世界の十字路

時雨青葉

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第3章 始動

想定外の協力者

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「おい! いい加減目覚めぬか!!」
「う……ん?」


 混沌とした闇の中から、急に引っ張り上げられる感覚がする。
 何事かと思って目を開くと、眼下でレティルが何かに向かって叫んでいた。


 目覚めて早々、嫌なものを見てしまった。
 苦い気持ちを飲み込んで、仕方なく動くことにした。


「なんだよ、うるさいな……」


 ふわりとくうを滑って、実はレティルの前に下りる。


「なんだ、ではないだろう。死ぬことは許さぬと言っているのに、簡単に消えかかりよって。」


「お前に、今の俺の状況が分かってたまるか。これでも踏ん張ってるよ。」


 珍しく憤然としているレティルに、実は溜め息混じりに答えた。


 どうしてこんな奴に叱られなければならないのか。
 納得いかないが、状況が状況なので仕方ない。


 レティルの手の中には継ぎ目のないガラスの箱があり、その中には様々な色にきらめいて見える球体が収められていた。




『力の核を切り離せ!!』




 死神に魂を狩られる刹那、かすむ五感を貫く勢いで響いてきた声。


 言われるがままに力の核を切り離して、死神が魂以外のものに興味をくした時を見計らってそこを離れた。


 そうして死神の領域を抜けたところで、このレティルに保護されたのだ。


 最初は力の核を無理に切り離したショックで意識が飛んでいたのだが、今はレティルの助けもあり、力の核から取り出した魔力を使って、影を作る魔法を応用することで自我と意識を繋いでいる。


 そして、肝心の力の核はレティルの厳しい監視下にあるというわけだ。


 世界をまたいでいるので、死神にも見つからない。
 仮に見つかってしまったとしても、ここはレティルや自分が属する世界。
 死神には不利だ。


 死神が絶対に手出しできない場所。
 それがここだった。


(まったくもって、不服だけど。)


 実は、箱に収まる力の核を面白くない気持ちで見つめる。


 まさか、自分の力の核を拝む日が来るとは。
 目覚めて初めてこれを見た時は、驚きを隠せなかったのを覚えている。


 死神が自分の魂を珍しいと言ったのも、分かる気がした。


 淡い白の中に、見る角度によって様々な色がきらめいて見える。
 幻想的な白が、時々全く別の色に染まったりもするのだ。


 光の強弱もまばらで、強く光ったかと思えば、反対に消え入りそうなささやかな光になったり。


 ガラスに映る光の陰影は、まるで水面を見ているようにゆらゆらと揺れていた。


 どこかはかなく幻想的だが、一度見たらその存在感を強く焼きつけてくるような。
 そんな不思議さをまとった力の核だった。


「………っ」


 ああ、嫌な気分だ。


 この力の核を見た瞬間、それが何であるか、誰のものであるかを考える前に、無意識で綺麗だと思ってしまった自分がいた。


 それが自分のものであると分かった瞬間、妙な感動はすぐさま自嘲に取って代わってしまったけれど。


 拓也たちの力の核は一つの色を保ち、力強い印象を与えるものだった。


 それなのに自分の力の核がここまで不安定に揺らいでいるのは、それだけ自分の存在があやふやだということだ。


 自分が昔と今のどちらであるのか認識できなくなっている今を考えると、力の核がこうなるのもまた道理だろう。


 第一、自分が持つものが綺麗だと?
 それこそありえない。


 この力は、周囲から排斥されるほどに禍々まがまがしいものじゃないか。
 曖昧あいまいな意識の中で人をあやめたのは事実だろう?


 だけど……実際にこの力の核を見ると、どうしても魅入られそうになる。


 自分がどんなに危険な存在か。
 そんなことは分かっているはずなのに、これを綺麗だと思わずにはいられない。


 感覚と理性の食い違いがなんとも気持ち悪くて、実は顔をしかめて力の核から目をらす。


 そんな実の不快感を映し出すように、力の核はガラス箱の中で不規則に揺らいだ。


 実の視線を追って箱に目を落としていたレティルは、どこか感心するように息を吐く。


「しかし……これを見ていると、お前が何を考えているのか分かるから面白いな。」
「なっ…」


「どうせ、自己嫌悪か何かだろう?」
「ほ、ほっとけ!」


 慌てて会話を断ち切る実。


 こいつに助けてもらっているという事実だけで屈辱なのに、その上自分のことまでずけずけと言われたのではたまらない。


(ああもう…。なんでこんな奴に……)


 心の中で頭を抱えていると、その気持ちに呼応して力の核も揺らめく。
 あまりに率直な反応に、思わず力の核を睨みつけてしまった。


 それにレティルが目を丸くして、次に大きく噴き出す。


「自分に向かってそんなことをして、どうするのだ?」


 ……どうやら、さらなる墓穴を掘ってしまったらしい。


「うるさい。」


 これ以上遊ばれるのもごめんなので、実は逃げるように地を蹴って宙を滑った。


 レティルを見ないように、何より自分の力の核を見ないように背を向けて、部屋の天井に視線を固定する。


 そうでもしないと、またさっきみたいにくだらないことを考えて、レティルにからかわれる気がした。


「ふてくされて、どこかに消えるなよ。今のお前は、移動するにも限界がある。地球に飛ぶならなおさらだ。それに、今日はやることもあるからな。」


「分かってるよ。」


 天井を睨んだまま、そっけなく返事をする。


「本当に分かっているのか? この前は私の許可なしにあやつのところに顔を出して、今の今まで目覚めなかっただろう。あの時消えたお前を死の闇から呼び戻すのに、私がどれだけ苦労したと思っているのだ。」


「はいはい。今度から、そうならないように気をつけるよ。」


「そういう問題ではない。気持ちだけでどうにかなるものじゃないと、今回のことでお前も分かっただろう。今のお前は不安定すぎるのだ。せめて、余裕があるうちにここに戻って力を温存しろ。それが自分のためだ。」


「ああもう! お前は俺の保護者か!? ぐちぐちと鬱陶うっとうしいな!!」


「紛れもなく、今は保護者だと思うのだが?」


「うぐ…っ」


 レティルの言うことも、もっともである。


 認めるのはしゃくだが、今の自分はレティルの助けなしに命を繋げられないのだから。


 レティルもそれを重々に承知しているのか、力の核を扱うのに細心の注意を払っているように見える。


 こんなにつらつらと説教してくるくらいだ。
 よほど自分に消えてもらうのは嫌なのだろう。




 ―――でも、一体何故?




 脳裏に浮かぶのは、そんな疑問だった。

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