世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
149 / 714
第3章 過去に刻まれた罪

踏み込まれる一歩

しおりを挟む

「実。お前はもっと、自分の限界を把握しろ。」


 尚希の事情説明は、そんな第一声から始まった。


「実が一週間も姿を見せないって拓也から聞いて、様子を見に行ってもらったんだ。そしたらどういう状況だったのか、言わなくても分かってるよな?」


「………」


 その辺りについては自覚があったので、実は気まずげ尚希から目をらす。


「あの後、お前は高熱を出してずっとうなされてたんだぞ。どのみち一人にはしておけないから、ここに運んできて今日が三日目。理解したか?」


「………」


 実は答えない。
 言葉も出ない、というのが本音だった。


(……ああ、そうか。)


 ふいに、とあることに思い至る。
 拒絶する間もなく現実を突き付けられて、無性に笑いたくなってしまった。


(そうか。俺は、こんなにも……)


 拓也たちがいなかったら、大声で笑い出していたかもしれない。
 それほどまでに、思い至ってしまった事実は滑稽こっけいで仕方なかったから。


 自嘲的な感情に浸っていた実は気付かない。


 無意識にうつむいた前髪の向こうで浮かべているその笑顔が、どれだけ悲しそうなものだったかに。


 実は深い呼吸を数度繰り返す。


 それだけで、今まで脳裏を飛び交っていた感情が一瞬で停止する。
 さっきまで感じていた後悔も含め、何もかもを頭の奥にしまい込んだ。


「……すみませんでした。」


 最終的に、実は頭を下げたまま小さく謝った。


「分かればいい。」


 尚希は実の言葉に破顔して、親が子供にするように頭を掻き回した。


「あ、あの…。絶対安静って言ってましたけど、もう大丈夫なんで。学校もあるし、母さんも心配するし、家に帰らないと―――」


 結局は自分の心を言えずに尚希たちをあざむこうとしているのに、こんな風に優しくされるのは気が引ける。


 そう思って話を変えようと思ったのだが、これが失敗だった。


 途端に、尚希の顔から穏やかさがさっぱりとなくなったのだ。
 実の肩に手を置いた尚希が、やけに晴れやかな笑顔を見せる。


 それを見てとっさに〝しまった〟と思ったが、言葉にしてしまった後ではどうしようもなかった。


「大丈夫。家にも学校にも代わりの影を置いてあるから、安心して大人しく寝てろ。な?」


「う…」


 笑顔なのに、ものすごい気迫だ。
 予期せぬ尚希の変化に、こちらはたじろぐしかない。


「分かり……ました。」


 ここは、折れざるを得なかった。


 こちらの諦めを察したらしく、尚希が満足そうに笑う。


「よし。いつもこのくらい素直だと、こっちはものすごーく助かるんだけどなぁ。そう思わないか、実?」


「ははは……」


 返す言葉もない。
 空笑いでその場を受け流しながら、実はようやく認識した。


(尚希さん、めちゃくちゃ怒ってんじゃん……)


 冷や汗が背中に浮く気分だった。


 表情や口調がいつもと変わらないだけで、実際の尚希は拓也と同じくらい自分に対して怒っているようだ。


 こんな状態の二人が相手では、さすがに分が悪い。
 しばらくは、とことん行動が制限されてしまいそうだ。


「じゃ、後はよろしくな。もう一仕事してくる。」
「了解。」


 ほら。
 今の時点で、拓也と尚希は互いに示し合わせたように隙がない。
 こちらを信用する気ゼロである。


 もはや逃げる気もなかったのだが、この徹底ぶりには少しばかり驚いてしまった。


「ああ、実。」


 部屋から出かけた尚希が、こちらに背を向けた状態のまま立ち止まった。


「なんですか?」


 どうせ、また説教じみたことだろう。
 聞き流す気満々で、とりあえずは尚希に目を向ける。


 しかし、この後に続いた尚希の言葉は、とても聞き流せるような内容ではなかった。


「別に、オレは実の全てを知ろうとは思ってない。実がかたくなに口を閉ざすなら、それもいいだろう。誰にでも、知られたくないことの一つや二つはあるもんだ。オレもそうだしな。だから、オレは基本的に世話を焼きはしても、他人のプライベートを無理に聞き出すなんてことはしない主義だ。」


 今までの会話からは、まるで繋がらないその言葉。
 それを聞いて、嫌な確信が生まれた。
 尚希に向けた表情が、無意識に歪んでいくのが分かる。


「……何が、言いたいんですか?」


 あえて訊ねる。


 分かってはいるけれど、もし違うのなら……


 ゆっくりと振り向いた尚希。
 彼の顔を見た瞬間、訊くまでもなかったと後悔した。


 できることなら、この先は聞きたくない。
 だけど、現実がその願いを叶えてくれるはずもなくて……


「今回は別だ。オレたちは、実がどれだけ隠すことや耐えることが上手いかを知ってる。だけど、そんなお前が今回はこの有り様だ。状況がひっ迫してるのは、言うまでもないよな?」


 尚希のまっすぐな視線が、胸をえぐるように痛い。
 耳を塞ぎたい衝動をぐっと押さえて、続きを待った。


「―――話してもらうぞ。話せることも、話したくないことも、全部。余計なお世話だと思うかもしれない。でもな、もう隠し通せる問題じゃないと、実も分かってるはずだ。オレたちも実を保護した手前、知らないで済む問題じゃないと思ってる。いいな?」


「………」


 実は、震えそうになる唇を思い切り噛んだ。


 熱で火照ほてっているはずなのに、全身から血の気が引いて寒気がする。


 胸の内で、今まで忘れられていたはずの恐怖が鎌首をもたげた。
 それは、爆発するような勢いで脳裏を埋め尽くしていく。


 理性が一瞬で恐怖に飲み込まれ、危うく悲鳴が出そうになった。


「―――っ」


 悲鳴を懸命に押し殺す。
 恐怖を表に出さないように、全身に力を込める。


 厳密に言えば、話すことが怖いわけではない。
 この部屋で目覚めた時から、きっと話さなければいけないと思っていたから。


 怖いのは、思い出してしまうこと。
 ただ、それだけだ。


 事情を話せば、嫌でも脳裏にあの記憶がよみがえるだろう。
 理性で厳重にふたをしていたあの記憶を思い返してしまうことが、何よりも怖かった。


 夢の中でレティルに会った時のことが頭をよぎる。


 あの時だって、ふいに襲ったフラッシュバックに、なすすべもなく震えることしかできなかったのだ。


 二人に全てを話し終えるまで、果たして自分は平静を保っていられるだろうか。


「明日まで時間をやる。それまでに、覚悟を決めろ。」


 部屋から出た尚希が、ドアを閉めようとする。
 見えなくなっていく尚希の背中に、頭が真っ白になって―――


「時間なんていりません。今、話します。」


 とっさに口が動いて、そう言い放っていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...