世界の十字路

時雨青葉

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第6章 3日目――決着

地球の業は、地球の者に

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「……のる。……―――実!!」
「うー……ちょっと、ストップ……」


 大きな声が頭をかち割るかのように響いて、実は思わず頭を抱えた。
 その後、ゆっくりと目を開ける。


 最初は焦点が定まらずぼやけた視界が広がっていたが、時間をかけて徐々に像が結ばれる。


「あ……拓也……」


 身を乗り出してこちらを覗き込んでいた拓也と目が合った。
 拓也はこちらと目が合うと、ほっとした笑みを浮かべた。


「よかった…っ。やっと目を開けたよ…。体は大丈夫か?」
「うーん…。とりあえず、死ぬほど重たい。」


 ずっと精神体でいたせいだろうか。
 体がなまりのように重かった。


 肉体とは、こんなに重たいものだったのか。
 込み上げるわずらわしさをこらえて、実はなんとか起き上がる。


 見ると、そこには拓也や尚希だけではなく、蓮や隆文もいた。
 まさに全員集合である。


 実はかけ布団を取り払い、居住まいを正して頭を下げた。


「ありがとうございました。みんなのおかげで、こうして目覚めることができました。……本当に、ありがとう。」


 顔を上げると、皆がそれぞれ安堵した顔をしていた。


 ただ一人、紫苑を除いて。


 紫苑はぐっと唇を噛むと、無言で立ち上がった。
 すたすたと歩き、彼は実の前で歩みを止める。


「?」


 実が紫苑を見上げ、首を傾げかけたその瞬間。


 ―――ゴンッ


 紫苑の拳が、その脳天に振り下ろされていた。


「いったぁー…っ」


 突然の攻撃に、実は頭を押さえてうめく。
 そんな実に、紫苑は憤然と鼻を鳴らして……


「当然の報いだ。」


 きっぱりと、そう言い切った。


「おれは、お前が心底気に入らない。でも、お前の生い立ちには同情するから、それで許してやるよ。」


 お前の生い立ちには同情する?


 その言葉が引っ掛かって、実はぱちくりとまぶたを叩きながら紫苑を見上げた。
 そして次に、ゆっくりと尚希へ視線を移す。


「尚希さん。」
「何…?」


「おしゃべり。」
「うっ……すまん。」


 尚希はうしろめたさをにじませて、素直に謝った。


 さすがは実。
 こちらが何をしゃべったのか、一瞬で察したらしい。


「悪いのはお前だろーっ!!」


 紫苑が実に向かって怒鳴る。


「おれは、お前の事情を知っていようといまいと、どのみち一発は殴るつもりだったんだ! なおにいは悪くない!!」


 紫苑の物言いに、実は思わず目を丸くした。


「なお……に、い?」


 実はポカンと紫苑を見つめ、そのままの表情を尚希へ。


 確かに、懐柔してくれとは頼んだけども……


「尚希さん……いつの間に、ここまで手懐けたんです?」


「手懐けてない!!」
「手懐けられてない!!」


 間髪入れず、尚希と紫苑が同時に反論した。


「お前、この人がどんだけすごいか分かってんのか!?」


 紫苑が狂ったようにまくし立て始める。


「頭よくて、力もあって、どんだけ迷惑かけられても、お前のことを見放さずに見守っていられる強さと優しさも兼ね備えてて! おれは、なお兄をスゲー尊敬してるんだ。お前も、どんだけすごい人たちに囲まれてるかを自覚するべきだぞ。お前がどんなに有能だったとしてもな、おれは絶対にお前を認めないからな!!」


 最後にビシッと指を差されて、勢いについていけない実はただ紫苑を見上げるしかない。


 紫苑の方は言いたいことを言い切ったのか、ふんと満足そうに鼻を鳴らす。


 紫苑以外の人々はというと、漏らさず実と同じような反応で固まっていた。


 拓也と尚希はともかく、何も知らない蓮と隆文に至っては話の輪郭すら掴めていないようで、その顔には微かな困惑すら浮かんでいる。


 全員が言葉をなくした中、実はふと頬を緩めた。


 全てを悟っているような。
 そんな穏やかさとわずかな諦観をたたえた、柔らかく、そしてどこか寂しげな笑顔。


 ―――実は、何もかも知っている。


 そう口にした尚希の言葉が決して間違ってはいないのだと、紫苑はこの時やっと理解する。


「お前―――」
「さて、と。」


 口を開きかけた紫苑だったが、実がそれと同時に立ち上がったので、その言葉は成り立たないまま終わってしまった。


「おい!」
「悪いんですけど、やることが山積みなんです。」


 紫苑に背を向けた実は、有無を言わさぬ口調で彼の言葉をさえぎった。
 その背中からは、ひどくかたくなな拒絶がうかがい知れる。


 言葉につまる紫苑。
 そんな彼をちらりと一瞥いちべつしつつも、実はすぐに彼を意識から切り離して部屋の奥に進む。


 実が向かったのは、部屋の最奥に鎮座する祭壇。
 その前で立ち止まった実は、目を閉じて両手を掲げた。


 すると、祭壇後ろの壁が光を放った。
 その光の中で別の光の筋が複雑な文様を描きながら走り、壁にとある形を作っていく。


 ―――これは、扉だ。


 光が収まると、そこには中央に巨大な文様をあしらった両開きの扉が出現していた。
 にぶく光る鋼鉄の扉が、重苦しい威圧感をかもし出している。


「この先は、あの次元の穴に繋がっています。」


 目を見開き驚愕する皆に、実は静かに語り出す。


「完璧な封印というのはありえません。打てる手は打ちましたし、かなり手間もかけたので、この封印はかなり強固なものになっているでしょう。それでも、管理をせずに放置というのは、将来的にリスクとなりえます。そういうわけで、勝手ですがここに道を繋がせてもらいました。」


 目の前の扉がどんなものかを知り、その場の全員が緊張でかたを飲んだ。


「とはいえ、ただ丸投げというのも後味が悪いので、この扉には俺と協力者がまた別に封印の術をかけておきました。ここまでやれば、相当なことがない限り封印が解けることは考えにくいでしょう。申し訳ないんですが、この扉の管理はお願いしますね。」


「はあっ!?」


 そこで声をあげたのは紫苑だ。


「お前、なに勝手に―――」
「地球のごうは、地球の者に。筋違いではないと思いますよ。」


 実は、紫苑の抗議を一蹴する。


「それに……」


 目を伏せて、うれいを見せる実。


「正直……俺には、ここでこの封印をずっと管理できるか分かりません。だから、より確実な方法を取りたいんです。」


「!!」


 実の発言に、拓也と尚希は思わず互いに顔を見合わせていた。


 ここでずっと管理できるか分からない。
 それはつまり、ずっと地球にいられるか分からないということ。


 本当の意味で、アズバドルに帰る日が来るかもしれない。
 間接的に、実がそう認めたことになる。


 今までの実には、じんもなかった言葉だった。


「分かりました。」


 実に答えたのは隆文だ。


「確かに、これ以上はあなた方が背負うものではありませんね。あなた方のおかげで、長年の使命を果たすことができました。感謝はすれど、責めることはありません。この封印は、私たち九条家が子々孫々まで守っていきます。九条家当主の名において、お約束しましょう。蓮も、それでいいね?」


「うん。僕もそのつもりだよ。」


「伯父さん、蓮……まったくもう!」
 
 
 唯一反対の雰囲気だった紫苑も、最終的には諦めて眉を下げた。


「あーあ。これも、お前の計算通りってか?」


 嫌味っぽく言われ、実は小首を傾げた。


「はい? 計算ってなんですか?」


「すっとぼけんな。どうせ、おれが蓮たちに協力するって分かってて、なお兄を使ったんだろ?」


 じとっと、恨めしそうに目を細めてこちらを見る紫苑。
 それに、実は不可解そうに眉をひそめた。


「なんですか、人を極悪非道な人間みたいに。そんな計算ができれば苦労はしませんよ。今回は、不測の事態だっていっぱいあったでしょうに。」


「お前、よくもまあしれっと……」


「紫苑、いい加減にしろ。いつまで実君に絡んでるつもりだ。」


「だってこいつ、本当にムカつくんだぜ? いいじゃん、少しくらいさぁ。」


「年下相手に何を…。情けないとは思わないのか?」


 食い下がる紫苑に、ぴしゃりと言う蓮。


 何はともあれ、問題は全て片付いたのだ。


 互いに言い合う紫苑と蓮にも、それを苦笑しながら見つめる隆文にも、溜め息をつく尚希やその肩を叩く拓也にも、穏やかな雰囲気が漂っていた。


 そんな皆に合わせるように微笑みながらも、実の表情だけは曇っていた。


 まるで、さんさんと雪を降らす外の雲のように―――

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