世界の十字路

時雨青葉

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第4章 1日目

脆い世界のバランス

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「分かったよ。やれるだけやってみよう。」


 そう言った隆文に、蓮の顔がパッと輝いた。


「さて。じゃあ、話の続きでもしましょうか。」


 二人の様子をうかがっていた実が、ふとそう告げる。
 そして、何かを気にするように部屋をぐるりと見回した。


「それにしても、ここにはかなり強力な結界が張ってありますね。俺も、蓮さんのお母さんが来てこの扉を開けるまで、部屋に入れませんでしたよ。」


 本当は、隆文と蓮がこの部屋に移動するところからついてきていた実。


 しかし、蓮たちが部屋の扉を閉めたことでこの結界にはばまれてしまい、部屋の中までは入れなかったのだ。


「ここは、九条の大事な歴史と情報が詰まっている場所だからね。先祖がかけた強靭な結界がいくにも張り巡らされているんだ。もちろん、中に入れないのはあの死神も同じだと思うよ。」


「そりゃあ都合がいい。」


 実は感心して目をみはる。


 さすがは九条家。
 ここぞという時のかなめの守りは、ばっちりというわけか。


 ここには、死神すら介入してこられない。
 話をするにはうってつけだ。


 余計な手間が減ったと喜ぶ実に、蓮が声をかけた。


「実君、話って何?」


 蓮が訊ねた瞬間、実の顔から笑みが消えた。


 それまで漂っていた柔らかな雰囲気が一気に霧散し、代わりに刺々とげとげしく肌を刺すような空気がその場を満たした。


「そうですね……」


 心なしか、声のトーンも下がったように感じられる。


 精神体でいてこの威圧感。
 実が内に宿したその雰囲気に、薄ら寒いものを感じる蓮と隆文だった。


「単刀直入に言いましょう。死神を殺すのは、賢明ではありません。」


『それは、まずいかもな……』


 そういえば、実は自分たちの会話にそう言って割り込んできたか。


「さっきもまずいって言ってたけど、どういうこと?」


 蓮は眉をひそめる。


 実を助けるには、死神を倒す他に道はない。
 それなのに、当の実がそれを止める理由が分からなかった。


「これは、とある人からの受け売りなんですけど、世界とは常に調和しているものなんです。」


 そんな切り出しから、実は話を始めた。


「過不足なく完全に調和していないと、世界は壊れてしまいます。命が一つ欠けても、その損失は大きい。世界のバランスは絶対のくせに、かなりもろいんです。死神はこの脆い世界で、よりにもよって魂ばかりを狩り続けてきました。死神に狩られた魂は、そのせいで輪廻転生のサイクルから切り離されます。つまり、死神が魂を一つ狩ると、世界の輪廻転生のサイクルに命一つ分の穴が空くんです。」


「確かに、今の前提で話をするならそうなるね。」


 相づちを打って頷いた隆文に、実もまた一つ頷く。


「世界は時間をかけてその穴を修復し、欠けた魂なしで世界のバランスを保つように働きます。死神が狩った魂を手放さないまま世界が調和しきってしまえば、その魂はもう輪廻転生のサイクルに戻れない。その魂がない状態で世界が調和して閉じてしまうからです。あまり魂を一気に狩り過ぎると、修復機能が追いつかなくなって世界が壊れてしまう。だから、死神は頻繁には魂を狩っていないはず。多くて、年に数回が限界だろうと思います。違いますか?」


 実に指摘されて、隆文は手近にあった古書を取った。
 彼は墨で書かれた文字を追いながら、どんどんページをめくっていく。


 その調子で数冊を流し読みして、やがて隆文は大きく息を吐き出した。


「本当だ…。君の言うとおり、死神の出現記録は多くて年に三回。基本的に、年二回のペースで先祖たちと戦っていたようだ。」


 これには、蓮も隆文も驚いてしまった。


「やっぱりですか。それが、死神の狙いなんです。」


 実は、ずばりと断言。


「輪廻転生のサイクルに空いた穴が塞がれてしまえば、狩り取った魂に帰れる場所はない。蘇生も無理だし、死んで生まれ変わることもない。誰に奪われる心配もなく、魂を自分のものにできるんです。そうやって長い間集めてきた魂が、どれだけ死神の手元にあると思いますか?」


 訊ねながら、蓮たちには想像がつきにくいかもしれないと思う。


「死神を殺せば、支配者がいなくなった魂たちはもちろん解放されます。輪廻転生のサイクルに戻ろうと、世界に出ていくでしょう。なんの問題もないように感じるかもしれませんが、違うんです。死神の手元にあった魂が解放されるということは、完全に調和が取れている世界に、輪廻転生のサイクルから切り離されたはずの魂が無尽蔵にあふれ出すということなんですよ。」


「!?」


 蓮たちが息をつまらせる。
 ようやく、実の言いたいことが分かったのだ。


 実は目元を険しく寄せる。


「死神が狩った魂を、世界は消失したものと認識しています。そんな世界にあんなに大量の魂が放たれたら、生命バランスは大きく崩れ、間違いなく世界が崩壊します。ちょっとした天変地異では済みませんよ。」


 残酷なまでに迷いがない実の断言に何も言えず、蓮は思わず両手を握り締めた。


 なんということだろうか。
 死神を殺せば、道連れに世界が滅ぶ。


 実を助けたい。
 それなのに……


「実君か、世界か……どちらかしか取れないのか?」


 小さく震える蓮。


 自分は全知全能ではない。
 助けられる命と助けられない命、もちろん両方あってしかるべきだ。


 世界も実も助けるなんてこと、ただの人間である自分にはできないだろう。
 あの死神は、自分の生死に世界をも巻き込めるというのに。


(何か、方法はないのか…?)


 ぎゅっと。
 蓮は両の拳を握り締めた。

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