもないなら、何もかも忘れて楽しく生きたいじゃん? でも、持ってる力を消すってことはここの人間にとっては死であるわけだし、記憶を完璧に消したら、万が一の事態が起こった時に俺が対応できない。だからといってこのままだと、俺の力が強すぎて、将来的に見つかる可能性が高くなる。苦肉の策で、記憶と魔力を封印することにしたんだ。これから先、俺が狙われることになったならば、俺の意志に基づいて封印が解けるようにして。」
「でも、封印を解く前から魔法は使ってただろ。」
拓也が険しい声音のまま、鋭く指摘する。
魂寄せの術に抵抗したのは、他でもない実自身だった。
魔力を感じ取れなければ見えないはずのサルフィリアが見えていたことを取っても、実の魔力が完璧に封印できていたとは思えない。
「それは、封印が弱まってたからだね。さすがの父さんも、俺の力を完全に封印することはできなかったみたいで、年に一回は封印をやり直してたんだ。それが、ここ三年くらいは父さんが地球に戻れなくなったせいでできなかった。そのせいで拓也と会う頃にはかなり封印が弱まってて、魔力が滲み出てたってわけ。魔力が反応して魂寄せの夢を見始めたのも、あの辺りからだしね。それで、滲み出てた力が具現化して人格を持ったものが、拓也を助けに行った子供の姿をした俺だよ。」
その言葉に、拓也は微かに眉を上げるだけ。
やはり、あの子供は実だったのか。
それなら、記憶を取り戻した今、実からあの子供に類似した雰囲気を感じ取ってもおかしくはないだろう。
「記憶も力も封印して、丸く収まると思ってたんだけどね…。どこかの誰かさんが余計なことをして、みんなに俺の存在をばらしてくれちゃったみたいだからさ。結局、何もかも思い出すはめになっちゃったよ。……ま、俺の存在を広めたのは、俺の体を欲しがってる神様なんだろうけどさ。どうせ俺の存在を知っててあえて見ないふりをしてたんだろうに、なんでいきなり俺に目を向けたんだか……」
「―――お前が、運命に逆らったからだよ。」
予想していなかった拓也の即答に、うんざりと肩をすくめていた実が目をまたたく。
対する拓也は、静かに目を伏せた。
「ここで一年くらい前……お前のことがあいつの口からエリオス様に語られたあの日、おれもその場にいたからよく覚えてる。もちろんおれは、エリオス様に子供がいたこと自体初耳だったし、なんのことかさっぱり分からなかったけどな。あいつがその時に言ったんだ。運命から逃れた子供も面白い。お前の子供を、次の器にしようって……」
「あー…、なるほど。」
拓也の話を聞いた実は、自嘲的に口角を上げた。
「逃げたつもりが、逆に器になる運命に近付いてたわけか。皮肉なことだね。………で? どうする?」
「何を…?」
何を問われているのか理解できずに、拓也は首を捻った。
実は悠然と腕を組み、木にもたれかかって拓也を見据えている。
そして、ゆったりとした口調でこう訊ねるのだった。
「さっきから言ってるとおり、俺は〝鍵〟なわけだよ? この世界のしきたりに従うなら、拓也は無条件に俺を殺さなきゃいけない。〝鍵〟と知ってて俺を見逃すのは、世界的な重罪だとまで言われているのは知ってるでしょ? どうする? ―――ここで、俺を殺す?」
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