世界の十字路

時雨青葉

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第5章 2日目

大事なことは、もう手の中に

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「拓也君!?」


 突然のことに慌てた蓮は、拓也の傍に腰を落とす。


「……大丈夫。ちょっと……疲れただけです。」
「ちょっとって―――熱っ!」


 拓也に触れた蓮は、思わず手を引っ込めてしまった。


 拓也の体が、かなりの熱を持っていたのだ。
 それはもう、外套がいとう越しにも分かるほどに。


「触らない方がいいですよ。色々詰め込んで無理したせいか、ちょっとオーバーヒートぎみなんで。」


 頬を伝う汗を拭う拓也。
 本人が言うとおり、その表情はかなり無理をしているように見えた。


「拓也君、休んだ方が……」
「無理です。時間がありません。」


「でも、このままじゃ―――」
「いいんです。」


 拓也は、蓮の配慮を振り切るように力強く立ち上がる。


「これはそもそも、おれの弱さが招いたことなんです。実が自分の命を懸けておれを助けてくれたように、おれだって実のために命を懸ける。そのくらいしないと……きっと、実の傍にはいられない。」


 断言する拓也は、どこまでも真剣なまなしをしていた。


「それに、今回は実が無理を承知で頼むって言ってくれた。だから、余計に頑張れるんです。」


「え…?」


 蓮は、無意識にそう零していた。


 何故だろう。


 自身に言い聞かせるような拓也の言葉。
 それが、自分にも語りかけてくるような気がした。


 拓也は困ったように眉を下げる。


「実は、無茶をせざるを得ない状況になっても、絶対に助けを求めない。いつも一人で体を張って、全てをこなそうとする。おれたちに、何も言わないで…。おれは、それがずっとやるせなかった。」


 やるせない、と。
 そう語った拓也の瞳が、その苦悩故に揺れる。


「実が協力してほしいって言ってくれた時……本当に嬉しかった。誰にだって、無茶をしないといけない時がある。そんなことは知ってる。だから、絶対に無茶をするなとは言わない。だけど、一人で無茶をするのはやめてほしかった。傍にいるのに頼られないのは、とても悲しいんです。突き放されるのは……もっと悲しい。」


 外気と魔法の空気で冷え込んだ静けさの中に、拓也の独白が吸い込まれるように消えていく。


「せめて、支えさせてほしかった。実が無茶をするなら、こっちは同じだけの無茶をしてでも支えたい。背中くらい預けてもらえないと、なんのために一緒にいるのか分からない。なのに……実は優しすぎるから、おれたちに痛みを分けてはくれない。傷つくのは、自分だけで十分だと思ってるんです。」


 彼の切ない声は、つきつきと胸を刺してくるようだった。


 遠い異世界でも、特殊な存在だという実。


 他人に助けを求めず、痛みすら吐き出さず、ただ一人で傷つこうとするほどの事情とはなんだろう。


 そして、そんな実を支えようと心を砕く拓也たちは、どんなに苦しい思いをしているのだろうか。


 地球で平和に過ごしてきた自分には、とても想像ができなかった。


 黙する蓮の隣で、拓也が「でも…」と口調を明るくする。


「そんな実が、今回は素直に助けを求めてくれた。だから、おれはどんな無茶をしてでも実を助ける。あいつが背中を預けてくれたから、おれはどれだけでも頑張れるんです。頼ってもらえるって、ものすごく嬉しいんですね。おれも、今回のことで初めて知りましたよ。」


 最後に、拓也は満面の笑みをたたえた。
 蓮はそれに返す言葉を見つけられず、拓也を食い入るように見つめるしかなかった。


「じゃあ、おれはこれから精神統一に入るんで。申し訳ないですけど、邪魔しないでくださいね。」


 やる気に満ちた表情を浮かべ、拓也は部屋に入るとふすまを閉めた。


 蓮はただ、その場に立ち尽くすのみ。


「やれやれ。あの子が答えを言ってしまったね。」


 蓮の後ろで、隆文が肩をすくめた。




『だって―――おれには、蓮がいるもん。』


『背中くらい預けてもらえないと、なんのために一緒にいるのか分からない。』




 幼い紫苑の言葉と、今聞いた拓也の言葉。
 それらが交互に響く。


 隆文の話を聞いてから胸にわがかまっていたものが、だんだんと消えていくのが分かった。


 自然と頬が緩む。


「父さん…。父さんの言ってたとおりだ。答えは、ずっと前から知ってたよ。」


 気付いてしまえば、こんなにも簡単なことだった。


 言うまでもなく、自分はこんな時にどうすればいいのかを知っている。
 幼い頃から、ごく自然にやってきたことだ。


 ただ、それがあまりにも当たり前すぎて、その重要性に気付いていなかっただけ。


「あーあ。こっちから連絡するのはしゃくだけど、とっとと呼び戻さないとなぁ……」


 力なく笑って呟くと、後ろで隆文が小さく噴き出すのが聞こえた。


「素直じゃないな。お互いにそんなんだから、お前たちは毎日のように喧嘩するんだよ。」


 なだめるこっちは苦労するのだと文句を言いながらも、隆文の表情は穏やかな笑顔だった。

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