世界の十字路

時雨青葉

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第5章 夜の獣と統一の儀

鉄拳制裁

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「あ…」


 自分を迎えてきた声に、気まずい表情で固まる実。


 もちろん演技だ。
 絶対にこの展開を読んでいたに違いない。


 部屋の中では、拓也、尚希、エーリリテの三人が、それぞれ怒りの表情で実を待ち構えていた。


「えっと……た、ただいま。」


 実はハエルの背から降りると、ふらつく様子もなくまっすぐ立った。


 無理をしているな、と。
 ハエルは思う。


 実は何事もなかったかのように立っているが、本当は全身がなまりのように重たいはずだ。


 西の森からこの屋敷まで、自分の足ならそんなに時間がかかる距離ではない。


 しかし、その短い間で実は死んだように眠り、起きていても全体重をこちらにゆだねていた。


 減らず口を叩きながらも、限界が近い証拠だ。
 早く休ませないと、今度はいつ動けなくなることやら。


 そんなハエルの心配をよそに、実は平然とした態度を取りつくろっている。


「実……お前って奴は……」


 ゆらり、と。
 拓也が実へと一歩近付く。


 その背後から漂う怒りオーラに、実が空笑いで半歩足を引いた。


「あはは、拓也……なんか、怖いよ?」


 すっとぼけるような実の声は、当然ながら拓也の怒りの火に油を注いだ。
 カッとなった拓也が頬を紅潮させる。


「お前…っ。この期に及んでまで―――」


 怒鳴ろうとした拓也を、それまで黙っていた尚希が無言でさえぎった。
 尚希は実に掴みかかる勢いだった拓也を横へ押し退け、自らが実の前に立つ。


「実。」


 その口腔から、普段より何倍も低い声が発せられた。


「覚悟はいいな?」
「……え?」


 唐突にそんなことを言われ、実はぱちくりとまぶたを叩く。


 次の瞬間、実の頭には尚希の鉄拳が振り下ろされていた。


 唐突な尚希の行動に、唖然とする拓也とエーリリテ。
 片や、自分の身に何が起こったか分かっていないのか、まばたきを繰り返す実。


 ―――と、その体が不自然に傾いだ。


「まったくもう。今回はこれで勘弁してやる……って、ええぇっ!?」


 声もなく実が倒れたので、言葉の途中で尚希が驚愕の声をあげる。
 尚希は慌てて実の体を抱き起こし、その頬を軽く叩いた。


「おい、しっかりしろ実! おいってば! オレ、気を失うほど強くは殴ってないぞ! ってか、げんこつで気絶する奴がいるのかー!?」


 実は目を開ける気配がない。


 それになかばパニック状態になりながらも、尚希は実を抱き上げてベッドに寝かせた。


 尚希に続いて、同じく慌てた様子の拓也もベッドに駆け寄る。


 ……これは、面倒なことになる前に退散すべきかもしれない。


 ハエルはそろりと、その場を離れるべく動き始める。
 しかし、その魂胆は部屋を出る寸前で水泡に帰した。


「逃がさないわよ、ハエル。」


 笑顔を浮かべるエーリリテがハエルの前に立ちはだかったのだ。


「洗いざらい吐いてもらうわよ。あの馬鹿が、どこで何をしてきたのか。」


 エーリリテのその言葉をきっかけに、尚希と拓也の視線もこちらに集まってしまう。


 もはや、逃げ場はあるまい。


(……恨みますよ、実様。)


 内心だけでそうぼやき、ハエルは観念して目を閉じた。


 すると、その純白の体を金色の光が包み始める。
 ハエルを包んだ光は狼の形から変形していき、徐々に人の形をかたどっていく。


 光が収まった後に立っていたのは、一人の青年だ。


 古風な衣装に身を包んだ落ち着いた風貌ふうぼうの青年が誰なのかは、その白い髪と赤い瞳が物語っている。


「もしかして……ハエルなのか?」


 目をパチパチとしばたたかせながら、尚希が青年を指差して問う。
 それに肯定の意を示したのは青年自身だ。


「そうですよ。こうしないと、あなたたちに私の声が届かないでしょう?」


 青年―――ハエルは、溜め息混じりにそう答えた。


「へえ…。守護獣って、人型にもなれるのか。」
「全ての守護獣が人の姿を取れるわけではありませんがね。」
「そうなのか?」


 尚希は興味深そうに、ハエルの姿を上から下まで眺めている。
 そんな尚希の隣で拓也が呆れたように肩を落とし、尚希の腹を肘でつついた。


「ほらキース、悪い癖が出てる。」


 指摘され、尚希が我に返ったように息をつまらせた。


「ああ、ごめん。うぐぐ…っ。こんな時じゃなければ、色々と守護獣について教えてほしいんだけどなぁ……」


「はいはい。今は、事情を聞く方が優先な。」


 もう慣れたことなのか、拓也は名残惜しそうな尚希を淡々とあしらう。


「じゃあ、説明してもらいましょうか?」


 仁王立ちのエーリリテが、威圧感たっぷりの催促を。


 本当なら、この役目は実だったはずなのに……


 そうは思ったものの、ベッドの実は未だに目覚める様子がない。


 ―――まあ、その表現には少しばかり語弊があるのだが。


「仕方ありませんね……」


 そう呟き、ハエルは語り始めるのだった。

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