245 / 714
第5章 トラウマ
必死に隠してきた心の叫び
しおりを挟む―――また、あの夢を見た。
拓也は、自室の天井をじっと見つめていた。
眠れなかった。
目を閉じれば、闇の中にあの夢が広がる。
もういない母に、ただ謝り続ける夢を―――……
「………っ」
拓也は目元を歪める。
謝っても意味がないのに、それでも謝り続ける幼い自分。
それが脳裏にひらめいては、自分の心を奈落に落とす。
(……情けない。)
結局のところ、自分はあの日から一歩も進めていないのだ。
まざまざと突きつけられる事実が胸に痛い。
その事実から逃げたくても、目を閉じればあの夢が、目を開けばこの命を蝕む何かが、自分にその事実を訴えてくる。
どんな状況にいても、この事実からは逃げられない。
胸がつまりそうだった。
拓也は目だけを動かして、椅子に座る尚希を盗み見た。
尚希は、本棚から適当に取ったらしい本を眺めている。
自分が目を覚ましてから随分と時間が経つが、彼は何も言うことなく、ただ静かに過ごしているだけだ。
「なあ、尚希。」
「ん? なんだ?」
返ってくる穏やかな応答。
今の状況では、逆に違和感を覚える。
「なんで……何も訊かないんだよ。」
思いきって訊いてみた。
「訊いてほしいのか?」
優しく問い返され、拓也は返答に窮してしまう。
「いや……」
思わず、目を逸らしてしまった。
尚希はそれ以上何も言わず、また本に視線を戻す。
尚希のことだから、目を覚ました自分に対して、当然怒るだろうと思っていた。
それ相応の覚悟はしていたのだが、予想に反して尚希は優しかった。
目を覚ました自分に〝気分はどうだ?〟と、気遣わしげに訊ねてきただけだったのだ。
拍子抜けした気持ちが半分。
気まずい気持ちが半分。
いっそのこと、怒ってくれたらどんなに気が楽だっただろう。
この状況は気まずさばかりを増長させて、もやもやとくすぶる過去ばかりを思い返させた。
「……キース。」
「ん?」
「………ごめん。」
気まずさから逃れたくて、口にした言葉。
それを聞いた尚希が、無言で本を閉じた。
「謝るってことは、間違ったことをしている自覚はあるんだな?」
「―――っ!!」
いきなり核心を突かれて、言葉につまった。
そう。
正しいことをしたとは思っていない。
禁忌を犯してまで久美子が死ぬのを止めたのは、自分の弱さだ。
「……うん。」
「そうか。」
尚希はあくまでも、穏やかに対処する。
「………っ」
たまらず、奥歯を噛み締めた。
がばりと起き上がって、無意識に伸ばした手で尚希に掴みかかる。
「なんで……なんで怒らないんだよ!? お前らしくもない!!」
もどかしかった。
尚希に怒りをぶつけるのはお門違いだと知っている。
八つ当たりなのも、もちろん分かっている。
けれど、そうせずにはいられなかった。
このままでは、心を焼くどす黒い感情で頭がおかしくなりそうだったのだ。
「分かってるよ! 全部おれが悪いよ! でも……でも…っ」
「拓也。」
「連城さんは、おれの母さんとは別人で……ちゃんとした家族もいて………れっきとした他人なんだ。そんなことは、言われなくてもおれが一番分かってる!!」
「拓也、落ち着け。」
「でも、母さんが……どうしても、母さんと重なるんだ…っ。酷なくらい似すぎてて………おれ……おれ―――」
「ティル!!」
強く肩を揺さぶられる。
自分の本名を呼ぶ怒鳴り声が、熱くなった頭に冷や水を被せた。
「落ち着け。オレだって、怒って問題が解決するなら、いくらだって怒ってやるさ。」
尚希の目元に力がこもる。
「でも、こればかりは……オレには、何もできない。お前が自分でどうにかしないと、どうにもならないんだよ…っ」
言われて気付く。
もどかしいのは、尚希も同じなのだと。
なんかしてやりたいのに、何もできない。
そんなやりきれない気持ちなのだろう。
尚希の性格なら、何もできない自分を責めているに違いない。
―――自分のせいで。
胸中に、激しい自己嫌悪が広がっていく。
「ティル。」
自己嫌悪に沈みかけた拓也の思考を、尚希が現実に引き戻す。
「ティル、オレに何をしてほしい? 責めてほしいのか? それとも、許されたいのか?」
「………っ!!」
聞きたいことや言いたいことは山ほどあるのに、それを全部押し込めている。
そんな彼の心情が、その表情からありありと見て取れた。
記憶している限り、尚希がこんな表情をしたことは過去に一度だけ。
母が死んで、自分が落ち込んでいた時だ。
あの時も、尚希はこんな表情をしながら、ただ自分を見つめているだけだった。
何か問題が起きれば口を出さずにはいられない尚希が、それを我慢して見守ることを徹底していた。
あの時もきっと、尚希はこう訊きたかったのだろう。
「……キース。」
ぽつりと、情けない声が零れた。
それを聞きながら、尚希を真正面から見つめる。
怖かった。
幼い頃に隠した心を知られるのが怖い。
でも……
「ちょっと、聞いて。」
声が震える。
果たして、尚希はどんな反応を見せるのだろう。
それを考えると、恐ろしくて口が強張りそうになる。
それでも―――……
「おれ、母さんにずっと謝りたかったんだよ。だって、母さんは……おれが追い詰めたんだ。」
「うん。」
「おれがいなくならなければ、母さんは病気にならなかったんだ。子供を取られたショックで寝込んだんだって……近所の人が、そう話してるのを聞いた。それって……おれがいなくならなければ、母さんは倒れなかったってことだろ?」
尚希は何も言わずに、こちらを見つめるだけ。
言えとも、言うなとも言わない。
それが逆に、話すことを促した。
「おれは、みんなが殺されるのが嫌だったから、知恵の園に行くことを選んだけど……間違ってたのかなぁ…? でも、あの時おれが知恵の園に行くことを拒んだら、やっぱりみんな殺されてた。母さんどころか、父さんとベスだって死んでたんだ。あの時のおれには、対抗する手段がなかった。……行くしか、みんなを助ける方法がなかったんだ…っ」
だんだん、声の震えが大きくなっていく。
「母さんを殺したのは国だって思わなかったわけでもないさ。でも、やっぱりおれのせいで母さんが死んだっていう気持ちは消えなかった。ずっとずっと考えてるうちに、母さんが死んだのが誰のせいなのか……もう、よく分からなくなった。」
「そうか……」
尚希は、静かに頷いてくれる。
「誰かに訊こうにも……怖かった。訊いて、お前のせいだって責められるのも、お前のせいじゃないって慰められるのも、嫌だったんだよ。言いたくても、言えなかった。怖くて怖くて……仕方なかったんだ…っ」
こらえきれない思いが体中から滲み出て、尚希のシャツを握る手に力がこもる。
「うん。そうだったんだな…。それはつらかったな。」
尚希は、拓也の頭をぽんぽんと叩いた。
自分が頼んだとおり、彼はただ話を聞くだけだった。
責めもせず、慰めもせず、ただ聞くだけだ。
ずっと持て余してきたどす黒い感情を吐き出して、それに飲まれても、何も言わずに見守ってくれていた。
「今考えれば、これは悩んだって答えが出ないことなんだ。過去のことをいくら悔やんでも、過去は過去でしかない。でも、一言でいいから……あの時母さんに言えなかったことを言いたかった。ただ………ごめんって、言いたかった……」
怖かった。
ずっと怖かった。
でも―――本当は、この気持ちを吐き出したくてたまらなくて、崩れそうなこの心を誰かに受け止めてほしかった。
「馬鹿だなぁ……」
尚希は微笑う。
「あの時も、こうやって吐き出せばよかったんだよ。オレもエリオス様も、きっと何も言わなかったよ。今みたいに。」
ただでさえ心に傷を負っていた状態では、唐突な母親の死は受け止めきれないことだったはず。
それを責める人間などいない。
あの時に素直になって、思う存分泣いて騒いで、心の限りに叫べばよかったのだ。
しかし、あの時の拓也には、その感情をぶつけられる相手がいなかったのだろう。
悔しいことだが、あの時点ではまだ、自分もエリオスも拓也にとって頼るべき人間ではなかった。
だから、拓也は自分の心を守るために、疑問も絶望も押さえ込むことしかできなかった。
きっと、そういうことだ。
だから、自分は何もしない。
あの時にしただろうことを、今そのまま行動にするだけ。
拓也の剥き出しの心を受け止めて、拓也がその思いの全てを吐き出せるのを静かに見守るのだ。
「キース……」
「なんだ?」
「―――ありがとう。」
うつむく拓也の前髪の隙間から、光るものが落ちた。
それを見ないように目線をずらしながら、尚希は目を閉じる。
「いいんだよ、このくらい。」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!!
2巻2月9日電子版解禁です!!
紙は9日に配送開始、12日発売!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる