世界の十字路

時雨青葉

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第2章 力を嫌う少女

〝鍵〟ということ

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「………」


 一体、何が起こったのか。
 目の前の光景が信じられない拓也と尚希は、その場に立ち尽くすしかなかった。


 ―――何もなかったのだ。


 実が対峙していたはずの人形たちが、跡形もなく消えている。
 阿鼻叫喚だった昨日の様子とは正反対だ。


 実も拓也たちも、何も言わない。
 このまま、無為に沈黙だけが過ぎていくのだと思われた。


 その時―――


「………っ」


 実が、がくりと膝をついた。


 慌てた拓也が実に近寄ると、紙よりも白い顔色になった実が、あえぐように荒い呼吸を繰り返していた。


 額に浮いた汗が、たらりと頬を伝って落ちていく。


「……だい、じょうぶ。慣れないことをしたから、力を使いすぎただけ。」


 拓也に何かを言われる前に、実は先手を打って断りを入れる。


 それに拓也がほっと安堵したようだったので、これ以上の心配は必要ないという意図を込めて微笑みを浮かべる。


 そうしていると、別の影が目の前に立つ。
 視線を上げると、尚希がこちらをじっと見つめていた。
 その表情は拓也とは異なり、一言では言い表せない複雑な何かをたたえている。


「実。」


 静かに、尚希が呼びかけてくる。


「どうして、今まではこんな戦い方をしなかった。」
「………っ」


 その問いに、実はとっさに答えをつくろうことができなかった。
 黙ったまま固まる実を見下ろし、尚希は続ける。


「確かに、精霊魔法は魔力の消費量が激しい。頻繁に使う術ではないだろう。でも、昨日みたいな戦い方よりは何倍もいいはずだ。あんな……自分の身を削る戦い方よりは。」


「……地球に戻ることや魔法の痕跡を消すことを考えると、あまりにも効率が悪いんです。今日は尚希さんや拓也が一緒にいて、それを考える必要がなかったので使ってみました。それに、成功するかも分からないぶっつけ本番の魔法でもありましたし。」


 震えそうになる声を、余裕を滲ませた笑みでごまかす。


 多分、尚希にこの動揺は伝わっていない。
 それは分かっている。


 なのに―――尚希の問いが、ぐるぐると頭の中を巡る。


 尚希は、どうしてこんなことを訊いてきたのだろう。
 彼の目は、口から語られる答えではなく、そのさらに奥底を見定めるようなものだ。


 ……まさか、尚希は自分が抱える破滅願望に気付いているのだろうか。


 いや、そんなはずはない。
 理性がすぐさま否定する。


 封印を解いてから、自分をいつわることだけは上手くなった。


 他人の心情がそれなりに読めるようになった分、どんな態度でどう言いつくろえばいいかは簡単に推察できるのだ。


 だから、自分でも最近気付いたこの願望に尚希が気付いているはずがない。
 気付くわけがない。


 でも……


 思わず、奥歯を噛み締めてしまう。


 自分でも理解しだかいこの気持ち。
 それを他人に知られてしまうかもしれないことが、こうも怖いだなんて。


 とにかく、今はボロが出る前に話を変えた方がいい。


 理性を飲み込んでくるような恐怖と動揺を必死に振り払うように、実は勢いよくその場から立ち上がった。


「そういえば、尚希さん。」
「ん?」


 首を傾げた尚希に、実は手のひらに転がした銀の腕輪を見せる。


「分かりましたか? 俺がこれをする理由。」


 訊ねると、尚希も拓也もハッとして目を見開き、険しい表情で不自然に視線をらしてしまった。


 さすがは一流の魔法使いたる二人。
 予想どおり、答えに行き着いているようだ。


「………」


 実が満足そうな顔をする一方、拓也と尚希はじわじわと思い知っていた。


 ―――実と自分たちは違うのだということを。


 実の身に宿る魔力は、並大抵のものではない。
 しかし、それだけではなかった。


 たとえこの場に実と同等の力を持つ者がどれだけいたとしても、実だけは確実に見分けられるだろう。


 決定的に何が違うとは明言できない。
 だが、その違和感が実を異質な存在に仕立ててしまう。


「やっぱり、この世界の空間にいると、俺ってかなり浮くんですね。これが〝鍵〟ってことですよ。」


 言いながら、実は腕輪を手首にはめる。
 その瞬間、実の全身から魔力と異質な何かが霧散した。


 拓也たちが自然に肩の力を抜くのを視界の端で認めつつ、実は溜め息を吐き出す。


「封印を解いて身にみましたけど、無駄に魔力が強くなっちゃってて…。これをしてないと、いつ誰にばれるか分からないんです。」


「……なるほどな。」


 身をもって〝鍵〟の異質さを知った尚希は、複雑な表情をするしかない。


 話に聞きながらも、ずっと分からないでいたのだ。


 この世界では、何故これまで正確に〝鍵〟を殺すことができていたのか。
 外見は同じ人間なのに、どうして他と見分けがついたのかと。


 百聞は一見にしかずとは、まさにこのことだろう。
 一気にその疑問は氷解した。


 無理に言葉を当てはめるなら、魂の違いとでも言えばいいのか。
 そんな根本からの違いが、確かにここにあった。


「神様とやらも厄介ですよね…。どうせ〝鍵〟だってばれないようにしてくれるんなら、期間限定じゃなくて、ずっとの方がよかったんですけど……」


 消え入るような小さい声と、なかうつろな表情。
 そこに、恨みや憎しみといった感情は存在していなかった。


 代わりにあるのは小さな困惑と、諦観を感じさせるような疲弊。
 そんなものばかり。


 出会ったばかりの実なら到底浮かべなかったその表情が、身に余る運命の残酷さを如実に語っているようだった。


「―――さてと。」


 もう一度息を吐きながらうつむいた実が、すぐにパッと顔を上げる。
 その実を見た拓也たちは、息を飲まざるを得なかった。


 実は、笑っていた。
 先ほどまでの表情は、ざんすらも見えないほどに消えている。


「……み、実?」
「何?」


「もう大丈夫なのか?」
「何がです?」


 思わずそう訊ねる拓也と尚希に、実は不思議そうに首を傾げるだけ。


「………」


 続ける言葉が見つからなかった。


 己の背負った運命に怯えず、悲しまず、恨みもしない。


 そんな実の態度や雰囲気は、気丈だと言って受け流すにはあまりにも痛々しく思えて……


 複雑な思いで顔を見合わせる拓也と尚希に、実はやはり不思議そうな視線を向けていた。

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