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第5章 それぞれの選択
夢に蝕まれる現実
しおりを挟む―――また、朝が来た……
開け放した窓から、朝日がまぶしく差し込んでくる。
実はベッドの隅で毛布にくるまり、そよ風に揺れるカーテンをぼうっと見つめていた。
今日も眠れなかった。
疲れたように目を閉じると、脳裏にあの笑い声が木霊する。
「!!」
閉じたそばから、こんな風にすぐ目を開いてしまう。
昨日一晩中、ずっとこの繰り返しだった。
ドクン、ドクン……
心臓が、また大きく鼓動を刻み出す。
他を遥かに凌ぐ、巨大な恐怖。
昨日、シルヴィスが言った言葉は正しい。
確かに、自分が抱える恐怖は他のそれとはレベルが違うと思う。
恐怖は人それぞれなんて、口では簡単に言えたけど……
実際問題、自分の抱えるものは周りよりも遥かに重い。
それに起因する恐怖は、何にも勝る。
「………」
実は膝を抱える。
目を開いていても、夢は自分の精神を確実に侵食していた。
分かっている。
全部夢だ。
現実じゃない。
それなのに、頭に映像がこびりついて離れない。
拓也が、尚希が、桜理が―――殺気の宿った暗い目で自分を見下ろしている。
冷たい無表情が、ただ無感動に。
―――怖い……怖い。周りが怖い。
そして、彼らが手を伸ばしてきて……―――そこで、視界が血に染まる。
何も考えられなくて、何も見えなくて。
自分が何を訴えたいのか、何を思っているのかも分からなくなって。
全部がぐちゃぐちゃになって―――気付けば、血だまりの中に一人で立っている。
周りには、拓也たちが倒れていて……
自分の手が、べったりと血に濡れていて………
―――でも……―――――一番怖いのは、自分自身。
「―――っ!?」
闇の声が響いた瞬間、現実の世界を映しているはずの視界が真っ赤に染まった。
汚れていないはずの手が、ぬるりと血に濡れた気持ち悪い感触に包まれる。
「―――っ!!」
実は己の体を掻き抱いて、押し殺した悲鳴をあげた。
次の瞬間―――
「あっつ…っ」
左手首が、まるで焼きごてを押しつけられたかのように灼熱の火を噴いた。
―――ゴオッ
部屋の中で、突風が暴れる。
カーテンは激しくはためき、テーブルなどの軽い家具が次々に倒れる。
タンスの上に乗っていた花瓶や皿が床に落ちて粉々に砕ける。
―――ビシッ
とうとう、窓にヒビが入った。
「く…っ」
顔を歪める実は、皮膚に爪が食い込むほどに力を込めて拳を握る。
手首が熱い。
それに耐えながら、脳裏で暴れる恐怖を必死に静める。
やがて、風が弱まった。
その後、ようやく視界が正常を取り戻す。
視界いっぱいの赤が消えて、実はやっと全身の力を抜いた。
「つっ…」
手首がちりちりと痛んだ。
とっさに手首を押さえて、実はそこを見る。
手首にはまっているのは、自分の魔力を抑える銀の腕輪。
その周りの肌は、火傷をしたかのように真っ赤になっていた。
さらに、その火傷の赤に重なるように、手の形をした赤黒い痣が浮かんでいる。
実は、憂い顔でそれを見つめた。
消えない痣。
現実世界でもその存在を訴える、恐怖の痕跡。
この痣を見る度に、嫌でも夢を思い返してしまう。
絶望的なまでに鮮明な恐怖を伴って。
実は次に、部屋の中を眺めた。
悲惨な状況になった室内。
ちょっと恐怖に飲まれて魔力が暴走した結果がこれだ。
腕輪をしているのにもかかわらず、ここまでの破壊力を生んでしまっている。
これでは、腕輪の意味がないじゃないか。
―――いや、違う。
これは決して、腕輪の効力が弱まっているわけではない。
自分の魔力が、それだけ強くなったのだ。
以前、レティルに言われた。
自分の力がどんどん強くなっていることを、他でもない自分自身が一番よく分かっているはずだと。
そのとおりだ。
記憶と魔力を解放してからこの一年で、自分の力は異常なまでに成長している。
魔法を使えば使うほど、魔力の量や強力さが増していく。
一度限界まで追い込まれれば、次はその限界を超えても平気になる。
この腕輪だって、最初は十分な効力を発揮していた。
何度も腕輪をしたまま魔法を使ったことがあるが、腕輪の拒絶反応に抑制されて、使える魔力はかなり制限されていた。
それが、今はどうだ?
腕輪の拒絶反応があったのに、部屋の中はこの有り様だ。
腕輪の拒絶反応に逆らえば、かなりの魔力を削られる。
以前は腕輪に逆らった反動で気を失ったこともあったというのに、今は意識が遠退く気配どころか、魔力を消費した疲労感すらあまり感じない。
しかし、意識を向ければ、腕輪の力が自分にちゃんと働きかけているのが感じられる。
それを感じ取れば、腕輪が働かなくなったのではないのだと分かる。
導き出される結論は、自分の魔力が腕輪の許容量を超えてきたのだということだけ。
「化け物だな……まるで。」
自嘲ぎみに笑って、実は腕輪を外してから腕を振る。
倒れていた家具を宙に浮かせて、元の位置へと戻す。
床に散乱していた割れ物は、隅の方に集めておくことに。
最後にベッドを下りて、ヒビが入った窓に近寄ってそこに手を添えた。
そのまま魔力を込めると窓が仄かに光り出し、手のひらに温かな熱が伝わる。
しばらくして手を離すと、窓のヒビは綺麗さっぱりなくなっていた。
それを無感動に眺めた実は、次に自分の両手を見つめる。
〝鍵〟の封印を背負った人間は、その封印を守るために強力な魔力を宿すという。
他人の介入によって封印が解けてしまわないよう、誰にも負けないくらいの魔力が必要なのだろう。
古い文献には、そう記してあった。
誰にも負けない魔力。
一言で言うのは簡単だが、この魔力は周囲をどれだけ超越すればいいのだろう。
今の時点ですでに異常だというのに、まだこれ以上強くなるのかと思うと、自分で自分にぞっとする。
「俺が封印を解こうとしたら、誰が俺を止められるんだろう……」
おそらく、そんな人はいない。
その事実を噛み締めれば、背負ったものの重さが全身にのしかかる。
世界の行く末を握る封印は、〝鍵〟の意志一つで簡単に解けてしまう。
それなのにもかかわらず、〝鍵〟を止められる人間がいない。
強力なのに、なんて脆い。
先人たちが〝鍵〟を殺してきたとして、誰が何を責められるだろうか。
世界には―――人間には―――この封印は重すぎる。
ザッ……ザザザッ
微かな笑い声と耳障りなノイズが、聴覚いっぱいを満たす―――
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