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【第7部】巣食う闇~プロローグ~
凍りつく時間
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夜の街は、とても静かだった。
街の人々は、日が落ちると共に家に戻る。
人気のなくなった街は静かで、微かに家々からくぐもった声がする以外は全く音がなかった。
特にこんな夜遅く、なおかつこんなに薄暗い路地裏では、そんな声も聞こえてこない。
そんな静けさに身を委ねていると、ふと隣のドアがゆっくりと開いた。
その中から、ひょっこりと女性が顔を出す。
「ふふ、やっぱり今日は来てた。そんな気がしたんだぁ。」
彼女はこちらの姿を見つけると、嬉しそうに微笑んだ。
仕事上綺麗に着飾っている彼女は、どこか妖艶な美しさを放っている。
「待ってて。もう仕事終わったから、すぐ行くね。」
「あまり急がなくてもいいよ。」
そうは言ったものの、まるで小動物のように扉の奥に引っ込んだ彼女には聞こえたかどうか。
小さく息をつき、尚希は笑った。
ここを訪れるようになって、地球ではもう一年が経とうとしている。
地球では緑葉の茂る夏に入ったが、こちらでは肌寒くなってくる秋の初め。
いずれ、地球の秋がここの季節を追い越していくのだろう。
頻繁に二つの世界を行き来するようになって、地球の時間の流れの方が随分早いことに気がついた。
ただ、自分の体は生まれ故郷であるこの世界の時の流れに依存しているようで、最近は会社の同僚に全く老けないと言われるようになった。
地球の時間軸を基準に考えるなら、自分の体は数年に一度しか年を取らないことになるわけだし、同僚の方が先に老けていくのは当然といえば当然か。
興味深い。
二つの世界に生じる、時間の流れ方の違い。
それは、何を原因として起こっていることなのだろうか。
それを解明するには、まず何から調べ始めればいいのだろう。
「おーい。キースってばぁ。」
ふいに目の前で激しく手を振られて、尚希はようやく深い思考の海から浮上した。
ハッと我に返ると、こちらを下から覗き込む茶色い大きな瞳と目が合う。
「あ、ごめん。」
「また考え事してたのね。もう、すぐ周りが見えなくなっちゃうんだから。学者にでもなったら、成功しそうな性格よね。」
からかうように笑いながら、エーリリテは路地裏を表通りに向かって歩き出した。
学者か。
確かに、天職かもしれない。
尚希は苦笑して、エーリリテを追いかける。
「エーリリテ、待って。」
呼びかけに歩みを止めたエーリリテの肩に、尚希はそれまで自分が羽織っていた上着をそっとかけた。
「最近は寒くなってきたから、温かくな。」
気をつけて、と
微笑む尚希。
すると、エーリリテは瞬く間に顔を真っ赤にして目を逸らしてしまった。
「そ……その笑顔は反則よ。気を遣わなくても、私なら大丈夫なのに。」
そう言いながらも、手はしっかりと上着を掴んでいるのだけど……
少しいじりたくもなったが、尚希はその気持ちを抑えてエーリリテの隣に並んだ。
エーリリテはまだ照れているのか、仄かに赤らんだ顔のまま前を睨んでいる。
エーリリテと付き合い始めて、それなりの時間が過ぎた。
どちらから告白したわけでもない。
まさか自分が……と信じられないことだが、見事な一目惚れだったのだ。
上手く表現はできないが、初めて目が合った瞬間に、他の人には感じたことがない妙な心地になった。
面白いことにそれはエーリリテも同じだったようで、だからこそお互いに最初は戸惑っていた。
自分だって、今まで一人も好きな人がいなかったわけではない。
ただ今までは、それなりに人柄を理解してから恋愛感情を抱いていたと記憶している。
自分はそういう人間だと、分かっていたつもりだった。
だから、まさか自分が一目惚れするなんてことも、そんな相手に出会うなんてことも、夢にも思っていなかったのである。
急な気持ちに上手く整理をつけられなかったし、エーリリテにどう接すればいいのかもよく分からなかった。
だが、エーリリテが自然体で話してくれたので、それにはかなり救われた。
お互い核心には触れず、とりあえずはその場の会話を楽しんだ。
そんな二人の距離を一気に引き寄せたのは、エーリリテの父親であるイリヤだ。
そこまで思い返したところで、尚希は思わず赤面してしまう。
今思い出しても恥ずかしい。
あの時のイリヤもおかしかったと思うが、それに対する自分の答えも突拍子なかったと思う。
まあ、そのおかげで今に至っているのは確かなんですけど……
尚希は、隣のエーリリテを見る。
付き合って分かったが、エーリリテは実によく似ている。
とっさに自分の本心を隠してしまうところや、ストレートな好意に弱いところは特にだ。
今こうして前を睨んでいるのだって、ただの照れ隠しである。
だが、実と比べるとかなり分かりやすい上に、妙に律儀というか真面目というか、根がまっすぐすぎるので、ものすごくからかいがいがあるのだ。
だからか、甥っ子の実には遊ばれてばかりである。
でも、そこが彼女のいいところだと思う。
猪突猛進にしか突っ走れないので何度も暴走したことがあるらしいのだが、それで周囲に下された評価から目を背けずに、きちんと受け入れている。
そんなまっすぐすぎて気高い彼女が、とても愛おしく思えるのだ。
「エーリリテ。」
「何よ。」
不機嫌そうな声音でも、ちゃんとこちらに目を向けてくるエーリリテ。
尚希は笑みを深めた。
「好きだよ。」
そう言った次の瞬間、ぼんっと。
エーリリテの顔が、また真っ赤に染まった。
何も言うことができない彼女の口だけが、パクパクと忙しなく動いている。
その反応があまりにも可愛くて、尚希はたまらず噴き出してしまった。
「なっ……なんで笑うのよ!」
そこには、ばっちりと食いついてくるエーリリテである。
「ごめんごめん。だって、そんなに狼狽えるとは、さすがに……」
「だって! キースが急に変なことを言うから…っ 」
「変とは失礼な。そういえば、ちゃんと言ったことがあまりなかったなぁって思って言ったのに。」
「うぅ…。で、でも……突然言われたら、どう反応していいか……」
「嬉しくなかった?」
「嬉しいに決まってるじゃない!」
完全にパニック状態のエーリリテは、自分が何を言いたいのか分からない様子。
そのせいで、返事がとてもストレートになっている。
それがまた面白くて、尚希は大笑いする。
「キースの馬鹿!」
「おっと。」
掴みかかろうとしたエーリリテを、尚希はひらりと避けた。
「はははっ。オレを捕まえようなんて、百年早い。」
悔しそうにこちらを睨むエーリリテに笑って、尚希は一歩足を進めた。
「―――っ!!」
次の瞬間、尚希は足を止める。
急に、周りの温度がぐっと冷えた気がした。
そして―――
「―――――見ぃつけたぁ。」
街の人々は、日が落ちると共に家に戻る。
人気のなくなった街は静かで、微かに家々からくぐもった声がする以外は全く音がなかった。
特にこんな夜遅く、なおかつこんなに薄暗い路地裏では、そんな声も聞こえてこない。
そんな静けさに身を委ねていると、ふと隣のドアがゆっくりと開いた。
その中から、ひょっこりと女性が顔を出す。
「ふふ、やっぱり今日は来てた。そんな気がしたんだぁ。」
彼女はこちらの姿を見つけると、嬉しそうに微笑んだ。
仕事上綺麗に着飾っている彼女は、どこか妖艶な美しさを放っている。
「待ってて。もう仕事終わったから、すぐ行くね。」
「あまり急がなくてもいいよ。」
そうは言ったものの、まるで小動物のように扉の奥に引っ込んだ彼女には聞こえたかどうか。
小さく息をつき、尚希は笑った。
ここを訪れるようになって、地球ではもう一年が経とうとしている。
地球では緑葉の茂る夏に入ったが、こちらでは肌寒くなってくる秋の初め。
いずれ、地球の秋がここの季節を追い越していくのだろう。
頻繁に二つの世界を行き来するようになって、地球の時間の流れの方が随分早いことに気がついた。
ただ、自分の体は生まれ故郷であるこの世界の時の流れに依存しているようで、最近は会社の同僚に全く老けないと言われるようになった。
地球の時間軸を基準に考えるなら、自分の体は数年に一度しか年を取らないことになるわけだし、同僚の方が先に老けていくのは当然といえば当然か。
興味深い。
二つの世界に生じる、時間の流れ方の違い。
それは、何を原因として起こっていることなのだろうか。
それを解明するには、まず何から調べ始めればいいのだろう。
「おーい。キースってばぁ。」
ふいに目の前で激しく手を振られて、尚希はようやく深い思考の海から浮上した。
ハッと我に返ると、こちらを下から覗き込む茶色い大きな瞳と目が合う。
「あ、ごめん。」
「また考え事してたのね。もう、すぐ周りが見えなくなっちゃうんだから。学者にでもなったら、成功しそうな性格よね。」
からかうように笑いながら、エーリリテは路地裏を表通りに向かって歩き出した。
学者か。
確かに、天職かもしれない。
尚希は苦笑して、エーリリテを追いかける。
「エーリリテ、待って。」
呼びかけに歩みを止めたエーリリテの肩に、尚希はそれまで自分が羽織っていた上着をそっとかけた。
「最近は寒くなってきたから、温かくな。」
気をつけて、と
微笑む尚希。
すると、エーリリテは瞬く間に顔を真っ赤にして目を逸らしてしまった。
「そ……その笑顔は反則よ。気を遣わなくても、私なら大丈夫なのに。」
そう言いながらも、手はしっかりと上着を掴んでいるのだけど……
少しいじりたくもなったが、尚希はその気持ちを抑えてエーリリテの隣に並んだ。
エーリリテはまだ照れているのか、仄かに赤らんだ顔のまま前を睨んでいる。
エーリリテと付き合い始めて、それなりの時間が過ぎた。
どちらから告白したわけでもない。
まさか自分が……と信じられないことだが、見事な一目惚れだったのだ。
上手く表現はできないが、初めて目が合った瞬間に、他の人には感じたことがない妙な心地になった。
面白いことにそれはエーリリテも同じだったようで、だからこそお互いに最初は戸惑っていた。
自分だって、今まで一人も好きな人がいなかったわけではない。
ただ今までは、それなりに人柄を理解してから恋愛感情を抱いていたと記憶している。
自分はそういう人間だと、分かっていたつもりだった。
だから、まさか自分が一目惚れするなんてことも、そんな相手に出会うなんてことも、夢にも思っていなかったのである。
急な気持ちに上手く整理をつけられなかったし、エーリリテにどう接すればいいのかもよく分からなかった。
だが、エーリリテが自然体で話してくれたので、それにはかなり救われた。
お互い核心には触れず、とりあえずはその場の会話を楽しんだ。
そんな二人の距離を一気に引き寄せたのは、エーリリテの父親であるイリヤだ。
そこまで思い返したところで、尚希は思わず赤面してしまう。
今思い出しても恥ずかしい。
あの時のイリヤもおかしかったと思うが、それに対する自分の答えも突拍子なかったと思う。
まあ、そのおかげで今に至っているのは確かなんですけど……
尚希は、隣のエーリリテを見る。
付き合って分かったが、エーリリテは実によく似ている。
とっさに自分の本心を隠してしまうところや、ストレートな好意に弱いところは特にだ。
今こうして前を睨んでいるのだって、ただの照れ隠しである。
だが、実と比べるとかなり分かりやすい上に、妙に律儀というか真面目というか、根がまっすぐすぎるので、ものすごくからかいがいがあるのだ。
だからか、甥っ子の実には遊ばれてばかりである。
でも、そこが彼女のいいところだと思う。
猪突猛進にしか突っ走れないので何度も暴走したことがあるらしいのだが、それで周囲に下された評価から目を背けずに、きちんと受け入れている。
そんなまっすぐすぎて気高い彼女が、とても愛おしく思えるのだ。
「エーリリテ。」
「何よ。」
不機嫌そうな声音でも、ちゃんとこちらに目を向けてくるエーリリテ。
尚希は笑みを深めた。
「好きだよ。」
そう言った次の瞬間、ぼんっと。
エーリリテの顔が、また真っ赤に染まった。
何も言うことができない彼女の口だけが、パクパクと忙しなく動いている。
その反応があまりにも可愛くて、尚希はたまらず噴き出してしまった。
「なっ……なんで笑うのよ!」
そこには、ばっちりと食いついてくるエーリリテである。
「ごめんごめん。だって、そんなに狼狽えるとは、さすがに……」
「だって! キースが急に変なことを言うから…っ 」
「変とは失礼な。そういえば、ちゃんと言ったことがあまりなかったなぁって思って言ったのに。」
「うぅ…。で、でも……突然言われたら、どう反応していいか……」
「嬉しくなかった?」
「嬉しいに決まってるじゃない!」
完全にパニック状態のエーリリテは、自分が何を言いたいのか分からない様子。
そのせいで、返事がとてもストレートになっている。
それがまた面白くて、尚希は大笑いする。
「キースの馬鹿!」
「おっと。」
掴みかかろうとしたエーリリテを、尚希はひらりと避けた。
「はははっ。オレを捕まえようなんて、百年早い。」
悔しそうにこちらを睨むエーリリテに笑って、尚希は一歩足を進めた。
「―――っ!!」
次の瞬間、尚希は足を止める。
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